2・魔法銃④
それぞれの腹が満たされたところで、優兎達は動き出した。またシュリープ達との戦いを繰り広げる事になるのかと思うと気が重いが、それでも心強い仲間が加わった事と、食事休憩を取った事で随分と優兎達は元気になっていた。この調子ならリッテの花探しも捗るだろう。ニーナはアッシュとティムにもシュリープ除けのアイテムを渡し、優兎はベリィに預けていた光を消すと、自分の手元に新しいものを作った。
ニーナのおかげで二階を探索する意味がなくなったので、再度優兎達は固く閉ざされた扉へと進路を向ける事となった。強化された優兎の力を持ってしても一発では開かれずに後回しした、あの扉だ。ニーナも二階があるなら、という事で同じく保留していたらしいのだ。
この辺りでは激しい激闘があったが、そんな事などすっかり忘れてしまったかのようにシュリープ達はうろうろしていた。だがニーナから貰ったシュリープ除けのアイテム(僕は貰ってないけどねー! by優兎)のおかげなのか、シュリープ達は優兎達の方に寄ってこなかった。寧ろ、避けるように通路の脇へと逸れていくのだ。ユニの力が期待出来ない今、誰がバリアを張っても貫通するという事態に再び陥ってしまっているので、非常に助かる。稀に無茶をしてまで近付こうとする者もいるのだが、結局は諦めて退散していった。
「シュリープさんは、恨みや苦しみなんかを命ある人に知ってもらいたいから、近付いて来るんです。生きている私達だって、家族や友人、恩師、日記帳に自分の鬱憤を吐いて晴らしたりしますよね。霊体となっても尚、シュリープさんにはそうした人間味が残っているようです。特に、今の生活に満足している人、仕事先が見つかってウキウキルンルンしている人、恋人とうまくいっている人……そういった幸福オーラを纏っている人に惹かれやすいでしょうね」
ニーナは重たそうな武器を担いでいるにもかかわらず、平然とした口調で話した。
「なので、シュリープさん達を寄せ付けない為には、不幸――不幸になる原因となった曰く付きのものを持ち歩けばいいんです。いろいろな対策はありますけど、その場所にシュリープさんがいると分かっていれば未然に衝突を避けられるもので、例えば、今ミントさんが持っているそのお人形――それは潰れかけた骨董店からとある父親が買って、娘さんに与えられたものだったのですが、幾日か経つと立て続けに不幸が起こっていったらしいんです。父親が両方の足の骨を折ってしまった事から端を発し、突然巨木が寝室に倒れ込んできたり、栽培していた作物が魔物さん達に荒らされてすべてダメになってしまったり……しかも、その村は今まで魔物被害がなかったのに、です! 日に日に人形が生き生きしていくように見えたと言う情報もありますし、人形のせいと見てまず間違い無いでしょう」
現在の人形の持ち主であるミントは勿論、ニーナ以外の者は震え上がった。
「いやああああっ! 誰か交換してちょうだーい!」
「うおっ! み、ミント、こっちに近付くんじゃねえ! 不幸が移るだろ!」
「あんたが持ってるのも似たようなものでしょうが! うにゃーん!」
「あははは、大丈夫ですよー、ミントさんにアッシュさん。持ってすぐに効果が現れたわけではありませんし、除霊もきっちり行ってますから」
ニーナはにっこりと笑った。
「まあ除霊の一週間後、当の娘さんは遠くの方へ旅立たれていきましたが」
ミントは先ほどよりも鋭い悲鳴を上げた。
「ところでさあニーナ。ちょっと疑問に思ったんだけど、えーっと……このシュリープみたいに、人を襲わなかったり、のっぽみたく程よく距離を保ちながら追っかけて来るみたいなケースってよくある事なのかい?」
ジールは優兎にごめん、とアイコンタクトを取って尋ねた。
「そうないと思いますよ。私は魔力濃度の割と濃い大陸出身で、大昔はそりゃあ結構な数のシュリープさんがいたらしいんですが、不可解な行動を記録したものは見当たりませんでしたねえ。というか、ここのシュリープさん自体がちょっと特殊です。浮遊シュリープさんの行動範囲が広すぎです。皆さんと行動するまで気付きませんでしたよ」
「そうだね、こぞって階層を無視して現れるのは異質だと思う」
では、シュリープが一個人に付きまとってくるとしたら、付きまとわれた人はどういう者だと推察されるのか。これを尋ねてみると、ニーナは難問を出されたかのように眉をひそめた。
「そういうのも見聞きした覚えがないんですよねえ。う~ん……、相当な恨みと苦しみを抱えて現世に留まっているシュリープさん……幸せな人を好み、共感してほしいと本能で動くシュリープさんが襲ってこない、それでいて、ヒナ鳥のように追いかけ回す人物に当てはまる事と言えば、同類、もしくは――」
