3・小さき者達の冒険①
優兎達はニーナが滅茶苦茶にした(元)扉を越えて、一本道へ足を踏み入れた。
「はぁー、ふぅー。何だかとっても空気がクリアだわ」 ミントはホッとした様子で感想を述べた。「ここはちゃんと外からの空気が通っているのね」
ミントの言う通り。ここら一帯は壁の上と下に長方形の穴がずっと奥まで続いていた。建物内というよりは渡り廊下な雰囲気で、穴の横幅は人の腕くらいか。そこから外気が流れ込んでいるのだ。風は少し温さを含んでいたが、ホコリやら薬品やらの立ち込めていた空間から解放されたので、優兎達には澄んでいるように感じられた。
ティムは声を抑える為に口に含んでいた実を飲み込むと、大きく深呼吸をした。
「すぅー、はぁー。うわあ、森のいいにおいがする! 建物に入って一日も経ってないのに、何でだろう、久し振りな感じ!」 ティムは更に胸いっぱいに空気を取り込んだ。「ボクらの気付かない間に雨が降ったのかな? 雨水のたっぷり染み込んだ、葉っぱと土の匂いがすっごくするよう!」
「本当、いい匂いね」
ミントは鼻をピクンピクンと動かした。アッシュは上を仰ぎ見る。
「葉っぱと土と、ついでにバケモノの匂いがするな。――おっと、オレのすぐ横にいた」
「風の刃に切り裂かれなさい」
ミントは指を弾いて小さな風を飛ばした。アッシュは軽々と避けた。
「あーあ、まーたさっきみたいな扉がありますねえ」
ニーナはそれこそ、芋虫でも踏み潰したかのようなしかめっ面で、眼前を通せんぼしている扉を睨んだ。
「レナ、さくっともう一仕事終わらせちゃおうか」
ニーナの言葉にそれぞれが反応するよりも早く、ニーナはレナと名付けている魔法銃に弾をセットして、五・六発程放った。要領は先ほどと同じ。魔法弾は扉の長細い取っ手付近を中心に飛んでいくと、結晶同士が連結して大きな花を開花させた。そしてニーナは「ひゃっほー!」と楽しそうに叫んで、思いっきりレナを扉に叩き付けた。
しかし、今回ばかりは思い通りとはならず、覆す結果となった。巨大な氷塊はガラス窓を叩き割ったような音を立てて砕け散ったものの、肝心の扉自体は砕けも吹っ飛びもしなかったのだ。ほんの僅かなへこみだけを残して、依然として佇んでいた。
それどころか、ニーナの銃器から嫌な音がした。
「うわーん! 『バキッ!』って言いました! 今、『バキッ!』って! レナあああああんっ!」
頑丈と思われたレナには小さなヒビが入っていた。ニーナはわーわー喚きながら武器の上に股がって、これでもかというくらいに撫で繰り回した。この武器が我が子であると言わんばかりの愛着っぷりである。
アッシュはニーナの前に進み出た。
「この場所は変な薬っぽい匂いもしねえし、何より閉め切ってねえ。ここはオレの魔法でいっちょ、ドロドロに溶かしてやらあ!」
自分だけ自由に魔法を使う事が出来なかったので、嬉しいようだ。アッシュは非常に生き生きとした様子で魔法を発動。心無しか炎の勢いもいつもより盛んである気がする。アッシュは拳を撃ち込むような動作で、手元に宿した炎を放った。
だがそれでも扉はびくともしなかった。火は扉の表面を覆ったが、すぐに勢いをなくして消えていった。ドロドロになるどころか、ただ火の触れた箇所が熱されただけだった。
「何だよチクショウ! ふざけんなッ!」
頭に血が上ったアッシュは思いっきり扉を蹴った。ガッツン!
