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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【2・魔法の流星群 編 (前編)】
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①転逆勢形・31

 

 昔、僕がまだ八つか九つぐらいで、風邪のこじらせで骨にヒビが入った時。病室で母にこんな事を尋ねた事があった。


「神様は、僕のこと嫌いなのかな」


 何気なく尋ねたつもりだった。けれどそれは、その言葉は、母に動揺を招いてしまった。「どうしてそう思うの?」と服を畳んでいた手を止めてまで聞いてきた。


 変に思ったけれど、僕は答えた。自分は何も悪い事はしていない。毎日宿題を忘れないように気をつけていたし、思い悩むとすぐ鉛筆の後ろを噛んじゃうクセもやめた。瑠奈(るな)とよくケンカはするけれど、後で謝って、仲直りしてた。それなのに、どうしてこんなにも苦しい思いばっかりしなくちゃいけないのだろうか。


 考えて考えて、行き着いた答えがさっきのだ。けれど、言い終わらないうちに母の悲しそうな目とぶつかり、頭を撫でられた。違う。違うのよ優兎(ゆうと)。あんたは悪くない。ただ、適当に振り分けるはずの不幸が一気に来てしまっただけ。――神様だってね、間違えちゃうのよ。今は大変だけれど、いつか必ず大きな幸せがやってくるからね……。


 母の手は震えていた。


(おかしいな。悲しませるつもりじゃなかったのに)


 布団に包まって小指の柔らかい皮膚を噛むと、少し気が晴れた。





『くそっ! えらく掴み辛いな……』


 男性の、怒った声が聞こえる。


『まったく、前の奴はこんなにも手がかからなかったぞ!』


 何をブツブツ言っているんだ? 手が……かかる? 何が?


『大体、なぜこれほど一定になっているのだ!? 波が穏やかすぎる。ほとんど一直線ではないか!』


 お腹減ったなあ……。


『……ん、反応があったか。気絶でもしていたか? ――優兎! ボクが話しかけてやっているのだぞ! 優兎!!』


 ハッ。自分の名前を呼ばれているような気がして、優兎は飛び起きた。辺りは真っ暗で何も見えない。聞こえるのは呼吸音の重なりと、喉の奥から絞り出すかのような、不気味な声達。


 優兎はぼうっと闇を見つめた。僕、どうしたんだ? 何で光が消えちゃってるんだ??


『フン、目を覚ましたか。著しい魔力の消費で一層腑抜(ふぬ)けたようだ』


 さきほどの男性、(いな)、ユニの声がした。


(え? ……あ! もしかして、協力してくれるの!?)


『騒ぐなッ! 興奮するから、波長が乱れて面倒くさくなったではないか!』


 耳がキーンとなるぐらいに怒られて、優兎はしょんぼりとした。ユニは溜息をつく。


『ハァ。優兎、よく聞け。今回力を貸すのは特例だ。前にも言ったが、本来は貴様に力を貸す気など更々ない。力の及ばん雑魚がどれだけ死のうが、一匹一匹の死に様を鑑賞してやる程感心もない。――これはボク自身の為にやることだ』


(ユニ自身の……?)


『この"嫌増物(けんぞうぶつ)"はイライラする。さっさと用を済ませて脱出しろ。いいな?』


(う、う――)


『分かったら返事するものであろうがッ!』


(はいぃっ!)


 返事しようとしたのに、間髪容れずに怒鳴られ、無意識にギュッと目と口を閉じた。随分と気が立っている様子だ。


 まったく……。ユニは気怠く呟くと、頭の中はしいんと静かになった。まだ互いに繋がっているのは感じる。とりあえず優兎は無心で待つ事にした。


 しかし、何も考えずにいるのはなかなか難しいもので、


 グー、キュルルルゥ。


『おい貴様! 今、余計な事を考えただろう! 波長を掴み損じたぞ!』


(あ、ごめん。お腹がすいて、ハンバーグの事考えちゃった)


 やがて、体の芯から指先に至るまで、エネルギーのようなものがこんこんと湧き上がってくるのを感じた。波長を合わせる、とやらに成功したらしい。疲労でダルかった体が軽くなっていく。力もみなぎってきた。今なら〈ハルモニア密林〉の中をひとっ走りするのも苦じゃない勢いだ。


(これが、聖守護獣(フォルスト)とのリンク……?)


