12・ミジュウル・バイ・シュリープ③
「地縛霊タイプが奥の瓦礫の山の方に。浮遊霊タイプが今、向こう側の廊下に行ったわ」
獣人特有の視力を行使して、ミントが合図を送る。
「ごめんミント、こんなに働かせちゃって」 優兎は申し訳無さそうに言う。「僕の魔法、指令を継ぎ足しし過ぎるとコントロールがうまくいかなくなっちゃって。ミントが一緒にいて助かったよ」
「別にいいのよ。今後の事を考えると、優ちゃんには魔力を温存してもらうべきだわ。アタシだってよく知りもしない場所を案内した事後悔してるんだから、これくらいはね。霊が出るなんて噂、スルーしてたけど、まさかその正体がシュリープで、こんなにもたくさんいるなんて」
気遣う優兎に対して、ミントはキリッとした真剣な目で、まっすぐ前を見つめていた。
「この人達、元は古代人?」
「場所が場所だから、ほぼ確実でしょうね。ただ高濃度の魔力に触れれば、動物であれ何であれ、こんな形になってしまうんだって聞いたわ」
(てことは、この人達は二千年もの間こんなところに縛られて……?)
歩みながら、チラと天井が崩れている中に佇んでいるシュリープに目をやった。
(あの人も泣いてる……)
白い首の先端は顔のようになっていて、眼球のない真っ黒な穴からは幾重もの黒い筋を引いてポタポタと雫が垂れている。
姿が視界に入らなくなると、ホッとする。当然自分達の身の安全が第一だ。だが、間違い無く憂いの気持ちは募っていった。
「そう言えば、ミントの言ってた本っていうのに、シュリープの事は載ってなかったんだ?」
「ん~、本って言うより、正しくはページの一部なのよ。明かす必要がないと思って省いていたけど。古代人に関するものは、咎めはしないでも暗に触れてはならない分野とされているっていうのは知ってる?」
「一応は」
「だけど、それでも知りたい! って熱を上げる人はいるのね。そういった学者やマニアの一部は、遺跡に自ら足を運んで見つけ出した遺物を元に、独自に翻訳したものを本としてまとめて、共有したり、逆に意義を唱える否定本を出しているの」
「同人活動に近いのかな? 楽しそうだね」
「そういうのをカルラちゃんが好んで集めてて。大抵、ページのコピーと訳文で構成されているものなんだけど、そこからアタシは聖堂でリッテの花を育てていた事を知ったってわけ」
「なるほど。古代人達が生きていた頃のってなると、シュリープの事は書かれてなくて当然か……」
優兎は納得の表情をした。
「いや、だとしたら、遺跡として名高い〈ハルモニア大聖堂〉に目をつけないわけないよね。やっぱりシュリープの情報が知れ渡ってないのはおかしいよ」
ジールが鋭い指摘をする。それもそうだとミントと優兎は唸る。
「来てすぐ諦めたとか、行ったまま帰って来ねえってパターンは?」
それとなくアッシュが口にした言葉に対する反論は、返ってこなかった。
長い廊下を経てようやく角を曲がると、幅の広い廊下へ繋がっていた。壁と壁との間隔が、全員並んでも余裕がありそうな程。
強固そうな扉と隣りにある階段の前には、三体の浮遊シュリープがうろうろしている。
「あわわわわ……! こんなにいるなんて」
ティムは縮み上がって、身を隠す為に立ち入った部屋の中に引っ込んでいった。同様に他の者も緊張していた。一体や二体ならまだしも、動き回るシュリープが三体とは。ちょっと不安な数だ。
「分担して片付けるか、手前に来た奴から迎え撃つか、どっちがいいんだこれ?」
「難しい事考えない方がいいよアニキ。気持ちがブレる。優兎は光量の届く範囲を広げられる? 優兎はそれだけでいいから」
「ティムちゃん、気をしっかり持って!」
「ううう~」
示し合わせが済み、奮い立たせると、意を決してシュリープの除去に臨んだ。こちらに気付いたシュリープは、黒壁を背負って迫ってくる。