「いってえーっ!」
「アニキ、扉をよく見てご覧よ。ほら、『トルロード鉱石』が混じってるじゃんか」
ジールは呆れたふうに溜息をついて、扉の表面を指で撫でた。しっとりと滑らかで滑りがよい白色の中、遠くからは目立たない程度に黒い石粒が見られる。
「トルロード鉱石は石のままだとそれほどでもないけど、砕いて他の物質と混ぜる事で結合して、固まった時に高い気密と耐久性が生まれるんだ。これだと魔法も奥までは完全には行き届かないから、俺らが魔法を使ったってどうしようもない。ニーナの見立て通りだったわけだね」
「トルロード鉱石ね……うろ覚えだけど、アタシ達の通ってる学校にも使われているものじゃなかったかしら?」
「そうだよミント。学校の壁にもこの扉レベルまで細かくはないけど、同じものが使われてる。近距離でよーく目を凝らしてみると分かるよ。聖堂という体でありながら、城だとか防壁だとか、要所並みの強度になってる。全く壊れないように作るってのもそれはそれで問題が出て来るんだけど、逆を言えばそうまでする必要があったんだと解釈出来るね。厳重に守られたこの場所はきちんと調査するべきかもしれない」
ジールの推察にミントは「なるほどね」と頷いた。アッシュとティムは途中から考えるのを放棄して、この不気味な聖堂から出たらたっぷりの食事にありつきたいと考えていた。ニーナはレナにぐるぐると包帯を巻き付けていた。
優兎はユニなら扉を壊すのも容易いんだろうなと考えていた。何せユニは神様だ。きっと『こんなハリボテも突破出来ぬのか』と鼻で笑ってくるに違いない。
しかし肝心のユニは何でそうなったのか、またえらく込み入った話をしている。たまにさらりと『たいこーぼー』という言葉が出て来るので、ひょっとするとアレに関してなのか? と当たりは付けているのだが、一介の子供がすべての架空作品に通じているわけなどなく、また、アレ(仮)が理解出来るなら優兎はもっと頭が柔らかくて当然。そんな凡人に毛が生えた程度なのだから、人物の詳細も歴史の解説も、単語っぽいものが何を示すものなのかすら見当が付かぬまま淡々と聞かされるそれの話題は、控えめに言って地獄だった。
ところがここで、ベリィが動きを見せた。優兎の上着のポケットから肩まで登ってくると、ぴょーんと飛び降りて、その際に優兎の近くに漂っていた明かりをパクッ! 口に咥えて石床に着地したのだ。
「ベリィ! いきなりどうしたの!」
優兎は驚いてベリィを捕まえようとする。しかし、ベリィは優兎の言葉を無視し、そのままゴクリと飲み込んでしまった。光は管を通って、ギルド・プレートやニーナの石と一緒に納まった。
そして伸ばされた優兎の手をかいくぐると、ベリィは長方形の穴を通って外へ逃げてしまった。優兎は何度もベリィの名を呼んだが、赤い光はどんどん遠ざかっていくばかりで、とうとう闇の色に溶け込んでしまった。優兎は長方形の穴を覗き込む形でピタリと止まった。
「優兎! ベリィを追っかけないの?」
「……無理だよジール。穴が小さくって、追うに追えない」
優兎は明かりを新たに作った後、膝についた砂を払って立ち上がった。
「僕が何度もウジウジしてるから、呆れられちゃったのかなあ……」
「ま、優兎が主人じゃあな」
ミントから「空気を読め」という意味合いの攻撃が飛んで来た。アッシュはこれもまた顔色一つ変えずに華麗に避けた。
「うう~ん、ボクにはあの真っ赤っかな魔物さん、青目のお兄ちゃんの事怒ってるようには見えなかったけどなあ。でも、心配だねえ」
ティムが意見を述べたその時だった。アッシュは閃きから顔をパッと明るくさせたかと思うと、すぐに意地の悪そうな顔に変えた。毎度ながらアッシュに振り回されているジールは、アッシュの方を見ていなかったものの、いつもの感じを敏感にキャッチして身震いした。
アッシュは前かがみになって、にこやかにティムの肩に手を置いた。
「ティム、ベリィを追え」
「うにゃ!」「え?」
「ふえええええん!」
ミント・優兎は驚きを、ティムは恐怖をそれぞれ口にした。ジールは自分にこそ降り掛からなかったものの、悪い予感が的中して溜息を漏らした。
「アニキ、追うったって、ベリィは行っちゃったよ」