 優兎は拳に力を入れた。


(ありがとう、ユニ)


 僕、頑張るよ。そう心の中で呟いて、閉じていた目を開けた。ユニのオラクルである印の青い瞳が、まるで宝石のようにキラキラと輝きを宿す。体からも白く透き通ったオーラが溢れ出していた。


 さあ、まずはみんなに溜まっている疲労を回復してあげよう! 優兎はすっくと立ち上がって、両手を突き出した。魔力を節制するはずの指輪が、聖守護獣の力を制御出来ずに揺れ動いている。優兎は構わずに集中した。


 足元に、床と壁からはみ出す程の巨大な魔法陣が描き出される。みんなの体力が、魔力が、すべてが回復しますように……。優兎は強く願った。他人を癒やすのは初めてだったが、そこに恐怖心は一切ない。願いを聞き入れた魔法は優兎を中心に広がり、眩い光が廊下の隅から隅まで伝っていった。


 当然、優兎を除いた他の四人は驚いた。


「……え、何? 何が起こったの!?」


「体が軽くなってる?」


 ミントに続き、ジールも立ち上がり始めた。そして今までと様子の違う優兎に気付いたアッシュは、息を呑んだ。


「聖守護獣の力、だな?」


 優兎は無言で頷いた。ミントはキョトンと目を丸くする。


「アッシュ、あんた聖守護獣って、い、言った?」


「ああ言ったさ。――けど、説明は後だ。どうにも悠長に喜び合ってる場合じゃ無さそうだ」


 赤い目を細め、アッシュは喉を鳴らした。


「来るぞ!」


 それは言った直後だった。まるでタイミングを計ったかのように、どっと壁や廊下の奥、床下から、白い顔や黒壁が現れたのだ。回復魔法を放った際の巨大な力によって、引き付けてしまったのかもしれない。静かだったその場は、彼らの身を裂くような絶叫に満たされた。


 ――縺溘☆縺代>繧�≠縺ゅ≠縺ゅ≠繝槭�繝シ縺舌k縺倥>縺�o縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅd縺�繧�□繧�□縺ゅ▲��


 明らかに絶望的な状況。だが彼らの一斉攻撃が届く前に、複雑な模様の壁が優兎達の周りに張り巡らされる。壁は充填するように輝きを増すと、落雷が突き抜けた騒音と共に光がシュリープ達を撃ち抜いていった。

 光の魔法だが、優兎が発したものではない。人間の反射では到底不可能な芸当をやってのけるのは、彼しかいない。


(ユニ! さっきのバリア、ユニが!?)


『フン、歴然の差に圧倒されるがいい……。貴様の体を介していようとも、ボクの力を持ってすれば、奴らを通さぬ壁など容易いものよ』


 ハァーー……と、静かに熱のこもった呼吸をするユニ。


『――聞け、優兎。そいつらは攻撃が通じる。攻撃が何を糧にしているか考えれば、理解出来る事だろう。接近を許すなど回りくどい事はせず、邪魔者はすべて排除しろ!』


 攻撃という言葉に一瞬躊躇ったものの、第二派の出現と共に頭を切り替えた。これは死闘だ。もはや情けをかけている場合ではない。優兎は青の目を細め、攻撃魔法を発動させた。振った手と連動するようにシュリープ達に照準となる魔法陣が現れ、光の筋が魔法陣目がけて飛んでいく。光の筋に貫かれたシュリープは、より一層苦痛に顔を歪めると、一体、また一体と床に沈んでいった。


 優兎一人に任せるわけにはいかない。攻撃が通じるものだと察したアッシュ、ジール、ミントも加勢した。ジールは種をバラまいて魔力を注ぎ、ジャキジャキの歯を生やした小型の果実を生み出してシュリープに噛み付かせる。ミントは強い風を起こして廊下の奥にまで巡らせ、アッシュは種火を放った。火はミントの風によって飛ばされたガスや薬品の瓶と反応を起こすと、


 ドカアアアアアンッ!!


