6・〈食人鬼のテーブル〉③
「ねえ、校門閉まってたよ?」
こっそりと庭から抜け出した後、優兎は振り返り、固く閉ざされた門を見て言った。
「当たり前だよ。生徒が勝手に外を出歩かないようにしてるんだからさ」
と、ジール。
「当たり前って……。でも、それじゃあ〈ガルセリオン王国〉はおろか、学校の外にも出られないじゃないか」
優兎が反論すると、アッシュは落ち着け、と言い、優兎の額を勢いよく弾いた。
「いだっ!」
「門が閉まってるのなんか、分かりきってるっつうの。いいからついて来い」
自信ありげに歩くアッシュに、何か策があるらしいと悟り、優兎は大人しくついて行った。
茂みをかき分け、剪定作業をしているエルゥから身を隠すように進むと、その内木々がうっそうと生えている場所へと辿り着いた。辺り一帯に大きな影を落としている。まるで森の中にでも迷い込んだかのようだった。
「ここは校舎裏だよ」
ジールは髪の毛についた葉っぱを落としながら言った。
「校舎裏……? まだ敷地内だったんだ」
「ほら見ろ、あそこに岩が見えるだろ?」 アッシュは高い塀の下の、大きな岩を指差した。「あの下に抜け道があるんだ」
「掘ったって言う方が正しいかな」
ジールは茂みに隠していた長さのある棒を岩の下に滑り込ませて、岩を浮かせてみせた。見た目よりも案外容易く動く。完全にどかしきると、そこには人一人が余裕で入れるくらいの穴が、ぽっかりと口を開けていた。奥の方から風が流れ込んでくる。
穴の中に入ると、木で固定されている部分もあって、手製にしては結構ちゃんとしていた。だがじめじめと湿気を含んでいる。ひざをついて這って進み、土から飛び出た木の根っこに引っかからないよう、注意を払う。
時折土の中から幼虫やミミズやらが這い出てきた。それらにいちいちビクついていた為、一番後ろの優兎は先の二人からやや遅れをとる形となった。
ようやく外へ出ると、三人は服についた土や虫を払い落とした。優兎に至っては上着が白いので、念入りに。少しでも汚れていると、校内の者に怪しまれてしまうからだ。
「うえ~、口の中に土入った。アニキ、毎度利用するたびに思うんだけど、もっといい方法があるんじゃないの?」
ジールは地面に唾を吐きながら言う。
「塀を越えようと考えるより、こういう原始的な方法のが意外と見つかりにくいんだよ。多分な。ブツブツ文句言うな」
その時、優兎の肩に乗っかっていたベリィが、むずむずと動き始めた。ギューッと縮こまったかと思うと、地面に向けてペッと吐き出す。何匹かの小さな虫が、赤いジェル状の塊の中で蠢いているのを見た三人は、苦い顔をした。
学校から直で行くなら十分程でつく町、〈起点の地・ルーウェン〉の魔法台を利用して、三人は〈ダルシェイド大陸〉の首都、〈ガルセリオン王国〉の門前へとやってきた。ここに来る前に聞いた話では、ここは政治や貿易、武力が自慢の国らしい。貿易についてはそれぞれの地域や国の得意分野を活かして、必要なものを補い合っているんだとか。なるほど、確かに大きな倉庫を詰んだ船が港へ向かっている。
門に繋がる石の橋まで到達すると、その場所はちょっとした行列が出来ていた。馬車が並んでいるのは分かるのだが、普通の身なりをした人、子供連れまで並んでいる。
「ねえ、これは何の行列?」 優兎は二人に聞いた。
「ああ、『パラケリオス』が検問してるんだよ」ジールが答えた。
「パラケリオス?」
「国に仕えてる魔物だ」 と、今度はアッシュ。「鋭い眼光で怪しい匂いのする奴がいないか、違法な商品を持ち込もうとしていないかチェックしてんだな。一日にわんさか人が集まるし、何より王土だからな。あそこだけじゃなく、あちこち飛び回ってるぜ」
「引っかかったり……はしないよね、僕ら?」
「学校抜け出したくらいじゃ引っかかんねーよ。何度も立証済みだぜ」
列に並んでこんな事を話している間に、調べられる番となった。見ると、パラケリオスという魔物は筋肉で膨らんだたくましい手足にゴツゴツとした石の皮膚、ワニを思わせる大口と牙を持っていた。大きな翼を持ち、石で出来た台座に腰掛ける姿はまるでガーゴイルのよう。優兎は目を輝かせた。
パラケリオスは左端と右端に二体。その傍らが威圧感のある金色の目をこちらに向けてきた。爪についた土やパラケリオス自身に注がれている、興味と緊張の混ざり合う心の動き、細胞の一つ一つまで逃しはしないとばかりに見つめられたが、当然三人は犯罪を犯そうとして入り込むのではない。顎でしゃくって「行け」という合図が出され、すんなりと許可が下りた――が。
『三男坊は随分と庶民的であられる……ケヒヒッ』
「え?」
通り過ぎる際、しゃがれた声が微かに頭の中を通り過ぎた。ユニと頭で会話している時と同じ感覚。
振り向いてパラケリオスを見たが、彼は何事もなく次の商人の検問を始めていた。優兎はいぶかしげに小首を傾げると、門を通っていった。




