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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【2・魔法の流星群 編 (前編)】
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9・不協和音②

 

 コツコツコツ――狭い通路に孤独の足音。右の方へ曲がると、またもや目の前には分かれ道。

 運に身を任せて、今度は左の道へ進む事にした。


「ランランラララ、ランランラララ」


 わたちはお花。かわいいお花


 朝に飲む おいしいミルクの白色

 国で一番のコックが作る スープの黒色

 大きくてかっこいいウサギの灰色

 何色にも染まらない


 ……え? わたちがきれいですって? ありがとぉ


 キラキラ糸で紡ぐの?

 つるつる花びんに入れるの?

 それともピカピカブローチにする?


 あなたっておバカさんね

 わたちは飾るもんじゃないのよ





「……はい?」 優兎(ゆうと)は頭上にクエスチョンマークを飛ばした。「僕、男だから好きになってもらっても反応に困っちゃうんだけど」


『たわけがッ! そういう意味ではないッ!』


 ユニの怒鳴る声がビリビリと脳内に響いた。身に染み付いた騒音を遮断する方法として、慌てて耳を塞ぐが、耳から入ってくるものではないのでまったくの無意味だった。


『ボクがオラクルに選ぶ基準は、一つに"()の強き者"がある。野心だ。完全無欠で闘争心を持たぬボクにとって、そういう奴は面白い。ただでさえこの星に住まう者は、貴様の星と違い、魔力の自然放出がストレス軽減をもたらしている為に、現状維持を好む性質がある。神への畏敬の念と統一国家の誕生により、その傾向は顕著(けんちょ)になった。この世界で図々しくも幅を利かせている筆頭生物がこの(てい)たらくではな。ボクがわざわざオラクルを選んで関与してやるのは、そういった都合があっての事』


 しかし! と、ユニは爆発したように声を上げた。


『貴様と来たら何だ! それしきの痛みで! しかもたった一度の失敗で魔法に恐れを抱くと言うのか!』


「ちょ、ユニ! 声が大き――」


『泣き虫を助けた時は、凡人にしては少しはやるようだと見直してやったが、所詮貴様はその程度なのだな! あーあ、つまらんつまらん! チンケな弱音ばかり垂れ流されるボクの身にもなれ!』


「う、うるさいよ!」


「――ねえ、優ちゃんは一体誰と話してるの?」


 一人でギャーギャー喚く優兎を見やり、ミントが尋ねた。


「そうか、お前は知らないんだっけな」


「何がよアッシュ」


「あれはな、()()()とおしゃべりしてんだよ」


「ニャッ!?」


「ミント……嘘だからそれ」


 ジールは溜息をついた。


「わあ! 青目のお兄ちゃんって凄いんだねえ! ボクもお話ししてみたいなあ!」


「ほらぁ~ティムが信じちゃったじゃん」


「もう! 結局、誰としゃべっているのよう!」


 ミントは頬を膨らませた。


「もう! 結局、ユニは何が言いたいんだよ!」


 両手で耳を押さえた状態で、優兎は悲鳴じみた声を上げた。


『要点を抜き出して簡潔にまとめるとだな』 すっと息を吸い込む。『貴様に力なんぞ貸してやるものかボクに頼るなバーーーカ』


「な……!」


『コーネリアルから貴様を守れとの約束を一方的に交わされたが、そんなものは当てにするなよ。貴様らのコミュニティでは約束というのが必要かもしれんが、全知全能の存在までも縛ろうなどおこがましい。それに死人に口無しと言うからな? ()()()()()()()()()と思わせなければ、貴様の扱いはその辺の人間共と変わらんぞ』


「!」


『今の貴様は最底辺の()()()()()()()レベルだ。あーあー嘆かわしい……! ボクは何と不幸なのだろう! 気に入る要素がない、才がない、利点が皆無なボンクラのこいつに付き合わされるハメになるとは。せめてコケにしてひと思いになじってやるしか使い道がないというのに、これではあまりにもボクが不憫でならない!』


 ここぞとばかりに残念がってみせるユニに、優兎はムッと顔をしかめる。確かにユニの明言する評価基準に達していないかもしれない。教科書にも載るようなオラクル(ひと)に比べたら、力はないし才能もない。

 しかし先人と同等の価値を求められても困るというものだ。優兎は神様の助けを望みこそすれ、「自分の病を治してほしい」なんてのはありふれた願いの範疇(はんちゅう)だ。神主の跡取りでも、熱心な教徒だったわけでもない。能力もひた向きさも立場も関係無しに、結果的に良しとしたのはユニ本人であるはずだ。


 そんなに嫌なら代弁者(オラクル)と呼ばれる任を撤回してしまえばいいじゃないか!