「いーや。夜目を利かせて見てみろよ。まだそう遠くないところで、小さい光がぴょんぴょん跳ねてんだよ。こりゃあ絶対『こっちに来い』ってことだぜ? 多分な」
「アニキ、言ってる事矛盾してる」
「あら! でも本当にオレンジ色の光が飛び跳ねているのが見えるわ! よく分かったわねあんた」ミントは闇夜の中、金色の目を光らせて言った。
「あ! 遠ざかって行っちゃう……。ここでじっとしてるよりは、ベリィちゃんの後を追って行く方が賢いかもしれないわね。――でもアッシュ、流石にティムちゃんを一人っきりで行かせるのは危なくないかしら? 他に手があるかもしれないわ」
「いいんだよ、ティムだけで。これは試練だ試練! 聖堂に入る前にも言ったろ? 場合によっちゃあ協力してもらうってな」
「そ、そ、それは~~そうなんだけど、けどぉ~……お化けさん達を退治するのに協力した……じゃ、ダメ?」
「目線が定まらずにチラチラ動きまくってたのは、役に立ったって言わねえっつーの。とにかくノーカウントだ。――ほらほらティム、いや、第三子分。親分命令は絶対だ、行って来い!」
「ええええ……」
都合のいい時に『子分』という名目を使うもんだ。優兎はティムを穴に無理やり押し込めようとしているアッシュをちょっと呆れた目で見た。
あまりにもアッシュの手荒な押し込め方に、彼とニーナ以外の者は丸々としたティム――苦しそうにバタバタと手足を動かしていた――が詰まってしまわないかヒヤヒヤした。しかし何とか外に転がり出たので、心配していた者達はホッと胸を撫で下ろしたのだった。
「ううう、じゃあボク行ってくるよう」
「ああ。ベリィを追うついでに、他の入り口がないかも調べてくれよな」
「はーい。……ぐすん」
ティムは自信無さそうにとぼとぼと、少し進んでは振り返り、進んでは振り返りを四回繰り返した。しかし四回目の振り返りで、犬歯をチラつかせたアッシュの脅しつけるような形相が見えたので、ティムは急かされたように足をもつれさせ、木々の中へ消えた。
「アッシュ、これじゃあティムちゃんが可哀相よ。――やっぱり戻ってくるよう言わなくちゃ!」
ミントはそう言って、腰を屈めようとした。しかしすぐにアッシュがミントの手を引いて、止められてしまった。
ミントはビックリして全身の毛を逆立てた。
「いいんだって言ってるだろ! こうでもしねえと、奴の為になんねえだろうが!」
アッシュはミントの手を離して、真剣な顔つきになった。
「周りが何でもやってやるようじゃ、いつまで経ってもそいつはロクな育ち方をしねえんだよ。外への恐怖に耐性付けねえと、誰も頼る奴がいない環境作らねえと、目の前のもんと戦う度胸を身につけねえと、あいつは一生臆病者のまんまだぜ。オレはそんな奴が中心になるなんて嫌だね。村の奴らだって安心して暮らせねえだろうよ。そうだろ?」
少し沈黙があって、アッシュはらしくねー事言っちまったな、とそっぽを向いた。どうも恥ずかしくなったらしい。しかし優兎、ジール、ミントの三人は大層感心したのだった。まさかあのアッシュがこんなにも真面目にティムの未来について考えていただなんて……!
「……ごめんなさい。あんたの考えに比べたら、アタシのはエゴだったわ。ほんのちょーーっとだけど、見直したわ」
ミントは恥じらいながら言った。アッシュは「ちょっとだけかよオイ」と眉をひそめた。ジールは歯を見せて、申し訳無さそうに笑う。
「俺も謝るよアニキ。どうせアニキの事だから、ベリィがお宝か何かの匂いを感じ取ったんじゃないかと睨んで、ついでにティムを鍛えさせようってんで行かせたんじゃないかなーってさ。ハハッ! 何だかんだでやっぱりアニキはかっこいいや」
……たまに優兎は思う。何だろう、自分の親分なのに、このいかにも信用してないよ! というようなセリフの数々は。まあ親分も親分なのだから、仕方ないのかもしれないけれど……。
それなのに、ジールはどうして必ずと言っていい程アッシュと一緒にいるのだろう? 不思議なもんだ。
アッシュはひひひと笑うジールに対し、たまげた様子で目を丸くすると、目線をズラした。
「……魂胆がまるでなかったと言えば、ウソになる」




