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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【2・魔法の流星群 編 (前編)】
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7・泣き虫獣人・ティム③

 

 少し体力回復したところで、四人は再び歩き始めた。たゆんだつる草があっちこっちにぶら下がっていて、彼らの視界を悪くしている。この辺りも獣道だ。人の立ち入った痕跡はまるで見られない。

 そもそも正しい方向へ進んでいるのかどうかも分からない。参考にしているものがコンパスの針だけとは、何とも()()()()()()ではないか。気休めでもいいから足跡の一つくらいあると嬉しいものなのだが……。


 時が経つに連れ、だんだんと休憩の数も増えていった。それだけこの密林を歩くのには体力を使うという事だ。服が汗でべっとりと皮膚に張り付いている。気持ち悪い。今の優兎(ゆうと)は白のコートを鞄に押し込めて、ラフな格好をしている。これでも大分肌を露出させている方だが、全く涼しくない。モノトーンで悪くないと思っていた下の黒服が、太陽光を吸収する事でこの地では仇になっている。いっその事上だけでも脱いでしまいたい。そう思ったが、女の子(ミント)がいるのでやめた。ハァ……、と吐き出した後に取り込まれる空気には、熱と湿気が含まれている。これじゃあまるでサウナじゃないか。


 額から吹き出す汗を拭った。ふと、優兎はベリィに目をやる。ベリィはいつものようにニコニコと笑っていた。暑さを感じないのだろう。優兎はそれを羨ましく思った。


 口を開けば「暑い」という単語しか出てこない、この〈ハルモニア密林〉。しかし、何も辛い事ばかりではなかった。


「ありゃあ、何だ?」


 不意にアッシュが素っ頓狂な声を上げた。


「アニキ、何かいるの?」


「みたいだな。見ろよ、そこの大木の奥」


 指差す方向に、他の三名は目を凝らした。確かにアッシュの言う通り、奥に何か小さい物体がうろちょろと忙しなく動き回っている。ひょろりと長い尻尾のようなものも見えた。変則的な揺らぎ方からして、まず生き物であることは間違い無い。


 しばらく生き物の動きを目で追っていると、アッシュが捕まえてくると言い出した。実態が掴めていないのでジールは止めようとしたが、さっさと彼は行ってしまった。


 ガサガサと草の音が響き渡った後、アッシュは赤毛に葉っぱをくっつけて三人の元へ戻って来た。その手には薄茶色の毛の塊が一つ。


「アニキ、それってもしかして?」


「ああ。『ニュートラス』だ」 アッシュはニュートラスと呼ばれる生き物(というより毛玉)を撫でた。「でもこいつ、ガードが固くて顔を出さねえんだ」


「顔? 僕には毛玉にしか見えないんだけど……」


 すると、優兎の肩からベリィがするすると降りて来た。腕を伝って手の平まで来ると、ベリィはニュートラスに近付いた。得意の笑顔を見せ、体を震わせたり伸び縮みをする。


「ベリィ?」


「コミュニケーション取ってるみたいだね」 と、ジール。「ミント、ベリィの仕草の意味は分かる?」


「うにゅー、ダメね。魔物と獣人は違うもの。こういうのに明るい人がいればいいのに」


 ミントの言葉に優兎は頷いた。


 少しして、ベリィはまたニコリと微笑んだ。どうやら事を終えたらしい。いつもの大人しいベリィに戻る。


 するとどうだろう。うずくまっていたニュートラスが、ひょっこり顔を出したではないか! 毛玉の中から短い手足とキュートな黒目、耳が露わになった。姿形は猫とネズミを掛け合わせたよう。


 ニュートラスは「ニュー!」と、可愛らしい声で鳴いた。


「にゃううううっ! なんて可愛らしいのかしら!」


 触らせて触らせてとミントは連呼した。大きな金色の目がキラキラと輝いている。ほらよ、とアッシュが手渡すと、ミントは頭や背中を撫でたり、肉球に触ったりしていた。とても幸せそうだ。


