2・魔法銃②
ジールは口の端をつり上げて近寄って来た。
「さっきからぼーっと突っ立って、怒り顔になったり溜息ついたり赤くなったり……一体どうしたの」
「赤くなったのはジールのせいだよ。ハァ。何が起こってるんだかさっぱりなんだけど、ユニと会話が合わないんだよ」
『――そういうわけで、奴はガーズの実から油だけを抽出する事に成功し……ん? んん? おい優兎! 今オレガノ膨張がどうとやら口にしたか! なぜだ! なぜ貴様のような脳足りんがそれを知っている! 答えろ!』
「ほらね」
「いや、優兎にしか聞こえないから」
息を弾ませて「あっちの方は探した?」と尋ねながら、ジールは優兎のいる山まで登って来た。歩くたびに破片がパラパラと下層の方へ転がっていって、闇に飲まれる。
隣りまで辿り着いた時だった。二人が揃うのを待ち受けていたかのように、ふいに山の下の、明かりの作り出した影からにゅっと手が伸びてきた。
双方の手はジールの左足と、優兎の右足を掴んだ。
「「うわあああああッ!」」
二人分の叫びが重なる。背筋にぞぞぞーっと冷たいものが走った。だが足首に絡み付いた腕は、幽霊のようにほっそりとした青白いものではなく、褐色がかっていて、いくらか筋肉がついていた。凍えるように冷たくもなく、むしろ熱い。
悲鳴を聞いたミントが言葉を投げかけるよりも早く、腕から先が、闇の溶けた中からのっそりと這い上がるようにして姿を現した。
手の主は首をだらんと下げた状態で、ドスの利いた声を発した。
「ふっはははは……愚かな人間共おおお、こっちへ来い。あの世へ送ってやるうううう……」
最初は皆がパニック状態で口がきけなかった。しかし、その何だか聞き馴染みのある声に、やがてジールだけはフッと笑みを浮かべた。
「……人間ってさ、すべての物事を論理的に考えたがるよね。海が塩っからいのはなぜか。雲が浮かんでいられるのはなぜかとか。それでも人類の知り得る事には限界があって、人智を越えたものは想像で無理やり埋める事は出来ても、事実を知る事は出来ない。その代表格の一つが『あの世』についてなんだ」
ジールは意地悪っぽく笑った。
「ねえ、『あの世』ってどんなとこ?」
唐突なジールの質問に、手の主は困ったように唸った。
「お、オレはあの世の番人だから、その先は入ることが許されていないんだああああ!」
「ふうん。でも番人がこんなところで何やってるのさ。職務放棄じゃない?」
自称番人は、また呻き声を上げた。ついにはあー! と自分の赤髪を掻き乱すと、ジールに掴み掛かって来た。
「ジール! テメェ! 元気そうなのは何よりだが、図に乗るんじゃねえぞ!」
「おおっと怒らない怒らない。これじゃあ番人も形無しだね」 ジールは依然としてニタニタ笑っていた。「こっちも心配してたんだよアニキ。無事でよかった」
「あんた、頭から血が出てるじゃないの!」 ミントはハンカチを差し出した。「ティムちゃんは? ティムちゃんとは一緒じゃないの?」
「すぐ下の方にいる。伸びちまってるみたいでな。まあとりあえずは、あの世に連れてかれるような事にはなってねえよ」
アッシュが歯を見せつけるように笑うと、ミントは「そういう冗談はよしてちょうだい」と呆れたように叱った。
ジールとミントが花の魔物の死骸の麓でティムの救出を行っている間、優兎はアッシュの治癒を任された。明かりを蛍火くらいに縮めて二つに分け、一つを優兎の元に、もう一つをベリィに預けてジール達の元へ向かわせる。癒しの力を使うのもあって、自由に明かりを浮遊させるのは困難だったからだ。
「よく平気だったね。あんなに高いところから落ちたのに」
優兎は額に滲んだ玉の汗を拭った。幸い、アッシュの体は擦り傷と些細な痣程度で済んでいた。目立った怪我と言えば、額につくった切り傷くらいか。軽傷部位は自然治癒能力を促すくらいにして、額の傷を重点的に治す事にした。
「あの花のバケモンがクッションになったってのがあるな。ピンチになった原因はあのバケモンなのに、そいつに救われるなんて妙な気分だぜ」
アッシュは別の明かりが漏れている方向を見た後、腰を屈めて囁いた。
「多分、あのバケモンはジールの奴のミスだ」
「!」
――ごめん……ごめん、優兎
――あの花の魔物――俺のせいだ……
ふと、あの時の発言がフラッシュバックした。
「シュリープ対策に種をバラまいたろ。無害な種の中に、あのバケモンの種が混じってたんじゃないかと思ってな」
「うん、当たってる気がする。ジールも覚えがあったみたいだった」
「種なんぞ、見た目も握った感触もどれも似たようなのばっかだしなあ。覚えるのなんて、オレにとっちゃ拷問みたいなもんだし、それでなくてもあいつ――っと」
「?」
「いや、オレがベラベラ喋っていい事じゃないな。とにかく、こうして全員顔を揃えられたんだ。この件は不問にしてやってくれ」
「? うん……まあ、僕より被害を受けたアッシュがそう言うなら」
言いかけた言葉が気になったが、深く考えると治癒に差し障りそうだったので振り払う事にした。
それにしても……である。優兎は羨ましげにアッシュの体を見つめた。無駄な脂肪は見られず、代わりに程よい具合に筋肉がついている。治癒の為に腕を触ってみると、芯がしっかりしているのがよくよく分かった。
しかもしかも! もっと羨ましい事に、服の下から割れた腹筋が見られるじゃないか!!
優兎は腹筋に憧れを抱いていた。だって男らしいじゃないか! 病気を持っていたとはいえ、同じくらいの歳で、皮と骨ばかりの自分とこんなにも差がつくものなのか!?
「何か、筋肉がつく為に特別な事でもやってる? 運動とか食事の管理とか」
「? 唐突にどうしたよ」
「いいから!」
「何だよ、そんな面倒な事やってるわけねーだろ」
「はああああん!?」
何もしてなくてそうなってるなら、僕だって今頃ムッキムキだわ! 歩くたびに床に沈み込んでコキュートスもブチ抜いてやるわ!(?)
満足のいく答えが得られなかった優兎。問いつめたところ、元々の上に学校に残留し続ける関係で力仕事を受け持つ事が多く、その結果によるものだと判明したのだが、答えた後も後で、アッシュはピリピリッとしたジェラシーの籠った治療を受ける事になったのだった。




