2・魔法銃⑤
「結局、ここにまた逆戻りしてきちまったなあ」
アッシュはポリポリと頭を掻いて頑丈な扉を見上げた。花の魔物とぶつかり合った現場から距離があるので、共鳴だのピタゴラ的な連鎖運動だののミラクルがあって突破出来るようになっている……だなんて事はちっとも期待していなかったにしろ、相変わらず難題を突きつけるように行く手を阻む様を見ると、うんざりした。
「優兎、またあの力は発動出来る?」ジールは尋ねる。
「ごめん、話しかけたらイモ……モモだっけ? のナントカ増殖メカニズムについて熱弁し始めちゃった」
「(意味が分からない)じゃあ、頼れない状況なのか」
「そもそも鍵穴がどこにも見当たらないよねえ」 ティムは背伸びして扉を見上げる。「箱みたいなのが壁にくっついてるけど、うーん、よく分かんないね」
聖守護獣の力も当てに出来ないし、どういう原理で取っ手のない扉が開くのかも分かっていない。あまりにも強固すぎて、果して扉という認識は正しいのか、意味ありげに見せかけた、色が違うだけの壁なんじゃないかという不安さえ誘う。
こうなったら、以降しばらくは役立たずになる事覚悟の上で魔法を大放出してしまおうかと、優兎はフォー・チャートの指輪に触れた。その時、ふと優兎の目に赤い不定形生物が映り、優兎は目を輝かせた。
「ねえ! ベリィなら行けるんじゃないかな!」
優兎は興奮した調子で扉のへこみを指差した。そのへこみはまだユニの力があった状態の時につけたもので、僅かに曲がって戸口に一センチ程の隙間が出来ていたのだ。
優兎はベリィがアメーバのように分裂出来る事を知っていた。学校まで優兎について来てしまったベリィを〈シャロット〉へ返そうと奮闘していた時に、この能力を知ったのだ。分裂能力を使えば、きっと向こう側へ行けるはず。
しかし、その期待とは裏腹に、ベリィは物悲しそうな顔で体を横にねじらせた。その様子は明らかに「出来ない」と言っているようだった。
「えっ! だって、僕の部屋からは郵便受けを通って抜けられたじゃないか」
動揺を露わにする優兎に、ジールが割って入る。
「ゼリィ種には核があるんだよ。分裂すると核もその分分かれるけど、大きさは変わらない。だから、核より小さくは分裂する事が出来ないんだ。核が体より外に出ると、死んじゃうんだって」
ジールの話を受けると、優兎はベリィを拾い上げ、ベリィの体内に目を凝らして見てみた。赤いジェル状の中の、プレートが浮かんでいるその奥に、何か丸いものが見える。更に目を凝らすと、丸いものはドクンドクンと脈打って見えた。――そうか、これが核なのか。核を繋ぎ止めておく血管も筋肉もなく、ただつるつるとしているけれど、人間でいう心臓や脳と同じなのかなと優兎は思った。
大きさは二センチといったところか。確か郵便受けの口は贈り物を入れられる事も考慮されたサイズだった。優兎は困り顔のベリィにフッと柔らかく笑いかけて、ごめんよ、と頭を撫でた。
「むう。この先へ行きたいんでしょう? それなら別に、鍵を使わずとも行ける方法がありますよ」
ニーナは口をすぼめて、前を通すよう手振りをした。
「ちょ、ちょっとニーナちゃん? 火は、火は使っちゃダメよ? というか銃ってセーフなの? どういうメカニズムで放たれるのか分かってる?」
「まあまあ、私にお任せあれです」
ニーナは他の仲間達に扉から離れるよう指示を送った。そして扉から充分距離を取った事を見届けたニーナは、今まで担いでいたものをドスンと下へ下ろした。その震動が地べたを駆け巡る。
ゴーグルをいじって装着し、すーはーと静かに呼吸。ニーナはゆっくりと瞼を閉じた。
「——太古の遺物よ。我、ニーナによって行く手に光がもたらされん事をお許し下さい……」
