6・〈食人鬼のテーブル〉②
日差しが学校の真上から降り注ぐようになってきた頃、優兎、アッシュ、ジールの三人は食堂で昼食を取っていた。朝と夜は食堂で、昼食は主に売店や個人経営のワゴンなどの軽食で済ませる事になっているのだが、食堂がやっていなくてもスペースだけは解放しているのだ。優兎達はその広いテーブルに一対二の形で座り、計画を練っている。
「よっしゃ、子分共。今回オレ達は〈ガルセリオン王国〉に向けて出発する。時間は放課後の十六時。庭の噴水に集合だ」
アッシュがフォークを指代わりに差して言った。早速親分・子分ごっこ全開だ。
「質問。お小遣い稼ぎなら、売店のところにも校内専用の求人ボードがあるけど?」
「ふむ、新入り。掃除だの魔力の充填だの、倉庫組メンツにとっては当たり前だ。刺激が欲しいんだよ刺激が! 何でもない日常をピリッと痺れさすアクセントがよ! それに報酬金なんぞ数十リヲとかそんなもんだぞ」
「優兎、数十単位でも軽食におやつを一品足したり、文房具買うくらいはできるからね?」
「もう一つ質問。休日以外は学校の外に出ちゃいけない決まりになってるけど?」
「愚問だな。自由に生きるオレの前に、規則なんてのは存在しないも同然! 責任感のない奴が守ってりゃいいんだ」
ハッハッハとアッシュは大声で笑った。
「自由って言う割にはちゃんと時間守ってるし、学校にも行ってるけどね」
「んんー? ジール、お前何か言ったか?」
「いーえ! なんにも」
ならいいんだ、とアッシュは睨むのを止めた。ジールはホッと一息。自分がいなかった頃は一人でアッシュの無茶に付き合ってたのかと思うと、優兎はジールにちょっと同情した。食事のパンを千切ってベリィに与える。
「さて、集まった後はいつもの通りだ。新入りは初めてだろうが、まあ行きゃあ分かるだろ。持ち物は適当に。優兎は前もってリヲ用の布袋なんかを用意した方が良いだろう。貴重品なんだからコートのポケットで済まそうなんて考えるなよ? 以上」
アッシュは二人を順に見ながら「他に聞きたい事はあるか?」と聞く。
「じゃあ質問。あんた達の計画を耳にしてしまった人がいたら、どうする?」
四人目の声。優兎達はバッと振り返った。
「……ゲッ、ミント!」
「と、カルラ……」
アッシュとジールは苦い顔をした。ミントはフン、と鼻を鳴らす。
「まったく。学校の外へ出て何を仕出かすつもり? 犯罪に手を染めるなら止めさせてもらうわよ」
「バカ言うな! オレ達は規則は破っても、警備兵に世話になる事はしねえ!」
「どうだかね。あんたの事ですもの」
「何だと!」
アッシュとミントは火花を散らす。一分と経たないうちにケンカになってしまった。またこの展開かと、優兎は止める気力もなくただただ溜息。
その時、カルラがミントの肩をトントンと叩いた。
「ああそうね。こんな事してる場合じゃなかったわ」 ミントはチラリとアッシュを見る。「行きましょ、カルラちゃん」
そうして言いたいだけ言って、彼女達はいなくなってしまった。
「ったく、イライラするぜ」
アッシュは持っていたフォークをぐっと力を込めて握り締めた。
「ミントって、いつもアッシュに突っ掛かってくるね。二人の間に何かあったの?」
ふと疑問に思って、優兎はジールに尋ねた。
「ああそっか、優兎は知らないんだよね。アニキとミントは幼馴染みなんだよ。ね、アニキ?」
「ええ!?」
「そうだ。オレは学校に来る前は一所に落ち着かずにあちこち放浪してたんでな。ミントの住む村まで母さんと――」
アッシュは顔色を変える。
「――まあ、しばらく住んでた時があったんだ。そん時からすでに仲は悪かったな。反応が面白いからって、ちょっかいかけまくって遊んでたからな」
ヒヒッとアッシュは苦笑い。先ほど何か言い淀んだような気がしたが、空気を読んで優兎は黙っている事にした。
「布袋なんてあったかな~」
二人と一度別れて部屋に戻った優兎は、ショルダーバッグの中を漁っていた。探しているのはリヲを入れる為の袋。そこそこしっかりしているなら何でもいいようなのだが、生憎とそのようなものは見つからない。かといってこのバッグを財布とするには大きすぎる。
「うーん、どうしようかな……」
優兎は部屋を見渡した。しかしピンとくるものはなかった。
その時、ベリィが優兎の肩を叩いた。
「ん、何?」
優兎が振り向くと、ベリィは自らの口を指していた。……まさか自分の中にリヲを入れろ、と言っているのだろうか?
断ろうとして、すぐに思いとどまる。確かに地図の件で、ベリィは保管する事も出来る――赤い汁がおまけとしてついてくるが――というのを知った。リヲはこちらの世界でのお金の事らしいが、液体に浸ってふやける程柔ではないだろう。
先送りになるが、今はそれでも良いか。優兎はベリィの提案に賛成した。
約束の時間になった。ベリィを肩に乗せ、優兎が出入り口まで急いでいると、すでにアッシュとジールが噴水の前に集まっているのが見えた。
「ごめんっ! 待った?」
ハァハァと息をつく。顔を上げると、日の光に照らされている噴水の像がてらてら光って眩しい。
「さっき来たばっかだ。そんなに大声出すなって」
怪しまれるだろ、とアッシュは優兎を制した。
「うん、気をつけるよ」
今度はボリュームを下げて言った。アッシュは満足そうにニヤリと笑う。
「よし、全員集まったな。行くぞ!」
こうして親分のアッシュ率いる三人組は、〈ガルセリオン王国〉目指して出発したのだった。




