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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【2・魔法の流星群 編 (後編)】
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1・二人の新たな同行者①

 

 優兎(ゆうと)はわけが分からず、ただ硬直していた。


(どうして、こんなところに……?)


 今優兎があんぐりと大口を開けているのは、気を失っているミントや、ティム・アッシュが落ちていった穴のそばでぐったりとしているジールが原因ではない。生前に抱いた恨みや後悔から成仏出来ずに、この〈ハルモニア大聖堂〉を彷徨しているミジュウル・バイ・シュリープに、視線で射殺さんとばかりに見つめられているからでもない。優兎の大好きなアニメ「ドラゴン・レジェンド」の二期が決定になったからでも――仮に魔法界(こちら側)の滞在中にそんなトンデモナイ事件が起こったなら、校長に「放送時間の三十分だけは家に帰らせて下さいッ!」と取りすがって慟哭(どうこく)すると予測される――ない。


 一人の、人間の女の子が目の前にいるからであった。女の子が好むような綺麗なものなど皆無で、死者の世界と繋がりを持ったこの不気味な地に、だ。


 大体小学生くらいの歳に見えるが、そのほっそりとした手には、か弱い女の子が持つにはあまりに不釣り合いで重々しい機関銃のようなものが握られていて、そちらの方が目立った。

 女の子は自らをニーナ・サウスと名乗った。


 ニーナはどっしんと物騒な塊を床に下ろすと、もの凄いスピードで優兎の元へと駆け寄って来た。


「うわあ、うわあっ! すっごい! ()()()()()()()が、人間さんみたいに服を着てる!」


 ニーナは世にも珍しいものを目撃してしまった! といったふうに目を輝かせる。


「今時のシュリープさんはおしゃれさんなのかなあっ!」


 熱意の(こも)ったニーナの声に、優兎の頭はパニック状態だった。なんだなんだ? 僕を「シュリープさん」と呼んでいるぞ。僕のどこをどう見たらシュリープだと思われるのだろうか。


「とりあえず、頭の……ゴーグル型のライトが眩しいから、どうにかしてほしいんだけど……」


「ああ、これはすみませんでした」


 腕で光を遮って言うと、ニーナは素直に従い、端のダイヤルを回して光量を落とした。


「ええっと、何か勘違いしてないかな? 僕はシュリープなんかじゃなくて、普通の人間だよ」


 優兎は本物のシュリープを横目でチラリと見た。


「でも、こんなに近くにいるのに、そこのシュリープさん全然あなたの事襲ってこないじゃないですか」


 ニーナは本物のシュリープを横目でチラリと見た。


「そこで倒れているお兄さんは襲われたのに」


「そ、それは僕も変だとは思ってるけど――」


 言い返せなくて困っていると、優兎は突然パンチを食らったかのような衝撃を受けた。そうだ、ジール! ミントも動かないし、アッシュとティムは穴の底に消えちゃって……!


 すぐさま優兎は、一番容態が心配なジールの元へ近寄った。ピクリともしないジールに、浮かび上がってくる恐怖に飲み込まれそうになりながらも、手首の脈拍を取る。……! よかった、生きているっ! 口元に手をかざすと、僅かながら呼吸もしていると分かった。優兎は心の底から安堵の溜息を吐き出した。


 しかし、それも束の間だった。ぴくんっとジールの指先が動いたかと思うと、ジールは弾かれたように飛び起き、いきなり優兎に掴み掛かってきた。


「うわあっ!」


 優兎はジールに両肩を掴まれたまま、床に頭をぶつけた。痛みを訴える暇もなく、目を開けるとそこには、普段のジールの姿を忘れさせるような、鬼のような形相をした顔があった。


「返してやれ! 返してやれ! ()()()に、両親を返してやれえええええッ!!」


 肩を掴む手に力が込められる。ジールの爪が、服越しに肉に食い込んだ。


「返してやれえ! 返してやれえッ!!」


「じぃ、る! やめ、痛い……」


「何笑ってんだよ! 何がおかしいんだああッ!!」


 勿論優兎は笑ってなどいない。それでもジールは、優兎を()()()()と重ね合わせているようで、わけの分からないことを口走っていた。肩が痛い。骨に響く。だが、ジールを相手に攻撃魔法は使いたくなかった。


 何とか痛みから逃れようと、ジールの腕を押して抵抗するも、今度は手が首へと伸びた。親指にぐっと力が込められ、残りの指が首の自由を奪った。――息の根を止める気か!?


 優兎の危機にベリィが間に入って止めさせようとしたものの、あえなく投げ飛ばされてしまう。

 痛みに(うめ)く優兎だが、喉元よりは胸の方が苦しかった。


「やめろお! 笑うな! 笑うなああッ!!」


 容赦ない攻撃と、憤怒(ふんぬ)に狂ったジールに、目に涙が浮かんだ。


「笑うなあああああッ!!」


 ガツンッ!