ニーナはブツブツと独り言を呟きながら、素早く巨大銃器のスイッチやレバーやらに指先を走らせた。銃口を扉へ向ける。
「ずっきゅうううううんっ!」
可愛らしいかけ声とは裏腹に、やっている事は重々しく且つド派手。目にも止まらぬスピードで銃口から次々と弾が乱射されたのだ。弾は障害物にぶつかると、爆発を起こすのではなく、ベチャベチャベチャッ! と泥をぶち撒けた。
「魔力ゼロの土をぶち撒けましてぇ~、魔力注入っ! 可憐に花を咲かせましょう~っ!」
スイッチを華麗に駆使して弾を発射すると、言葉通りパッと花を咲かせるように凍らせていった。扉を始めとし、流れ弾を食らった一部の壁や床にも氷の結晶が咲き誇る。
扉の殆どが氷の花に覆われたのを見届けるや否や、ニーナはすぐさま次の行動に移った。慣れた手つきで機関銃を持ち抱えると、片足を一歩後ろにズラして踏み込み、腰を銃器ごと横へ半回転させたのだ。
ニーナはイタズラを目論む子供のように、ニーッと歯を見せた。
「どっかあああああんっ!」
勢い付けて、ニーナは扉目掛け力いっぱい機関銃をフルスイングさせた。小さな体には間違い無く重荷であるはずのそれは、野球のバットよろしく軽々と振り回され、扉と思いっきり衝突すると、メキメキガッシャーーーンッ! と耳をつんざくようなハチャメチャな音を轟かせた。楽しそうなニーナの周りには、粉砕された氷の欠片がわっと飛び散った。扉とニーナから離れていた五人は唖然とした。
「わー! キリアドローのお姉ちゃん、かっこいい!」
ティムはバンザイの形に両手を広げて、ぴょんぴょん飛び跳ねた。
「た、確かに火は使ってないわね……」
ミントは笑顔を引きつらせて言った。他の道を探したり、鍵を使うという正統手段を取らずにド派手に打ち破ってみせたので、心底驚いているのだった。扉は、というと、上と下半分が極端に残された形に成り果てていた。この先、侵入者から聖堂の秘密を守るという役目は到底担えそうにないくらい滅茶苦茶にされていた。
ニーナは手をブラブラと振って、こちらに振り返り、笑顔を見せた。
「そうか! あの武器は『魔法銃』だ!」
ジールは思い出したように言った。
「魔力を注入して、魔法弾として発射したり、逆に魔力の流れを遮断して普通の弾丸や弊害するものとして撃ち出す事も可能な兼用武器だって話だ。確か昔に、東を代表する戦争兵器として使われていたはず」
「ほほう、よくご存知で。その通りです」
「始めのあれは、地属性のままだと氷属性が効かないから、ただの物質として撃ち出したってわけだね」
「そうです、この扉には魔力を軽減する物質が混ぜられていると見ていたんで、ちょっと頭を捻りました。私は魔法が使えないんで、擬似的に魔法を撃ち出せるものとして愛用しているんですよ。型は古いものですが、魔力エネルギーやおまじない用の原料が採取出来る〈ウィンベル〉ならではの贅沢品です。私はこの子の事、親しみを込めて相棒って呼んでます」
ニーナはレナと名付けられた銃器を撫でた。
「でも、魔法弾を撃ち込むのは分かるけど、銃器自体で叩き込むってのは聞いた事がないんだけど……」
「そりゃあそうでしょうね。私が勝手にやってる事ですから。スカッ! とするんで、私は好きなんですけど、周りは口を揃えてやめてくれって言うんですよ。ぶうー」
ニーナは唇を突き出した。……なるほど、あんなに大振りのスイングをされては、確かに周りを巻き込みかねないし、銃器を鈍器のように扱うこと事態が危ない。まだ子供だからという理由も含みそうなものだが、それで戦いには参加させてもらえないというわけか。優兎は一人納得した。
「さあさ、道は開かれました。皆さん行きましょう!」
ニーナは元気よく言った。
――2・魔法銃 終――




