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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【2・魔法の流星群 編 (前編)】
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10・〈置き去りの地〉

 

優兎(ゆうと)、お前呆れるほどアホだよな」


 すぐ後ろの方でアッシュの呆れた声が聞こえた。口の中がじゃりじゃりする。舌の上に集めてプッと吐き出した。


 優兎は筋肉痛で動けなかった場所からそう遠くないところ、十メートルもいかない地点でぶっ倒れていた。両手で地面を引っ掻きながら、ゆっくりと起き上がる。


「こんなに蒸してる場所で走るなんて、無謀だよ」 と、ジール。「言おうとしたのにさっさと行っちゃうんだもんなあ」


 彼の言う通りだ。この密林は天然サウナ、プラス太陽の照りつける場所。三十度は間違い無く越えているだろう。そのような場所で走っても、結果なんてのは目に見えていた。


 魔法がうまくいったものだから、つい高ぶってしまった。突然バッタリと派手に転んでしまった僕は、さぞ滑稽だったろう……。優兎は深々と溜息した。


「ゆっくり行きましょう優ちゃん」


 はい、とミントからベリィを渡された。そう言えば置いてきてしまったのか。右手をベリィに差し出すと、ピョンとジャンプして腕を伝った。スルスル肩まで登ると、嬉しそうに体を揺らした。


「あれ? あの木々の向こうに、何か見えるよ!」


 泥のついた服を叩いていると、突然ティムが声を上げた。何だ何だと顔を揃えてティムの指差す方向を見てみる。すると、微かに木と木の間から灰色の()()()()の山が見て取れた。磨いたように表面がつやつやしている。

 何でこんな場所にブロックが?


「あれって人工物よね? どうして〈ハルモニア密林〉にあるのかしら」


 同じく不思議に感じたらしい、ミントが言った。


「変に感じるほどか? 別にあったって不思議じゃねえだろうが」


「ふう、バカねアッシュ。〈ハルモニア密林〉では自然の色に馴染まないものを建てる・設置する等の行為は否定的にあるのよ。地の聖守護獣ナディアム様と、その守護する土地を(たっと)んでね」


「バカって言うな。ってことは、聖堂が近いって証拠か?」


「聖堂は密林の外にあるはずよ」


「ん~……?」


 アッシュは閉じた唇を歪ませた。今度はジールが口を開く。


「もし、知らないで人工物を建てちゃったら?」


「ナディアム様の土地でのおきては獣人(ジュール)達の間では知られているんだけど、あんた達人間には(おおやけ)には知られていないってわけね。……そうね、『森人(もりびと)』に殺される、あるいは生け贄にされちゃうんじゃないかしら」


「!?」


「さあ、もたもたしてられないわ。行きましょう」


 そう言うと、ミントはティムの手を引いて、スタスタ歩き始めた。優兎、アッシュ、ジールの三人は顔を見合わせて後をついて行く。


「森人って何だ?」


「それ、僕のセリフじゃない? アッシュも知らないの?」


「優兎、同じ世界にどれだけ住み続けてたってな、全てを知り尽くしてるわけじゃないんだぜ?」


 ああそうか、と思わず声を漏らす。確かに故郷の日本でさえ、県外のローカル知識は勿論、県内でさえ知らない事が山積みであろう。


「そうだよ優兎。特にアニキなんかは世界に興味なんて無さそうだもん。知ってる範囲なんて狭い狭い」


 ジールの脳天にゲンコツが降ってきた。


「森人……か。獣人(ジュール)みたいに、半分人間で半分木みたいになってるのかなあ?」 と優兎。


「食いもんは水、飲むもんも水ってか?」 アッシュはニヤリと笑う。「オレだったら耐えられねえ。やっぱり肉がねえとな!」


「半分人間だとしたら、水だけで栄養を補えるかどうか」


「ジールの言う通りだよアッシュ。野菜も取らなくちゃバランス偏るよ」


「突っ込むところ、そこ?」


 ここでミントから「三人とも、しゃべってると置いてっちゃうわよ!」と注意されてしまった。再び彼女が歩き始めると、アッシュはベーッと舌を出した。


(しっかし、人工物建てるくらいで殺すってのは、ひどすぎやしねえか?)