ニーナは何気ない会話をするように、その言葉を口にした。
「死期が近い人」
ですかね? と、残りの言葉を続けた。ジールは眉をぴくりと動かすと、驚きも悲しみもしない、どこかよそよそしさすら感じる優兎に気遣うような視線を投げ掛けた。
「優兎……」
「……ん? あ、ごめん、何か言った?」
「……いや、何でもないよ」
聞いていなかったらしい口ぶりの優兎に対し、ジールはそれ以上何も言う事が出来なかった。
何はともあれ、シュリープから襲われる危険性がぐっと低くなった事を実感した一行は、安心して道を通る事が出来た。
恐怖心が薄れてくると、次第に会話も盛んになってきた。主に飛び交ったのはニーナへの質問だった。そりゃあそうだ。ニーナの言動や彼女に現れるたくましさは、幼い割にしっかりとしている。かといってそれがすべてではなく、ちゃんと子供らしいお茶目な部分も消失せずに残っている。
それでもやはり、自身の小学生時代や瑠奈やそのお友達を物差しとすると、彼女の存在は優兎にはえらく特異に映った。なのであれやこれやと聞きたくなるのは優兎も同じだった。ニーナは新たに出された質問に、「出身は〈ウィンベル〉です」、「ティムさんの一つ上で十一歳です」、「雪かきと煙突掃除と薪割りと、あとたまに見習い兵士さんの稽古に付き添ってあげる事が主な仕事ですかね」と、一つ一つきちんと答えてくれた。
「〈ウィンベル〉ってどんなところ?」 ティムはペロリと口の端っこを舐めた。「おいしい食べ物、いっぱいある?」
「王国よ。この辺の気候と違って、とても寒いの」 ミントがニーナに代わって説明した。
「食べ物って言ったら、あそこは厳しい寒さに耐え抜ける作物が中々ないから、他国と貿易……えっと、品物を売り買いし合ったり、自分達で狩りに行かなきゃならないのよ」
「狩り? ボク達と同じだねえ!」
ミントは頷いた。
「でも、そんなに立派な武器を持っているのに、狩猟組には参加していないのね?」
「ええまあー……そうですね」
ニーナは言いにくそうにもごもごと口ごもった。
「そもそも、私がこうして武器を担いでこの聖堂にいるのは、依頼を出したにもかかわらず、受けてくれる人が全くいなかったからなんです! わざわざ人手の多そうな〈ガルセリオン王国〉へ出しに行ったのに! そりゃあ、多少遠慮気味に時間はかかってもいいと書きましたよ? でも、結局年を跨いでもギルドから吉報はひとっつも来ないし、他の人はみんな忙しいから頼めないしで、自分で行くハメになってしまいました! 私だって暇じゃないのに、こんな事ってあります?」
いつもニコニコしているようなニーナにしては珍しく、イライラした様子で不満を打ち明けた。
「王都の人間の意気地なし! きっとリッテの花の入手難易度が高いのを知ってるから受けなかったんですよ! 見てくれのいい武器ばっかり見せびらかしてくれちゃってさあ! 〈ウィンベル〉男児なら、もうとっくに花の一本や二本、いや、花束にして持ってくるところです!」
ニーナは小さな子供が駄々をこねるようにブンブンと手を振った。スイッチが入ったのか、その後も「練習場で剣ばっかり振ってるんじゃなくて、野外で実習させるべきです! 雪山に置き去りにして、三日で帰って来なければ兵士と認めないとかさあっ!」とか「キラキラ剣を光らせてくれちゃって、当てつけですか! 食品の仕入れに殆ど持っていかれちゃってるこっちへの当てつけですか! ちっとも羨ましいだなんて、ぜーんぜん思っちゃいないんですからあっ!」などと、溜まっていた不満を爆発させた。
しかし、ニーナの不満を聞いた優兎、アッシュ、ジールの三人は、揃ってドキッと肝を冷やした。思い当たる節があるのだ。リッテの花探しの依頼に、〈ガルセリオン王国〉、ギルド……三人が今回小遣い稼ぎの為に引き受けた依頼と場所が、ピッタリ一致するではないか。
(アニキ……俺達の受けた依頼のクライアントって、まさか二――)
(二? 二?? 肉付きのいい四・五十代の女がクライアントだとでも言いたいのか。ええ? そうなんだろジール)
(アッシュ、目が泳いでる。――うーんと、じゃあ仮名としてNさんとしよう。ジール、Nさんが依頼を取り消してくれってギルド側に申し出た場合、どうなるの?)
(ギルドに預けられていたリヲは、クライアントに戻される)
(すでに実行中の場合は?)
(それはクライアント次第だね。……でも、あの様子じゃあねえ)
(ジール! なんでニーナを見るんだ! ニーナは関係ないだろうがよ! それに証拠だってねえ!)