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二体は眼前まで迫り来ると、身悶えしながら消えた。しかしここで決して「うまくいった」などと気を緩めてはいけない。残りの一体との距離も僅かだ。
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(あっ! えと、ああ……っ)
標的を変えた瞬間、優兎は今、明らかに気持ちを保つのに失敗していると感じた。直ちに切り替える事もうまくいかない。しかし他の者がフォローしてくれたらしく、残りの一体も去っていった。
フーー……と一気に緊迫した空気の破られる音が、周囲に振りまかれる。
「はうぅ。怖かった……」
涙ぐんでいる事に気付いたティムは、ゴシゴシと袖で拭う。そんな時、目を落とした先の床からズズッと黒い物体が現れた。
見知った壁と、白い頭。今まで遭遇しなかっただけで、バリアを無視してくるような相手が突如床から現れる事など、有り得ない現象ではなかったのだ。
「わ、わ、わわ……!」
ティムの脳内にガリッと種が潰れた音が響いた。その時、ジールがティムをドンと押しやって、自身の腕に目玉をつけた木を生やした。
目玉の木はシュリープを鋭く睨みつける。するとシュリープは消え去り、ジールは崩れるように膝を地面に打ち付けた。
「ジール!」 「バンドのお兄ちゃん!」
「ハァ、ハァ、間に、合った……」
青い顔をしながら荒い呼吸を繰り返す。アッシュはジールに肩を貸した。
「はは、生成するのに魔力を一気に流し込んだもんだから、体が……」
「喋らなくていいわ! さっきの場所で休みましょう!」
ジールのダウンを機に、一行は休憩を取る事にした。ジールは手持ちの栄養食・クケットをかじった事によって、少しラクになったようだ。ミントに宥められつつも涙は止まらないようで、ティムはめそめそ泣きながらジールに話しかけていた。
一方少し離れた窓下の壁際では、優兎とアッシュが座っていた。
「優兎、お前も長い事魔法使いっぱなしじゃねえか? 一旦切っといてもいいんだぜ。何かありゃ、どうせミントの奴が気付く」
「いや、僕にはこれぐらいしか出来ないから……」
優兎は部屋の中央に浮かせた光の玉を見上げた。
「明かりは一度出せば、こっちは殊の外自由が利くんだ。だから本当ならシュリープの方に集中だって出来るはずなんだ。それなのに、シュリープに殺意を出そうとしても、何て言うか……うまく気持ちが固まらなくて」
「怖いのか? それならオレだってビビりまくりだぞ」
「怖いのは勿論だけど……あー、うん、僕って自分が思ってる以上に平和ボケしてたんだよ。死を望むくらい大嫌いだって思えるような人がいなかったんだ」
人との交流が極端に少ないからという結論に辿り着いた。アッシュは「ふうん?」と相づちを打つ。
「お前、結構苦労してきた奴なんだな」
「っ!」
ぶすり。鋭い針で胸の奥を刺された気分だった。
優兎は冷や汗をかく。自身の病についての詳細は隠していて、アッシュ達には気取られたくない部分だった。落ち着け、落ち着け……。
「ええ? そんな事は――」
「相手は死に直結するかもしれない奴なんだ。なのに殺意が湧かねえって事は、同調してんだよ。無関心ってのも違うし、寧ろ表情がコロコロ変わるくらいだ。その点じゃ、ティムも同じだろうな」
ティムは村の外に殆ど出た事がない。狩りの経験もないわけで。
アッシュは優兎に背を向け、ゴロンと寝転がった。
「気をつけろよ。シュリープに触れられても確定なわけじゃないが、即死する可能性が高いのはティムと、お前だ」
「な、何で?」
「シュリープに触られた奴の死因は、ショック死なんだと」
ゴクッ。その言葉に思わず息を詰めた。
「……アッシュは、誰かに殺意を向けた事は――」
途中で、とてもセンシティブな話題を振っている事に気付いた。慌てて取り消そうとすると、
「ある」
アッシュは呑気にふわあ~とあくびした。




