7・泣き虫獣人・ティム②
※挿絵(地図)有り。
青々と色づいた葉に、鳥や動物達の鳴く声。澄んだ空には雲一つない。快晴だ。
普段ならこのような日を気持ちのいい日だと思うかもしれない。しかしここ、〈ハルモニア密林〉では、そんな事は言ってられない。寧ろ鬱陶しく感じてしまうのだった。
「暑い……」
「暑いよ……」
「暑いわ……」
もう何度目だろうか。優兎、ジール、ミントの三人は同じ言葉をブツブツと呟いていた。そう、〈ハルモニア大陸〉の大半を占めるこの密林は、日本の雨期や夏日を思い出させるようにジリジリじとじとしているのだ。なるべく木陰を選んで道無き道を進むが、日に照らされるよりほんのちょっとマシな程度にしかならなかった。
「はあ!? バカな事言ってんじゃねえよッ!」
花のある場所を教える代わりに、自分達も連れて行けという発言を聞いたアッシュは、机を叩いて立ち上がった。
「俺も反対。見たいんだったら二人だけで行けばいいじゃんか」
ジールも突っぱねた。しかし、それでもミントは得意顔。
「ふうん? 助言なくして探せるかしら?」
「何とかするんだよ。三人いるんだからね。ここで情報を片っ端から集めれば、一つくらい見つかるさ」
ねえ? とジールはこちらに振り向いた。優兎はぎこちなくも頷いてみせたが、アッシュは苦い顔。自信がないらしい。
「あらそう。どこまで集中力が持つか見物だわ」
ミントは声のボリュームを落とす。
「――でも、休日でもないのに学校抜け出して、子供が入ってはいけない〈食人鬼のテーブル〉へと足を踏み入れてる子達がいるって先生に報告したら、それどころじゃなくなるかもね?」
瞬間、男子三人はドキッと心臓を凍りつかせた。
「な、何で知って――」
優兎が言い終わらないうちに、それよ、とミントは指を差した。その先にはテーブルの上でチョコレートを口いっぱいに頬張っているベリィがいる。
「隠してるつもりかもしれないけど、獣人の目を持つアタシは誤摩化せないわよ。お腹に仕舞ってるその金のプレート、依頼を受けた印としてもらうものよね? 知ってるわ。アタシの友達のタニアって子がお金に困ってね、そこのギルドで依頼を受けた事があったらしいのよ。でも、ポケットからハンカチを取り出した拍子に落っことして、先生にバレちゃったんですって。子供が禁止されているところへ入ったんだから、罰が軽いわけないわ。――ね、その時彼女に与えられた罰、何だったと思う?」
男子三人は息を呑んで次の言葉を待った。
「ガーディの解剖よ」
その言葉を耳にした途端、アッシュとジールは一斉におえーーっと、気分悪そうに口元に手を当てた。あの感情の読み取りにくいカルラでさえ、口を歪めている。
この場で流れに乗れていないのは優兎だけである。
「サマンダ先生の指示の下よ。あの人、優しいし歌も上手だけど、生っ粋の解剖好きじゃない? わざと大量に血が吹き出すような指示をするんですって。常人ならしばらくはロクに食事出来なくなるわよ。それこそ、血液を隙間なく詰めた風船に刃を差し入れたみたいに――」
「そ、それ以上言うなッ!」
「分かったから! 罰が酷いってこと、充分分かったから!」
ミントの言葉の先を、アッシュとジールは必死になって止めた。顔面蒼白だ。それなのに、優兎はさっぱり分からずにいた。ガーディって何? 魔物??
