6・〈食人鬼のテーブル〉①
――今日の夜、優兎はまたおかしな夢を見た。どこかの暗い廊下を歩いている夢。ぶらぶらと揺れるランプの明かりで、左右には同じような扉がどこまでも続いている事が分かる。細かい塵が舞っているし、天井の電灯からもクモの巣が垂れ下がっていて、まるでホラー映画の舞台にでもなりそうな屋敷だなと優兎は思った。
だが夢は長くは続かず、すぐに瞼を閉じるように目の前が真っ暗になってしまった。そのまま朝を迎えたが、どうもただの夢には思えなくて、ユニに相談。けれど「知らん」の一言で片付けられてしまった――
「優兎、〈ダルシェイド〉の王土へ行くぞ」
「え?」
トレーニングホールでの授業中、アッシュがこんな事を言ってきた。優兎は小首を傾げる。
「何て言った? ダルメシアン? シェパード?」
「何言ってんだ。〈ダルシェイド〉だって。魔法界一の大都市・〈ガルセリオン王国〉へ行って、小遣いを稼ぐんだ」
「?」
「アニキ、優兎は地球人だよ。忘れてない?」 ジールがフォローした。「〈ダルシェイド〉ってのはね、大陸の名前。いくつもの大陸の内の代表的な、五大大陸の一つなんだ。学校も〈ダルシェイド大陸〉の一部だよ」
「へえー」
「で、〈ガルセリオン王国〉っていうのは、その大陸の首都のこと。十三代目国王レイヴァルダン・デートリヒ・ガルセリオンが治めていて、この学校の援助をしてくれてる。あと、この間話した光の御子伝説にも登場してきた統一国でもあるんだ。〈商店街・アムニシア〉や〈起点の地・ルーウェン〉よりも何倍も大きくて、賑やかな町だよ」
ジールは分かりやすいように説明した。自分の住んでいた町に比べれば、〈アムニシア〉でも充分賑やかだったけど、〈ガルセリオン王国〉はもっと凄いのか……。優兎はすぐに興味を持った。
「リブラ先生ー! アッシュ達が授業そっちのけでおしゃべりしてまーす!」
「!」
ミントが手を挙げて、リブラに言いつけた。ギクッと体を強張らせた三人の元へ、リブラがやって来る。
「あらあらぁ~、男の子同士でおしゃべり? 楽しそうねぇ~。私も混ぜて――」
「先生!」
「ああ、違ったわねぇ~。――アッシュ君、ジール君、優兎君。今は授業中よぉ? つまらないかもしれないけどねぇ~、戦闘の授業はとっても大事なのぉ。集中しましょうね?」
「「「……はい、すみませんでした」」」
三人の顔に反省の色があるのを見届けると、リブラは笑みをより深めて戻っていった。
アッシュはキッ! とミントを睨んだ。
(ミント、お前なー!)
(ふんだ。真面目に受けないそっちが悪いのよう)
ミントはそっぽを向いた。アッシュの怒りのメーターは上昇し、爆発寸前。ミントを背後から攻撃しようとしたので、優兎とジールは必死で宥めた。
「なん・なん・だっ! 昨日はいつもと様子がおかしかったから、ちょっと心配してやりゃあ、元通りかよ! くそっ!」
「(心配なんかしてたっけ?)落ち着きなよアニキ。元通りならいいんじゃん」
「ぜってー近い内、丸焼きにしてやる!」
何とか抑えたところで、優兎達は授業に集中した。デコイとなる魔法人形のアタッカータイプ『突撃君』を相手に、カルラが魔法を放っている。スプリングを利かせたようにびよーんと突撃君が跳ねると、カルラは得意のバリアを発動させる。
その内こてん、と突撃君がひっくり返り、カルラは勝利した。が、攻撃で手の甲を擦りむいてしまったようだ。リブラが健闘を称えながらカルラに近付いていくと、桃色に光る魔法陣を発動させて、カルラの傷を癒やした。
「へえ、リブラ先生って『癒し』の魔法使いなんだ」
優兎は呟いた。
「ん? そうか、お前は先生の魔法を見るのは初めてなのか」アッシュが反応した。「リブラ先生は魔法と服の色で分かりやすいから、てっきり知ってるもんだと思ってたぜ」
そこで優兎はふと、校長の姿を思い浮かべた。
「でも、校長先生はカラフルで派手な格好はしてないし、悪い人には見えないけど?」
――この段階をいくつも飛ばしたとんちんかんな返答には、アッシュは勿論、ジールでさえも絶句してしまった。頭のおかしな人へ向ける視線を、優兎に投げかける。
(おいジール。地球ってとこは優兎みたいなアホがいっぱいいるのか?)
