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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【2・魔法の流星群 編 (後編)】
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3・小さき者達の冒険②

 

 一方その頃。ティムはオレンジ色の光を追って、どんどん暗闇の奥深くまで突き進んでいた。


「ま、待ってよーう!」


 道筋がいろんなものに遮られていて、どういったところを進んでいるのか分からない。茂みの中から飛び出た枝に引っ掻かれると、ティムは過剰に反応してパニックになった。体のどこかに花が当たると、バラまかれた花粉にティムはくしゃみをして鼻水を垂らした。小さな小熊の獣人(ジュール)が震えているのを、道端の石はあざ笑うようにつまずかせて転ばせた。地面は雨が降ったせいでしっとりと濡れていたので、ティムの服はあっという間に泥んこまみれになった。


「ふえええええん!」


 体のあちこちが痛い。ズボンや靴の中がドロドロ、気持ち悪い。真っ黒の世界のどこからか、獣の鳴く声が聞こえる……。優兎(ゆうと)達がいないという孤独感はティムの想像を絶していて、涙がとどめもなく溢れた。


 それでもティムは、無我夢中でベリィの後を追っていた。もうここから優兎達のところへ戻るのは難しい。明りがなくなったら、自分は本当にひとりぼっちになってしまう。そんな思いがティムを動かしていたのだ。


「ひっく、ひっく、ぐすん。あ……そうだ。キリアドローのお姉ちゃんの歌を歌えば、怖い気持ちもなくなるかも。ぐすん」


 ティムは(そで)で涙と鼻水を拭った。


「えっと、ええっと……わたちは、わたちは、わたちは……?」


 ティムの目に涙がどっと押し寄せた。


「うえええええん!」


 ティムがめそめそしていると、オレンジの光――ベリィが先に進むのを止めて、ティムのそばまで寄って来た。ティムはいつの間にか光り輝くベリィがいるので、少しビックリしたらしい。ひっく! と大きなしゃっくりをした後、ベリィを凝視した。


 一人と一匹の間に、しばし沈黙の時が流れた。すると、ベリィがティムの手元――ティムはまた驚いてしゃっくりした――までスルスルと登って来て、ぐにゃりぐにゃりと体を変形させ、自らの姿を別のものに変えた。


 ティムは目を丸くした。ベリィの姿は知人に似ていたからだ。


「……青目のお兄ちゃん?」


 ぽつりと呟いたティムに、ベリィはコクリと頷いた。優兎といっても頭部だけ。かなりデフォルメされていて、くりくりとした可愛らしい目も小さな口もベリィのもののままだったが、髪型とフードらしきものがあったのとで、優兎を真似ているのだと分かった。


 次にベリィはアッシュを真似た。その後にジール、ミント、ニーナ……ティムは「凄い凄い!」と嬉しそうに笑って、ベリィを褒めた。アッシュの一つ縛りにした髪、ジールの頭のバンド、ミントの大きなリボン、ニーナの首に巻いたスカーフにゴーグル。みんなそれぞれが誰だか分かるように、ちゃんと特徴を捉えていた。ミントに至っては両頬に生えた三本ヒゲや尻尾までキチンと再現されていた。


「あはははは! とっても上手だねえ! ボクにも真似出来るかな? うーんと、うーんと……あ! 『アッシュ! あんた、いい加減にしなさいよ!』」 ティムは指で両目の端をつり上げた後、耳を上に引っ張った。「この人はだあーれだっ!」


 ベリィはすぐにピンと来たようで、言葉の代わりにミントの形に姿を変えて答えを表した。


「えへへ、せいかーい!」


 じゃあね、じゃあねー……と、ティムは頭に被っていた帽子を取ると、額に巻き付けて端っこを結んだ。


「『ホントダメだよね、アニキったらさ』……こんな感じだったっけ? だあーれだっ!」


 ベリィはジールの形になった。


「わあ、当たりだよ! そう、バンドのお兄ちゃん。凄いねえ!」


 ティムは拍手を送った。端から見れば何気にアッシュの事を(けな)しているように感じられるが、本人に悪気は全くない。ミントとジールの会話にそのような内容が多いのが原因である。


「じゃあ、この人は?」


 ティムは(あご)のラインに手を当て、そのまま首元へ動かした後、その小さな手で丸を二つ作って、額へ持っていった。

 ベリィは少し考えて、ティムのよく知る人物に変形した。


「えへへ、違うよ。じいちゃんじゃないよう」 ティムは笑って、垂れて来た鼻水を啜った。「正解はキリアドローのお姉ちゃんだよ! スカーフと、あの眼鏡みたいなのを真似たつもりだったんだけど、難しかった? スカーフはお(ひげ)だと思われちゃったのかなあ?」


 でも、じいちゃんは眼鏡なんてしてないよ、と付け足すと、ティムは途端に懐かしむような表情を浮かべた。


「じいちゃん……今頃心配してるかなあ」


 ティムはふと、無数の星が瞬く空を仰いだ。――思えば、こうしてじいちゃんの元を離れたのは初めてだ。家にいる時は勿論、狩りの時も、家に置いておくと泣いてばかりいてみんなの迷惑になるからという事で、ずっとじいちゃんの後ろに引っ付いていた。じいちゃんや村の人が畑仕事を一生懸命している時だって、畑のそばの切り株に座って様子を眺めているだけだった。大好きなルビナちゃんに告白した時も、じいちゃんがそばで見守ってくれなきゃ出来なかった。(結局フラれちゃったけど)


 そんなんだから、村の人達がボクに対して呆れているのは当然だった。言葉で直接言ってこなくとも、村人達の目がそう示している。時折向けられる残念な子を見るような視線が耐えられなくって、いずれは村の中心にならなきゃいけないんだというプレッシャーに息が詰まりそうで、じいちゃんとは毎日のようにケンカした。家族だからといって、どうしてボクが村長を継がなきゃならないのか。村長になんてなりたくない。他の家の子になりたかった。もっと酷い事を言っちゃった時もあっただろう。けど、じいちゃんはブツブツと文句を言ったり、長いお説教をしたりはするけれど、ボクのようなロクデナシが生まれたことを嘆く事は一度もなかった。


 まだ、ボクに期待しているのかな。信じてるのかな。


 でも、どうしたらじいちゃんの期待に応えられるのだろう。どうしたらみんなボクの事褒めてくれるのかな。

 泣くのを止めろと言われても、怖かったり悲しい気持ちになると、いつの間にか涙が出て来ちゃうし、仕事を手伝えと言われても、些細な音にビクビクしちゃって無性に隠れたくなる。力がなくてシャベルも(くわ)も持てないから、畑仕事すら手伝えない。どうすればいいんだろう。


「そういえば、じいちゃんが最後に褒めてくれたの、いつだったっけ……」


 ぽつりと呟くと、一面に広がる星の海がじわりと歪んだ。星々を写し取った大粒の涙が頬を伝う。


 すると、両手がフッと軽くなったのを感じた。ヒヤリとして下を見ると、ベリィが元の姿に戻っていて、茂みの中を進み始めていた。


 ティムは少しの間ぼーっと突っ立っていたが、自我を取り戻すと、「お、置いて行かないでよーう!」と駆けて行った。


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