『簡単に言ってくれるな。通常ならば、ボクも貴様ほどの無価値な未熟者を選んだりはせん』


 ふう、と溜息をつく。


『それでも貴様をオラクルとしたのは……何でもない。これ以上はしゃべらん』


 そうして次の瞬間、ぷっつりと通信の糸が切れたかのように、ユニの気配がなくなった。脳内に彼の残していった言葉が木霊する。嫌いなのにオラクルに選んだ。けれど力を貸す気はないだって?


 わけが分からない!


 優兎はぐしゃぐしゃと髪の毛を掻きむしった。そして何を思ったか、鞄から水の入った瓶を手に取った。

 ポンと気持ちのよい音を立ててコルクを抜き――


 バシャッ!


「!?」


 頭から、残りの水を被った。ポタリポタリと髪の毛の先から水が滴り落ち、土に染み込んでいく。


「優ちゃん!?」


「お前何してんだよ!」


「……やる」


「あ?」


「恐怖を乗り越えてみせる! 雑草なりのふん縛り、見せてやるッ!」


 パンッ! と両頬を叩いて気を引き締めると、優兎は精神を集中させた。どういった事情があるのかはさっぱりだが、無茶苦茶にこき下ろされて悔しくないわけがなかった。


 水を被ったおかげで頭もスッキリした。相変わらず空からはギラギラと太陽が照りつけてくるが、それによるイライラを取っ払う事にも貢献した。今なら魔法による恐れはない……が、


(今のこのムカムカとした感情のまま魔法を使ったら、攻撃魔法になる。……分かってる。同じ失敗はしない。「絶対治してやるんだ!」っていう自信へのエネルギーに変えるんだ……!)


 すうっと空気を吸い込み、水で濡れている手を足にかざした。魔法陣が浮かび上がり、髪の毛や服の端が揺らぐ。ふんわりと柔らかな光が溢れた。


 ――それは不思議な気分だった。先ほど水を被って、服や髪の先から落ちた雫が大地に染み込んでいったのと同じように、温もりのある光が体内にゆっくり、ゆっくりと浸透していくのだ。筋肉の緊張が(ほぐ)れていくのを感じる。体内を巡る血液が光に触れると、まるで歓喜するかのようにどっくんどっくんと脈打った。


 光は特に痛む部分へと集中していった。痛みがすっかり癒えると、光はフッと何事もなかったかのように霧散していった。ジリジリと熱された空気がペットリと肌に吸い付くが、気にならない。それよりも魔法を行使した事で心臓が高ぶっていた。


(で、きた……乗り越えられた!)


 その場に立って足踏みしてみる。痛くない。完全に治ってしまった!


「おお! 何かよく分からねえけど、治ったみたいだな!」


「うん! ごめんみんな、迷惑かけちゃって」


 アッシュの言葉に頷くと、優兎は全員に向けて謝った。謝っているが嬉しそうだ。


「平気だよう。でも、青目のお兄ちゃんの水、なくなっちゃったけど大丈夫?」


「……」


 ティムに言われて黙り込む。確かに全部ぶっかけなくてもよかった気がした。


「……あはは! だいじょーぶだいじょーぶ!」 優兎は無理矢理笑顔を作った。「足が軽くなって、今すぐ走りたいくらいだよ。随分待たせちゃったし、僕、村とかがないか先行って見てくるね!」


「え? ちょっと……!」


 ジールが止める前に、優兎は糸の切れた凧のように走り出してしまった。魔法が成功した事による達成感と苦痛の針が取れた事で、もう舞い上がっていた。先ほどまで立てなかったのが嘘のよう。


 残された四人は、小さくなっていく優兎を呆然と見ていた。


「……森の精が、優兎に(かつ)を入れたようだな」





 コツコツコツ――行き止まり。目の前には大きな扉の他に何もなかった。残念、ハズレだったか。


 ……とは諦めず。くるっと体を捻らせると、扉が派手な音と共にぶち破かれた。道が切り開き、調子良くペロッと舌を出す。


「ランランラララ、ランランラララ……」


 内部へ侵入すると、またあのメロディーを口ずさむ。進行していくうちに音はくぐもり、薄れて、深い闇の中に消えていった。



 ――9・不協和音 終――



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