(いや、多分優兎が抜けてるだけだと思うけど……。ほら、あいつはそうは見えないでしょ?)
アッシュとジールは、じっと優兎を見つめた。
「……ねえ、何で二人共こっちを見るの」
ムッと眉間にしわを寄せて、優兎は言った。
「一つずつ明らかにしていこうか」 ジールは咳払いする。「カラフルで派手な格好をしてないって発想はどこから出てきたのさ」
「校長先生は一種類だけじゃなくて、いろんな魔法を使うから」
「だからカラフルね、そう言うこと……。直接的な指導を行わない人や従業員は、割と色は自由な方なんだよ。一般教師や生徒が何の魔法を扱うかは分かりやすい方がいいけど、それに属さない側はさして重要じゃない。完全にそういうもんなんだと定着しちゃったら、外に出た時混乱するしね? ……まあ確かに校長先生に関しては次元が違うから、色で表すとどうなるんだって気になるところではあるけど」
「あ、ジール達も校長先生の扱う魔法の多さの謎については分かってないんだ」
「笑ってはぐらかされるね」
「んじゃ、悪い奴かもしれねえって思ったわけは」
「闇の魔法使いは黒い色の魔法陣を出すから。校長先生も黒地の服装が多いなって。個人的な話になるけど、黒や闇の魔法にあんまりいいイメージなくて……」
地球で黒のローブを纏った二人組に連れ去られかけたし、図書館を出た後に知らない人物から黒い鎖で締め上げられたし、ユニの住処で出会った少女も黒に近い紫のワンピースという格好で闇の魔法を仕掛けてきたのだ。……改めてここ最近、散々な目に遭ってきているなと思う。
「あのなあ優兎。闇の魔法使いイコール「悪」ってわけじゃあないんだぞ? 印象は確かによくねえかもしれねーが、火の魔法使いでも悪い奴はいるし、木や、風や……ほら、光にもヤバい性格したのはいるって、お前は知ってるはずだろ?」
「そうそう。アニキだって一歩手前だし」
ジールの頭にゲンコツが飛んできた。
「うう。だってアニキ、人に迷惑かけるような事ばっかりしてるじゃんか」
「んなの可愛いうちだろうが! 一緒にすんな!」
「教室全部のドアを接着したり、教卓を爆破させたり、血塗れた自殺少女の噂をでっち上げて怖がらせた張本人が何て?」
「昔の話を蒸し返すなっ!」
二人が盛り上がっている間、優兎は闇の魔法を見かけた時の状況を思い返していた。
(んー、校長先生もローブの女の人と戦ってた時に闇っぽい魔法は使ってたけど、確かにあんなふうに怖い感じはしなかったよなあ。敵意や殺意みたいなのが混ざってると、魔法にも凄みが出て来るものなのかな……)
当時肌で感じた記憶が思い出されると、背筋がゾクッとした。偶然が折り重なって切り抜けられたみたいなものだが、校長やユニに助けてもらわなかったら、自分はどうなっていたことやら……。
「あのぉ~。授業、ちゃんと聞いてくれないかしらぁ~……」
リブラは困ったように言った。