「ああ、ごめんなさい。優ちゃんは知らないわよね。ガーディっていうのは……ええっと、地球のもので例えるなら――」
――みんなより一足遅れて、優兎はうえーーっとテーブルに手を付いた。
ある程度密林の中を彷徨い続けた四人は、一旦休憩を取る事にした。木陰になっている場所を選び、適当に座る。すーはーと深呼吸をして、肺にたっぷり酸素を送り込んだ。
「ハァ、ハァ……。まさかこんなにしんどいとはね。甘く見てたよ」
ジールは乾いた地面の上に、ごろんと寝っ転がった。
「ええ、本当ね」 ミントはうっと顔をしかめる。「いやだ、せっかくのお洋服が土まみれよ!」
パタパタとスカートの裾を叩いた。優兎はミントの横で、瓶の水を飲む。まだ冷たさの残っている水が喉を潤した。ぷはあっ! 生き返るようだ! 蓋を閉じて、ショルダーバッグの中に仕舞う。
「それにしても、一体あとどんだけ歩きゃあ〈ハルモニア大聖堂〉に着くんだよ! そろそろこっちは限界だぞ!?」
アッシュが文句を言った。ミントはくるりと振り向く。
「バカね、一日で着くわけないじゃない。聖堂は遠いの。丸二日ばかりはかかるはずよ」
「嘘だろ!?」
「こんな事であんたをからかったって、何も面白くないのよ」
四人は揃ってため息をついた。ブンブン飛び回る虫の羽音が、やけにうるさく感じた。
「カルラちゃん、来なくて正解だったわね……」
ぽつりとミントは呟いた。
「えっ! カルラちゃんは一緒に来られないの!?」
驚くミントに、カルラは小さく頷いて耳打ちする。
「そう、残念だわ。世界史の課題が残ってるの……」
「ケッ! お荷物がこれ以上増えてたまるかってんだ」
「あらアッシュ、それはどうかしら? アタシ達、役に立つと思うわよ。花の情報があった場所が、あそこのそばだから」
そう言って、ミントは自分が持っていた本を一冊手に取り、パラパラとめくった。古めかしい紙の匂いが周りに立ち込める。
半分ほどめくったところで、「あったわ」とテーブルに本を広げた。それは魔法界の地図だった。六芒星の周囲を、いくつかの大きな大陸が囲っている。
「アタシが知ってる場所は〈ハルモニア大聖堂〉の中らしいのよ。聖堂は密林地帯を抜けた……多分この辺り」
ミントは〈ハルモニア大陸〉の南西辺りに指を進めた。
「〈ハルモニア大聖堂〉?」
「優兎にはさっぱりだよね。俺も行った事ないし、詳しくは知らないんだけど、なんでも古代の遺跡の一つらしいよ。遺跡って言ったら〈シャロット〉のあの残骸みたくめちゃめちゃに破壊されてるのが普通なんだけど、ここは奇跡的に綺麗に残ってるって話だ」
「幽霊が出るって有名でもあるな」
ジールの説明にアッシュが継ぎ足す。優兎は首を傾げた。
「因みに、この地図でいうと学校はどの辺に? 真ん中辺り?」
「ハズレよ。その場所からちょっと逸れた北東の島ね」
ミントは本を優兎向きにして見せてくれた。
「中央に星の形をしたものがあるわよね? これが〈ダルシェイド大陸〉。この形になった経緯や年代は諸説あって曖昧だけれど、誰の目から見ても魔法界の中心はここだってイメージが沸くものだから、領土争いが絶えず起こったという歴史があるわ。まあ地図ではこんなふうに描かれてるけど、実際はもっと崩れてると思う。地盤も変わってくるでしょうし」
「北東の島……まったく見えないんだけど」
「それだけ小さいって事ね。他のページも見てみるといいわ」
優兎はページをめくった。どこも地図、地図、地図……。世界規模で描いてしまうとこのページ内では納まり切らない為か、いくつものページに別れていた。地球と比較すると、細々とした大陸や孤島の数の方が目立つかもしれない。それでも魔法界ってこんなに広いんだ、と優兎は感心した。
「でもよ、リッテの花が咲く条件は澄んだ水、月光、魔力濃度の高い場所だろ? 場所はともかく、建物の中じゃ、他の二つは当てはまらないだろうが」
「それは知らないわよ。本にもごく僅かしか書いていなかったんだから。ちょっと前から花の所在については調べていたんだけど、見つけ出した手掛かりはそれだけだったのよ」
ようは行ってみないと分からないという事だ。そんな曖昧な情報を本当に信じていいのか……? アッシュは眉間にしわを寄せた。
「聖堂の近くには〈ヘヴランカ〉があるね。これは確かにミントがいた方がいいかも」 ジールが地図を見て言った。
「それに、カルラちゃんは古代語が読めるわよ。いてくれるととっても心強いんだけど……やっぱりダメかしら?」
コクリ。
「そう……。仕方ないわね」
ミントは残念そうに口を閉じた。