 重量のあるものが落ちてきたかのような鈍い音がして、ジールは優兎の上に倒れた。咳き込みながら優兎が上を仰ぐと、あのごつい武器を手にしたニーナが立っていた。


「死して尚、シュリープさんをまた殺すのは可哀想です!」


 ニーナはしてやったり! という表情を浮かべた。……まだ僕をシュリープだと思っているみたいだなあ。


 フクザツな気持ちだったが、しかし、命を助けてもらったわけだ。優兎は咳き込みながら感謝の言葉を述べた。





「――これは、いわゆる〈呪い〉にかかってますねえ」


 ニーナは深刻な顔つきで言った。ジールの肩には赤黒くて小さな手形が付けられている。恐らくシュリープに触られた場所だ。


「〈呪い〉?」


「状態異常の事ですよ。例えば……ほら、フェーデレットさんの起こす電気に触れると、一定時間〈麻痺〉状態になってしまいますし、ジェネーゼさんの葉っぱから染み出る露が肌に付着すると、〈毒〉状態になってしまうじゃないですか。ああいうのと似たような類いですよ。〈呪い〉はシュリープさんみたいな亡霊や、肉体から魂を切り離せるタイプの魔物さんがかけてくるそうなんです」


 生前に習いませんでしたか? とニーナに尋ねられ、優兎は困ったようにうーん、と(うな)った。フェーデレットやジェネーゼなんてのは、要するに魔物や植物の事なんだろうけど、魔法界(ムーヴ・ベイン)にやって来たばかりの優兎は会った事も聞いた事もなかった。


 けれど、置き換えればなんて事ない。つまり、RPGゲームに登場するような概念、敵モンスターと接触する事で時々発生する、麻痺やら毒やら凍結やら混乱やら……みたいなものが、この世界にもあると思えばいいのだ。

 普段ならファンタジー好きの優兎はここで燃え上がるところなのだが、実際に友人がかかり、またそのせいで殺されかかったので、優兎の心は重く沈んだままだった。


「〈呪い〉を治す手段はないのかな? 聖水とか、飲み薬やお札やしっぽとか……それとも光の魔法でなんとかなる?」


「まあ、そう慌てないで下さい。この人が生きているなら急は要しませんし、ちゃんと〈呪い〉を浄化できるアイテムは持ってますから」


「シュリープさんが人間さんの心配をするなんて、つくづく変わった人……じゃなかった。霊だなあ」と呟きながら、ニーナは背負っていたリュックサックを下ろして、中身を物色し始めた。ニーナがアイテムを探している(かん)、優兎はミントの様子を見たり、ポケットからハンカチを取り出して、ジールの額から滲んだ脂汗を拭き取ってあげた。倒れてからも〈呪い〉に未だ虫喰(むしば)まれているのか、とても苦しそうだった。時々呻き声を上げている。先ほどジールに乱暴にあしらわれたベリィも、優兎同様怒りもせず、心配そうな表情を向けていた。


 それにしても、〈呪い〉の状態異常を除去するものとは、一体どんなものなのだろうか? 優兎は気になった。とりあえず、「〈呪い〉にかかったら最後、手の施しようがありません」というような最悪の言葉を聞かずに済んだ事にはホッとしている。


 ガチャガチャ、ゴロゴロ、ニャーニャーといろんな音がリュックサックの中からした後、ニーナはあったあったと嬉しそうに呟いて、床の上に探していたものを置いた。高級感のある黒い茶筒みたいだ。パカッと(ふた)が開かれ、そのブツを目にした瞬間、優兎は凍りついた。


 人間の爪らしきものが、黒筒の中に詰まっていたからだ。


「ちょっと待ったあっ! なななな、なんてものを使う気なんだっ!」


 優兎は声を震わせて叫んだ。しかし、動揺を露わにする優兎とは裏腹に、ニーナは冷静である。


「シュリープさんは表情が豊かですねえ。()()()ですよ、これ」


「ウロコ?」 声が裏返ってしまった。「魚にくっついてる、アレ?」


「そうです。まあ、これはカラカラになるまで乾燥させたものですし、初めて見るのなら、分からなくて当然ですかね」


 ニーナはあっ! と思い出したように声を上げた。


「もしかして、シュリープさんはジュングルさんの背脂を使っていた時代の人……おっと、霊ですか? ジュングルさんは気性が荒いから、捕まえるのにひと苦労だし、その割に微量しか取れないでしょう? だから、代わりになるものを学者さん達が探し出して研究し、近年は漁の網を食い破ってしまう厄介者のジャガラーさんのウロコが注目されるようになったんです。格段に手に入りやすくなったから、おかげで私のような子供でもお小遣いで買えるようになったんですよ」


 便利ですよねーと言いながらニーナは黒筒を置き、またリュックサックの中を漁り始める。今度はすぐに出てきた。平たい蓋に、かっちりと鍵のかかった水槽だった。水槽の中にはたっぷりの水と、ブクブクと水中に空気のあぶくを放っている海藻が揺らめいていた。その中には当然ながら魚がいる。やはり、地球上で知られているような魚類とは異なっていて、また深海魚のように珍妙な姿をしていた。――この、ウロコの一つ一つが鋼の鎧みたいに固そうな魚なんか、安易に包丁を入れたら刃こぼれしそうだ。いや、それとも食用ではなく、別の用途があるのだろうか?


「これです。この、一番大きいお魚さんが、〈呪い〉を払うウロコを持ってるんですよ」


 ニーナは水槽の表面をトントンと叩いた。音に驚いた魚達が、とある一匹を残してサッと脇にそれた。依然として動かなかったその魚は、優兎が水槽を見せられた時、まず目に飛び込んできた奴だった。パッと思い浮かぶ魚で挙げると、大きさも見た目も鯛に似ていて、水槽の半分を占めて――随分窮屈だろうに――いる。ニーナはジャガラーだと言っていたっけ。


(でも、どうにもパッとしないなあ)


 優兎は眉をひそめた。確かにウロコは乾燥後の、やや色落ちしたものと比べると真珠のような色味と透明感を併せ持っていて綺麗なのだが、当のジャガラーの体は、ウロコと不釣り合いなダークブルーで、大きく飛び出た目玉は死んだように真っ白だった。見た目で判断するのはいけない事だと親から教わっている優兎だが、彼にはどうにも、この魚が〈呪い〉を払うような神聖なものには見えなかった。


(――というか、何で(なま)のまま魚を持ち運びしているんだろう……)


 密かにニーナには、「ミステリアスな女の子」という評価が与えられたのであった。


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