「猫が、猫もどきを抱いて喜んでやがる……」


 アッシュは呆れたふうに言った。しかし内心は驚いているに違いない。厳しく眉を吊り上げたり、怒った表情のミントが日常として染み付いていたからだ。あんなにはしゃいでいる彼女は非常にレアであろう。


 いつもの三人に紅一点と、今回は異色のメンバーだが、ほんの少しだけ距離が縮まった気がした。優兎はベリィによくやった、と指で撫でた。


 ニュートラスを野生に返した後も、いろんな生き物に出会う事が出来た。まつぼっくりみたいにトゲトゲした帽子を被った魔物『ルーヴル』や、三すくみで有名なヘビとカエルとナメクジの頭、体、前足と後ろ足をそれぞれ掛け合わせたような魔物『ヘカナ』、〈ガルセリオン王国〉でも見たジェラフなどなど。しかしどの魔物も四人に襲いかかってくる事はなく、茂った青葉を食したり、追いかけっこをしてじゃれあったりと、のんびり過ごしていた。


 進んでいく(のち)、魔法界育ちのアッシュ、ジール、ミントでさえも名前の知らない生き物や魔物達が出没するようになった。あまり一般的には知られていないのかもしれない。そういったものには優兎達自ら名前をつけて楽しんでいった。


 つまりこんなふうに。


「なあ、()()()はどんな名前が合うと思う?」


 アッシュはネギの葉の部分を束ねたような緑の髪の毛、そこから伸びた白い体にぱっちりとした目がついた生き物を指差して言った。彼らは三体で列を作って道の真ん中を歩いている。


「うーん、『草ボーボーおばけ』?」


「シメッとか、シメーって鳴いてるわね。『シメシメ』なんてどうかしら?」


「『あるらりうむくん』」


「お! 優兎、その意味不明な感じの気に入った! 『あるらりうむくん』に決定な!」


「前から順に『あるらりうむくん』『あるらりうむちゃん』『あるらりうむじゅにあ』って事で」


「優ちゃん独特なセンスを持ってるわね……」


 ミントが苦笑したその時、一番後ろのじゅにあが小石につまずいて転んだ。その際に、緑色の毛束がずるりと地面に落っこちてしまう。


つるんとした(かさ)のような頭はネギっぽさの欠片も無い。では鳴き声から「しめじ」に近いのか? と問われれば、(いな)。どちらかと言えば「白いしゃもじ」だ。

じゅにあは慌てて落っこちたそれを拾い上げ、また平然と歩き始める。四人は呆気にとられた。


「名前付けるのって、難しいね……」


 優兎は呟いた。





 夕方。日も大分落ちて来て、上を見上げると星がチラついた。空にはオレンジから紫色へ、グラデーションが出来ている。太陽を中心に、広がるように色付けされていてとても美しい。


 気温の方は相変わらず蒸していた。けれども明るい時と比べれば、日差しがない分マシだ。色鮮やかだった自然は、全て同系色と化してゆく。その点では面白みがなくなってつまらなくなったな、と優兎は残念に思った。


 明かりの問題は、前回〈シャロット〉の洞窟探検した時と同じように、アッシュの火の魔法とジールの木の魔法でたいまつを人数分作って済ませた。明かりを自力で作れるようになった優兎は、たいまつより光の魔法の方が周辺がよく見渡せるのではないかと提案したが、アッシュに断られてしまう。彼(いわ)く、「それじゃあ冒険っぽくないだろ!」だそうだ。それを聞いたミントはやれやれ……と呆れたのだった。


 辺りが本格的に闇色に染まってきた頃、優兎達は木々の隙間から僅かな光が点々と零れているのを見つけた。動いている様子がない事から、優兎達のような集団行動を取る者ではないのが分かる。おそらく集落があるのだろう。四人はそれらの光源を目指した。


 茂みをかき分けて行くと、平らにならしてある地面に足を踏み入れた。木柵で仕切られた村には、地面から迫り上がった幅の広い一階建てが並んでいる。左手奥には土地がこんもりと盛り上がった、広大な畑もあるようだった。