 瞬く間に爆発を巻き起こした。外部へ逃れようのない熱風がこちらまで押し寄せてくると、すぐさま優兎はバリアを張り、五人はその場に伏せた。


 壁の崩れていく音に、ゴツンッ! ゴツンッ! と破片がバリアにぶつかる音。優兎は更にバリアを硬化させる。


 周りに渦巻く煙が薄れ、再び静けさを取り戻してきた頃、優兎達はとろとろと起き上がっていった。何とか窮地を脱したようで、辺りは嘘みたいに静かになっていた。


「よっしゃあ! やってやったぜ!」


 アッシュはガッツポーズをした。


「ちまっちまっちまっちまっ対処すんのにイライラしてたところだ。あーーースッキリした」


「あんたねえっ! 可燃性のものがあるかもしれないってんで、明かりを優ちゃんに任せたんじゃないの! あんたが魔法を発動させようとしていたからゾッとしたわよ! 機転効かせてアタシが風を送り込まなかったら、シュリープ共々餌食になってたわよ!」


「ああ。本当に反応するもんがあったみたいだな。加減して放ったつもりが、見ろ、この通りだ!」


 くいと指を向けた方向には、ヒビの入った壁。ボロボロ崩れて外の様子が覗き込める。


「ちょっとは反省しなさいよ!」


 ミントは爪を剥き出しにして、ちょこまかと逃げ回るアッシュを切りつけんと追いかけた。本来ならジールと一緒に仲裁の役に回るのだが、優兎はフフフと晴れやかに笑っただけだった。シュリープへの緊張が解けたのだ。今は好きなようにさせてあげるべきだろう。


 それに、と優兎は振り返った。――まだ、終わったわけじゃない。


 優兎の見つめる先には深い闇があった。これから進まねばならない道。破壊された壁から差し込む夕日の色とも交わらない、真っ暗な道……。遠くの方でかすかに声が聞こえる辺り、彼らは優兎達を待ち構えているのだろう。


 優兎はゴクリと生唾を飲み込んだ。


 ……ところで、アッシュ達がギャーギャー騒ぐ一方、ティムはと言うと、ひどくしょんぼりとした様子だった。


「どうしたの? ティム」


 心配した優兎はティムに歩み寄った。ティムは顔を上げる。


「うん……。ボク、何も出来ないんだなあって思って」


 ぽつりと吐露(とろ)する。


「青目のお兄ちゃん達は必死で戦ってたのに、協力しろって言われてたのに、ボクはただ、リボンのお姉ちゃんに引っ張られながら泣いてただけだった……」


 そうしてまた俯いてしまった。ティムから伸びる影までもが、悲しげに見える。

 優兎は片膝を立ててしゃがんだ。


「自分を責める事はないよ、ティム。君は君なりに頑張ってるじゃないか」


 少なくとも、優兎にはそう見えた。確かに怖い怖いと言ってはいたけれど、結局はこうしてちゃんとついてきている。最初に出会った頃に比べれば、成長したのではないだろうか。

 その事を伝えると、ティムは恥ずかしそうに顔を赤らめた。夕日の色が()して、余計に赤々と見える。


「よし、行こうか」


 優兎が声を上げると、仲間達は頷いた。もう恐れない。正々堂々と立ち向かってやる。そんな意味合いが、一人一人の表情に込められていた。どうやらティムだけではなく、優兎も含めた全員が一歩成長したようだった。


 燃えるように揺らめく太陽が、温かな色の夕焼け空を作り出す。何と綺麗なのだろうか。差し込む赤い光は優兎の青く輝く目に色濃く写った。


 けれどもその空の色は、次第にゾッとする程に赤みを増していき、ミジュウル・バイ・シュリープと化す生前の人々が流した血の涙を連想させるのだった。


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