12・ミジュウル・バイ・シュリープ②
五人が横一列並ぶだけの広さはないので、前列に左からミント、優兎、アッシュ、後列にティム、ジールの順に並んで歩く事にした。優兎が真ん中なのは、やはり周囲を照らせる役割を担っているからだ。薬品の匂いが残っているため、万が一の事を考え、火を明かりとするのは避けたかった。
とある部屋に辿り着くまでの短い間だったが、本当に隣同士で手を繋ぎ合っていた。入ってみようかと言う話になったその場所は書庫のようで、本棚と本棚が倒れる寸前で支え合い、その下では大量の本やファイルで盛り上がっている。ページがごっそり抜け落ちてやせ細った本を拾い上げ、めくると、ミントは「カルラちゃんなら読めたかしら……」と呟いた。
「んん? 何かこの辺、別の変な匂いがするな。薬品ともカビ臭さとも違うような……」
アッシュは本を踏みしめながら、匂いの元を辿った。
「ちょっと! あんまりズカズカ奥に入って行くんじゃないの! どうせここにも目当てのものなんかないんだから」
連れ戻そうとミントは動いて、刹那、瞳孔が開いた。
「やだ、この匂いって、人間の――」
言い終わる前に、本棚の間からまっすぐ何かがビュッと飛び出てきた。
だが、ミントの野生の勘の方が一歩速かった。アッシュに飛びかかり、ねっとりとしたタールをぶちまけたような攻撃から守り切る。
振り返り、お返しとばかりに手を振って風の魔法を飛ばすと、暗闇の中から悲鳴が上がった。
「な、何がどうなった……?」 本の上にひっくり返ったアッシュは、目をチカチカさせる。
「まったく、不用心なんだから!」 ミントはパシッとアッシュの腹を叩いてからどいた。
「……どうやら動かない方みたいだわ。そこはちょっとだけ安心ね」
「動かない方? ひょっとして、アイツがここに取り残されてるってこと?」
「ジールちゃんの思っている通りよ。何だかキナ臭くなってきたわ。――そうね。この際、優ちゃんやティムちゃんに説明しておくべきかしら。充分距離を取っていれば大丈夫でしょうし」
ミントの指示で安全だという地帯に移動した後、優兎は明かりである光の玉を奥の方へと差し向けた。
明かりが届く前に、ティムは「ひええええっ!」と近場のジールに抱きつく。ゴクンと喉を鳴らして光を進めると、
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その奇妙な見た目と耳にした事のない鳴き声に、優兎は背筋を凍らせた。光が照らし出したのは、黒い壁のモノリスのような物体に白い体が埋もれた姿だった。壁から飛び出さんばかりに勢いづけて身をよじったり、首を長く伸ばしたりしている。
「俺も生で見るのは初めてだ」 緊張した様子でジールは言う。「こいつは『ミジュウル・バイ・シュリープ』だ」
「みじゅ……何?」
「ミジュウル・バイ・シュリープ。意味はええっと……何だっけ? ミント」
ミントは表情を曇らせた。
「『お前が死ぬまで許さない』」
それはその名から滲み出る通り、生前に強い未練を抱き、喘ぎ苦しんでいった者が成仏出来ずに留まり続けた成れの果てなんだそうだ。救われない魂が魔力濃度の高い場所で魔力を取り入れる事により、このような異様な形を持って生まれるという。
簡単に言ってしまえば、地縛霊だ。
「質が悪いのが、生きている人間を巻き込もうとするところなんだ。さっきの油みたいなのを飛ばしてきたのがそうなんだけど、あれにちょっとでも触ったら気が触れるって聞いてる」
優兎はとっさに攻撃の形跡を探した。が、視界が悪いせいで発見出来なかった。
あまりその場で話を続けるのは気分がいいものではなかったので、そこそこにして優兎達は部屋を去る事にした。ジールが続きを口にしようとしていると、動くタイプと遭遇する事になった。
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まっすぐこちらへ向かってくる!
「向かってくるのに対しては、敵意を剥き出しにするのよ! 殺すぞって脅すの!」
「ふえぇ!? もう死んじゃってるんだよね!?」
「いいから!」
ミントの必死さを受けて、優兎やティムも周りに合わせて、向かってくるシュリープを睨んだ。
手を伸ばせば届きそうな程の近距離まで詰められると、シュリープは急ブレーキをかけて、ガクガクと体を痙攣させた。シュリープはけたたましい叫び声を上げ、周囲にはボタボタッと雨が集中したかのように黒い水たまりが作り出される。
シュリープは水たまりの中に呑み込まれていった。
「消え、た……」
すぐ目の前まで迫ってきていた緊張から解き放たれた優兎は、へたりとひざをついてしまった。
「まいったぜ」 アッシュもフーと息を吹き出す。「悪い、本当に脅しが効いてるのかって疑って、気持ちが揺らいでたわ。脅しをかける奴が一人であれ団体であれ、誰か一人でも殺気を向ける奴がいないとヤバいんだっけか?」
その問いかけに、ミントが頷く。
「ええ……そのはずよ。単純だけど難しい事なの。ここにいる全員が明後日の気持ちでいたら、全滅だわ」
「バリアは? 通過してくるんだっけか?」
「生まれ出た経緯から、持ってる魔力は向こうの方が上なのよ。おまけに強い意志を持ってる。アタシ達じゃ適わないわ」
「そりゃ面倒なことで」
やれやれとアッシュは背中や腕を伸ばしてストレッチをした。優兎は立ち上がらずに、そのままシュリープの消えていった場所を見つめた。
(僕も多分……アッシュと同じで集中出来てなかったな。怖くてたまらなかった)
不思議な事に、黒い水たまりまでもが幻だったかのように跡形もなく消えている。恐る恐る床を撫でてみるが、手の平には砂利や砂がついただけだった。
(危険は去ったけど、あれは成仏したわけじゃないんだろうな)
なぜだかそんな確信を持って、優兎は立ち上がった。