「ここが〈ヘヴランカ〉ね……」


 ミントは確認するように呟いた。


「〈ヘヴランカ〉? 何だ、それは」


「いやぁね、アッシュ。あんた魔法界人(ムーヴィアス)でしょう? 一カ所に住まうタイプの獣人(ジュール)の村の事を〈ヘヴランカ〉って言うのよ」


「なぁに、()()()()()のささやかな疑問を解決してやっただけだ」


 そう言って、アッシュはチラリと優兎に一瞥(いちべつ)くれた。優兎はうっと口を歪めた。


獣人(ジュール)()()、人間を嫌わないわ。よだれを垂らしながら人間を見ているのもいなくはないけど、多くは友好的だから。今日はこの村に泊めてもらいましょう」


「何か、獣人族流の作法はある? 挨拶とか、やっちゃダメな事とか」ジールが問う。


「初めての人には、まず手のひらを見せて。会話が成り立つ人なら、手を合わせてくれるわ。これは人間の握手に倣ったもので、爪を引っ込めて敏感な手のひらを合わせるというのは、敵意がない事を示すわ」


「へえ」


「細かい事はとりあえず、交渉が成功した後にしましょう」


 アタシに任せて、とミントは言うと、柵の出入り口に吊るしてあるベルの紐を引いた。うるさくはないが、見知らぬ集落のベルという事で、妙に緊張を(あお)ってくる音だ。


 爪とぎみたいな板をガリガリ引っ搔くと、一番手前の家からトラに似た獣人(ジュール)がやってきた。ミントのように二本足で歩き、布を繋ぎ合わせた簡単な服を着ている。ミントは前述通りに手を広げて見せると、トラの獣人もごく自然な動作で毛深い手を重ね合わせ、魔法界語とも、古代語(リューン・ネルゴ)のニュアンスとも異なった言語を使い始めた。いや、言葉というよりも、動物の鳴き声に近しい。


 相手はしきりに村の奥の方にある、一回り大きな家を指している。ミントは会釈して、優兎達の方に向き直った。


「あそこ、ライオンみたいな像が二つあるわよね? この村の村長さんの家ですって。そこに泊まっていくよう言われたわ」


 優兎、アッシュ、ジールは頷いた。


 トントン。


 ミントが教えられた家のドアをノックする。家の両側には確かに二つの石像があり、優兎達を出迎えた。シーサーみたいな意味合いでもあるのだろうか? と優兎が思っていると、ドアが開く。

 中から出て来たのは、年老いたクマだった。杖を突いていて、やはり二本の足で立っていた。


「何の御用ですかな?」


 しわがれた声でクマが言った。先ほどの獣人同士の会話はまるで分からなかったが、今度は理解出来る。これは魔法界語だ!


「夜分にすみません。アタシ達は『フォークの持ち方を教えるように、闇夜には明かりが必要だと教えるように、普及すべき知識を一から教え諭す学び屋・クランシャリオ育成魔法学校――やっぱり長いな……と優兎は思った――』の生徒の者です。〈ハルモニア大聖堂〉へ向かう道中に夜になってしまったので、寄らせていただきました。ご迷惑でなければ、ここに一晩泊めていただけないでしょうか」


 ミントは慌てず魔法界語で話した。


「ほうほう。随分遠くから来たもんじゃ」年老いたクマは言った。「いいじゃろう。上がっていきなさい」


 交渉成立・寝床確保! くたくただった四人は思わず喜びを滲ませた。

 それぞれ獣人族流の挨拶をした後、早速家の中へお邪魔させてもらう。部屋はシンプルなもので、キッチンと広い居間の二部屋しかない。家具も、タンスや大きな年輪のテーブルなどの日常に必要なものくらいしか置かれていなかった。だが、ヒノキのような心和ませる香りがすっと鼻から肺へ入っていって、清々しい。


 優兎達はとりあえず適当なところに座った。


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