 声のボリュームを落として、話を続けるアッシュ。


(僕の故郷でも勝手にっていうのは違法とされてるね。取り壊しや退去するよう言い渡されたり、ペナルティが課せられると思う。けど、殺すとまではいかないね)


 と、優兎。ジールはうーんと唸った。


(単なる脅しとも考えられるよ。誇張して歌にしたり口伝していったりってあるだろ?)


 そんなこんなで歩いている間、三人は未知なる人種・森人を話の種にしていた。こうじゃないかと推察しては賛否を問い、時に笑い合う。


 ――しかし、こうして笑っていられるのも今のうち。三人が()()の恐ろしさを知るのは、もっとずっと後の事である……。


 ブロックの山に向けて歩を進めていると、だんだん周りは明るくなっていった。天からばかりでなく、木々の間からも光が溢れ出すようになった為だろう。

 密林の変化を見ていると、こつ然と五人の周りから木という木が姿を消した。


 ……いや、訂正しよう。木は消えてなどいない。自分達が開けた場所に出ただけだった。横を向いていた首を正すと、優兎の目の前にはブロックの山なんかで驚いていられないほどの人工物で溢れていたのだ。


 風化した鉄格子の中に、灰色の真四角の物体が、左右対称にきっちりと並べられている光景。同じく灰色の石畳の道の境からはちょこちょこと草が生えており、両脇のくぼみには綺麗な水が流れている。


 なぜだろう? 暑いはずなのに寒気を感じる。


「ここは一体何なのかしら?」


 ミントがこの場の全員が思っているであろう疑問を述べた。


「……『〈置き去りの地〉』だ」


 全員ではなかった。しかし、他の四人は驚きを隠せなかった。


 それもそのはず、その名を呟いたのは現地人のティムでも、ミントでも、ジールでもない。()()アッシュだったからだ。


「な、何だよ、その変なものを見るみてえな目は!」


 四人の視線が自分に向いている事に気付いたアッシュは、声を上げた。


「適当……言ってるわけじゃないんだよね、アニキ?」


「適当ねえ。まあ〈置き去りの地〉ってのは確かに勝手につけたもんだけどな。ここじゃない別のどっかにも、似たような場所があったのを思い出したんだよ。ここまで全部綺麗に残っちゃいなかったが」


「あんたよく思い出せたじゃない」


「おいコラミント。流石にこの奇妙なもんは記憶に焼きつくだろって。そんなにオレは知能が低く見られてんのか?」


「「「うん」」」」


 とりあえず、優兎達はこの奇妙な場所に立ち寄って(一人、へこんでいる者を除いて)、調べてみる事にした。水が流れているなら、水分の確保も望めそうだ。全部ぶちまけてしまった優兎にとっては渡りに船だ。中央に位置する、公園の水飲み場みたいな石台から水がちょろちょろと流れていて、そこから補給した。


 けどこれ、口にしても大丈夫だろうか?


「飲み水になるかどうか、ボクが調べてみようか?」


 横を見ると、いつの間にかそばにティムがいた。「うん、頼むよ」と瓶を差し出すと、ティムはポシェットからドライリーフを取り出して、茎から葉っぱを千切って瓶の中に落とし、シェイクさせる。


「あ、浮いてきた! 大丈夫みたいだよ。これは捨ててもう一回()んでね」


「ありがとうティム」 優兎は言葉に従って水を流した。「ティムは、この場所がどんなところだったのかは聞いてない?」


「ううん。この辺まで来ると、狩りのテリトリーからも外れてると思う」


 そう言うと、ティムはトコトコと、別の物体の方へ行ってしまった。歩き方がペンギンみたいで可愛らしいなあ……じゃなくって!


(この精錬された感じ、何となく既視感を覚えるよなあ。知らないんだけど、完全に知らないとも言い切れないような……?)


