4・校長室へ①
一時間目開始の合図である鐘が鳴り響いてから、二十分は軽く越えた。リブラが未だに姿を現さない教室では、ほぼ自由時間状態。一名が読書をする最中、名前を与えられたばかりの魔物と触れ合ったり、時にいがみ合って魔法を発動しかけたりと、様々な形で時間を潰していた。
そしてあと残り時間僅かというところで、ドアの開く音が室内に響いた。ようやくリブラのお出ましである。
「おはようございまぁ~す!」
いつものゆったりとした口調で挨拶をした。起床したばかりなのか、揃っているはずの前髪や後ろ髪をひとまとめにして垂らした三つ編みは、あちこち乱れている。
「せんせー、今日は何で遅れたんですか?」
席に戻りながら、ジールが尋ねる。
「ええっとねぇ、今日は絶対遅れないように、いつもの時間より二時間早く目覚まし時計を設定したんだけどねぇ~、起きてすぐ、まだ時間があるからって二度寝しちゃったのよぉ~。裏目に出ちゃったわぁ」
「先生ったら、またお洋服が表裏逆ですよ」
「あらあらぁ、本当だわ。教えてくれてありがとうねぇ、ミントちゃん」
リブラはニコ~っと気の抜けそうな顔で微笑む。日常茶飯事なのか、優兎の周りはみんな冷静だった。この調子で本当に他のクラスを任される日がやってくるのだろうか……?
「あ、優兎君?」
「はい、何ですか?」
「さっきねぇ、校長先生にお会いしたのよぉ~。それで、ええっとぉ――」
リブラは言葉を詰まらせ、ポケットからメモ用紙を取り出した。
「――ああ、そうそう。これからすぐ、校長室に来てくれないか、ですってぇ~」
伝え終わった後、リブラはメモ用紙を仕舞った。彼女はああやって何かに書き留めないと忘れてしまう性格らしいのだ。
「校長室……ですか?」
優兎はドキッとした。まさか、ベリィの事がもうバレてしまったのだろうか?
「何の御用だかは分からないけど、直接会って、話がしたいそうだわぁ~」
そう言ってリブラはポケットから別のメモ用紙を取り出した。何度も使っているのか、少しくしゃっとしている。リブラはそれを優兎に手渡した。
『①職員室の隣りに並んだ扉を探す。
②扉を開けて中へ入り、電気を付ける。
③手をぽっかりと開いた——』
「先生、これ何ですか?」
「メモ用紙よぉ~」
「……いえ、そうではなくて。ここに書かれている内容の事が知りたいんです」
「ああ、そっちねぇ。校長室への行き方よぉ。その通りの手順を踏めば、ちゃんと辿り着けるわ。多分」
(多分……!)
最後の付け足しで一気に不安感が増したが、優兎は分かりました、と言うと、ベリィを連れて教室を離れた。
「『教師用の校長室への行き方』と、『急を要さない時用の行き方』の二パターンが書いてあるんだけど、何で一方に絞ってないのかなー?」
メモを見ながら一階の廊下を歩く優兎。一度職員室の手前で立ち止まったが、まあ普通の生徒である自分はこっちの方だろうと、職員室から直行出来るらしいルートではなく、急を要さないルート上にある職員室の隣りの部屋に入っていった。
ノブを捻るだけで開いたその部屋は、やはり真っ暗な闇で覆われていた。が、分かりやすく暗闇の中で緑色に光っているボタンを押すと、瞬時に明るくなって解消される。
目の前に、地球の某国観光名所『真実の口』によく似た石の顔が現れた。
「……な、なるほど? 急を要さない時用ってそういうことか。校長先生は本当にこういうのが好きだなあ」
誰が見ているわけでもないのに、ビクッとしてしまった自分を隠して呟いた。
――で、この場合、このぽっかり開いた口に手を差し込まなければならないのだろうか?
優兎は急に勇気を試されているような気分になって、無意識に右手を摩った。まっすぐこちらを見つめてくる、冷たく大きな顔面と、個室トイレ並みに狭い空間というシチュエーションも相まってか、ちょっと怖い。
眼光を遮るように目を瞑り、指輪室へ向かった際に味わった、同じく趣味満載のアトラクション(?)を思い出す。悪趣味な細工はしていなかったし、リスペクトしているんだろうなという意志も感じられた、うん。
優兎はメモ用紙の『③手をぽっかりと開いた口の中に差し込む』という指示を確認した後、「本物を先に拝んでおきたかったなあ~」なんて余裕を口にしながら手を差し込んだ。
すると、ガコン! と音がして、差し込んだ右手首に手錠のようなものをかけられた感覚を味わった。何か雲行きが怪しいとあれこれ考える前に、目の前の石の目玉が忙しなく動き、部屋の中の色が青、緑、赤にパッパッパと切り替わる。
スロットのように動いていた石の目玉にドクロマークが現れ、室内が真っ赤に染まると、危険を促すブザー音と共に石の顔半分がズズズ……と上昇。
天井スレスレまで上がり切ると、石の口半分からギランッ! と切れ味の良さげな刃が出て来た。
「いや……いや、いや、大丈夫だ僕、校長先生を信じろ……っ!」
重力に従って刃が真直下に落下してくると、「ジーザーーースッ!」という叫び声でいっぱいに満たされたのだった。完。