「うわーん! 千二百リヲは、私の全財産だったのにぃっ!」
(聞こえねえ聞こえねえ聞こえねえ聞こえねえ)
アッシュは顔をくしゃくしゃにして、念仏のようにぼそぼそと口を動かした。優兎はハァと溜息をついた。
「あー! そうそうニーナ、前から気になってたんだけど、あれ、あの、『ランラー、ララララー。わたちは雄花ーナンチャラ』っていう感じの歌を歌ってたよね? 歌詞がすごく変わってるけど、どういった意味が込められたものなのかな」
自分の話を打ち消すように切り出して来た優兎に対して、ニーナは口をつぐんだまま訝しげに見てきた。うわあ、視線が刺さるな。
「……雄花じゃなくて、お花です。メロディーも違いますよ」
ニーナは不服そうな顔からふっと力を抜いた表情に変えて、息を吸い込んだ。
ランランラララ、ランランラララ
わたちはお花。きれいなお花
暖炉に燃える 赤色
お船の浮かぶ 青色
お空で泳ぐトマトの黄色
何色にも染まらない
……え? わたちがおいしそうですって?
コトコトお鍋で煮込むの?
ジュージュー獣脂で焼くの?
それともジリジリ汗が出るまで炙ってみる?
あなたっておバカさんね
わたちは食べ物じゃないのよ
ランランラララ、ランランラララ
わたちはお花。かわいいお花
朝に飲む おいしいミルクの白色
国で一番のコックが作る スープの黒色
大きくてかっこいいウサギの灰色
何色にも染まらない
……え? わたちがきれいですって?ありがとぉ
キラキラ糸で紡ぐの?
つるつる花びんに入れるの?
それともピカピカブローチにする?
あなたっておバカさんね
わたちは飾るもんじゃないのよ
ランランラララ、ランランラララ
わたちはお花。すてきなお花
母さまのカーペット色
父さまのねまき色
クロちゃんのおぐし色
何色にも染まらない
……え? わたちを調べたいの?
パラパラお花図鑑をめくる?
プチプチ花びら摘み取ってみる?
それともペタペタ触ってみる?
あなたっておバカさんね
そもそもあなたは触れらんない
きっとお隣さんが呪いをかけたのね
ご先祖様が悪い事をしたに違いないわ
「これはおまじないなんです。『怖い』という気持ちを和らげてくれるっていうおまじない」
「……この歌が?」
「そうですよ」
特に大声を出すとより効果が増すんです、と付け加えたニーナは、さも当然とばかりにすっぱりと言い切った。しかし優兎はどうにも腑に落ちないようで、眉間にしわを寄せた。おまじないにしては歌詞の内容と全く繋がりがないように思えるし、メロディーの方も即興歌に近かった。急に高くなったり低くなったり。時間が経てば忘れてしまいそうな自由さがある。ニーナの年齢よりもずっと幼い子が作ったような歌だと思った。
でもまあ、本人がおまじないの歌だと言うんなら、そうなのかなあ。そう納得しようと思いつつも、優兎の中には疑問が植え付けられたのだった。
「しかしシュリープさん、この歌がどうかしたんですか? ――あ! 言っておきますけど、シュリープさん自身が歌を口ずさんでも効果ないですからね。『怖い』と思われる対象者なんですから、おまじないの効果で自滅しちゃうかもです」
ん? ニーナは自分の言葉に疑問点を感じて口をすぼめた。
「あれ? 顔の怖い人が歌ったらどーなるんでしょう?」
と、優兎のすぐ後ろでジールがアッシュに、なぜ優兎がシュリープだと勘違いされているのかを小声で説明しているのが聞こえた。アッシュはプフーッ! と吹き出す。
アッシュは優兎にわざと聞こえるような音量で口ずさんだ。
「わたちはお花。きれいなお花……」
「アッシュ! 人事だと思って!」
「うはははは! いやあ、何度も言ってるように、前々っからちょいとイカレたところがある奴だとは思ってたんだがな。そーかそーか、シュリープだったのか! これで合点がいったぜ!」
「僕のどこがシュリープなのさ! おかしく感じるのは生まれた世界が違うからだよ! 本物と見比べてみなよ、ほらあ!」
アッシュは優兎の意見をすべて無視して、ジールも一緒に歌うよう促した。ジールはニヤリと悪意の籠った笑みを浮かべた。
「暖炉に燃える赤色、お船の浮かぶ青色、お空で泳ぐトマトの黄色、何色にも染まらない~♪」
「ぐわあああああッ!」
優兎はついに堪忍袋の尾が切れたようで、躍起になって二人を追いかけ回した。それを面白がって、アッシュとジールは一区切りずつ、キャッチボールをするように順番に歌う。つっかえもせず、間違えて二人同じ歌詞を歌う事がないので、見事なコンビネーションだと賞賛するところだが、そんな事も言ってられず、優兎の怒りは増しただけだった。
もうもうと砂煙が舞い上がる中、ミントは頭が痛いといったふうに、額に手をやって呟いた。
「ハァー。男子ってどうしてこう、いつまで経っても子供なのかしら」