 優兎は謎のキューブ物体を見上げて首を傾げた。


「ねえ、この物体の入り口みたいなもの、開けられそうよ!」


 ミントが「来て来て!」と手招きしている。優兎達(一人、地面にひたすら渦巻きを描いて腐っている者を除いて)は、彼女のいる場所へ集まった。見ると、両側から開くタイプの入り口に隙間が出来ている。優兎は開閉(かいへい)の途中で壊れちゃったんだろうなと理解した。


 ……壊れた? 何でそう思ったんだ?


 ジールが開けようとしている最中、優兎はますます疑問を深めた。


「ダメだ、意外と固いなこれ。ガラスっぽい戸だけど、中は見えそうで見えないや」


「僕の光の魔法で照らしてみようか?」


 ジールは退き、優兎が前へ。隙間に手を差し込み、魔法を発動させる。すると、窓から覗き見しているかのように入り口から内部が見通せるようになった。


「これは……」


 優兎は光をゆっくりと浮かばせてみた。バランスを崩してなだれた衣類、虫食いソファに横倒しになった電灯、干涸びた植物、その他諸々が大分乱雑に放棄されている。砂利だらけの床には、子供向けの遊び道具みたいなものも砂を被って散らばっていた。

 生活感を匂わせるその光景は、まるで――


「家?」


 ミントは目をパチクリと瞬かせた。


「アタシはてっきり、オブジェの部類かと……」


「分かるよ。形が芸術性すら感じられるほどに綺麗だもんね。僕もこんな家を見るのは初めてだ」


 うわ、と優兎が顔をしかめた。


「壁にミミズみたいなのがうじゃうじゃしてる!」


「ニ"ャー! 気持ち悪い!」


「あ、出て来た」 気付いたのはジール。「ミント、そっち行った」


「ちょっとお! どこ? どこよ!?」


「今捕るよ。ほーらべっぴんさんだ」


「うに"ゃあああああ! 近づけないでったら!」


 叫びながら、ミントは裏手に隠れてしまった。怖がる様子を堪能したジールは、しゃがんで虫を手放した。


「ティムも怖がってるし、もう消すよ」


 自身の背後に張り付くティムを見て、優兎は断りを入れた。


「何だかいやに近未来性があって、自動ドアみたいに見えてきた。この世界でこう……入り口の前に立つと、勝手に開くタイプのドアってある?」


「手動で開けるタイプが主流だけど、別段珍しいわけではないね」 ジールはすっくと立ち上がって言った。


「(そういえば校長室はそのタイプだったか)そっか、じゃあ思い違いか。技術力はあるように見えるけど、ひょっとしてこれも古代人の遺跡に数えられる?」


「分からない。綺麗に残ってるのが奇跡なレベルだからね。聖堂が残ってるなら、ここも残ってて不思議ではないかな?」


「ふーん。……自分で言ってて何だけど、どうもこれを遺跡って括りに収めるのは変な感じだなあ。他の建物の中はどうなってるんだろう?それとも、家らしいのはこれだけなのかな?」


「全部だ」


 と、今まで一人端っこで落ち込んでいたアッシュが、ここで口を開いた。


「この四角い建物は、全部家なんだ」


「へ?」


「でもよ、不思議なんだなあこれが」


 そう言うと、アッシュは火の魔法を発動させて、近くのキューブ型建造物に向けて放った。


 ドオオンッ!


 壁にダイナマイトを仕込んだかのような凄まじい音と、ガラガラ崩れ落ちる音が混ざり合う。ミントとティムの二者は耳を覆う。優兎とジールはポカンと口を開けた。


「平気平気。どうせ誰も住んじゃいねえから」


 アッシュはへらっと言ってのけ、()き立てホヤホヤの穴を指し示した。恐る恐る近付いていって、魔法で照らす。確かに彼の言う通りだ。さっきも見た家具と思しき一式が、ずっと綺麗な形で保管されていた。他人の家を台無しにしてしまったような罪悪感が、若干心に残る程に。……お、内部からガラス戸を見ると、外の景色はまったく見えないのか。


「で? これのどこが不思議だってのさ」


 人が住んでないところ? とジールが聞くと、アッシュは首を振った。


「それも一理あるが、オレ的に引っかかるのは、いろんなもんが()()()()()ってとこだな」


「?」


「入ってみろよ。……ほらそこ、食材が入れっぱなしのフライパンと、皿が置いてあるだろ? 食事を作ってたんだろうけど、何で中途半端なんだよ」


「あ、本当だ」


 優兎は光を台所の方へ運んでいった。そう言われると、おかしいかも。ほどほどの距離を保ちつつ近付いてみると、四つ並べられた皿には腐った野菜のようなものが乗せてあった。盛りつけの最中であった事が見て取れる。(ちり)の浮いたスープ? が入った鍋もあった。


「さっき見た場所だってそうだろう? 洗濯の途中だったみたいに、折り畳んだ服が積まれてた。普通、タンスとかに仕舞ったりするもんだろ?」


「何だかそれを聞いてると、ある日突然住人達が消えちゃった、みたいに思えるねえ……」


「そうなんだよ第三子分! だから『置き去りの地』なんだ。今後こんなところに住もうとする太い(やから)も、まずいねえだろうしな」


「ううううう……! ね、ね、早くここ出ようよ! 怖くなって来たようっ!」


 ティムはすっかり怯えて、こちらへズンズンと戻って来たミントの後ろにひっこんだ。

 ミントはちょっとムスッとしていて、口をへの字に曲げていた。


「アッシュ。あんたの不意に飛び出す情報には度々驚かされてきたけど、良い機会だから聞かせて。放浪してたって言うけど、それは何か意味があっての事なの? あんたの好きな冒険とか観光とか、そういったニュアンスじゃないみたいだけど?」


「んー?」


「あんた、アタシの村に来る以前や学校へ入るまでの間、何やってたのよ」


「……」


「……何で何も言わずに、突然村を出て行っちゃったのよ」


 真剣な様子でまっすぐアッシュを見上げてくるミント。緊張が走るその場面を、無関係な三人はただ呆然と見守る。

 アッシュはふっと、表情に影を落とした。


「……ふむ、実はみんなに隠していたことなんだが――」


 ゴクリ、と四人分の唾を飲み込む声が聞こえたような気がした。


「――オレってば、機密のトレジャーハンターなんだよ!」


 ……。


「はあ?」


 ミントが間の抜けた声を出した。アッシュは続ける。


「世界中に散らばる大秘宝を探し出して、奪う為に動いてるってわけだ。今は学校にターゲットを絞って内部調査してるんだが、お前ら、誰にも言うんじゃねえぞ?」


「ちょっとアッシュ! ふざけないでくれる? こっちは真剣だってのに!」


 プンプン怒るミントに対し、ティムは「え、嘘なの?」とこちらを振り返った。ジールは、しっ! と唇に人差し指を当てる。


「へえ、疑ってんのかミント?」


「当たり前じゃないの!」


「そんなに言うなら、披露してやろうじゃんか。オレの観察眼の実力をな!」


 アッシュはニヤリと笑った。


「――ずばり! 今日のミントの()()()()()()は白のだぼっとした奴である! しかもレース付き!」


 まるで推理時に犯人を指差すように、ビシッと決める。指された当人は、というと、ヒラヒラスカートの上を慌てて押さえ、薄いラベンダー色の毛を真っ赤に染め上げていた。口をパクパクと、空気を求める魚のように動かす。――図星のようだ。


「ま、ま、まさか、花畑で魔法を使った時? あんた、見たわね!?」


「おっとバレたか。逃げろ!」


 そう言い残して、アッシュは一人走り出した。


「待ちなさい! 魔法で切り刻んでやるんだからッ!」


「痛い目に遭うと分かってて、待つ奴がいるかよ!」


「キィィィィッ!!」


 ゲラゲラ笑うアッシュと、鬼のように怒るミント。二人は村を出ると、そのまま聖堂のある方向へ走り去ってしまった。

 結局、アッシュについての事はうやむやになってしまったわけだ。


「……僕らも行こうか」


 くねくねと走り回る二人とは対照的に、優兎達はのろのろと歩き始めた。



――10・〈置き去りの地〉 終――


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