3・ベリィ②
何て事だ……。
中庭に鍵がかかっている。よく考えてみれば、こんな朝っぱらから鍵が開いているわけないのだ。ハァー……。
何だか今日は朝からため息ばかり。肩もずっしりと重い気がする。最近は何かとよく動き回っているし、交流の応酬や見知らぬ環境での不慣れも相まっているのかもしれない。
外に出られない事のもどかしさ、か……。ちょっと前までの自分を思い出した。いつ、何の病気にかかるのか分からないという恐怖。かかってしまえば寧ろ安心、なんて事はなく、重症化して余計治りが遅くなるなんて事もザラだ。
外に出られるのは少しの散歩と病院へ行く時だけ。町内ならまだ目を瞑ってもらえるので、それで満足していつしか遠出をしたいなんて思わなくなった。
――誰かに迷惑をかけるくらいなら、これでいい。散歩に出られるし、一人でバスに乗る事だって出来る。自由に外へ出られるだけ、自分は幸せなんだ!……――
優兎はハッとして、過去の事を断ち切るかのようにブンブンと首を振った。――今は違う。不知の病の呪縛から逃れられるかもしれないんだ。調子はすこぶるいいし、町内を飛び出して、ここは別世界だ。昔を思い起こしたって仕方ないだろう?
優兎はくるりと向きを変え、中庭を後にした。
あてどもなくうろうろしていると、美味しそうな匂いが鼻をくすぐった。どこから香って来るかは言わずとも分かる。そうか、もうやってるのか、と扉を開けて、中に入った。
食堂の中はがらんとしていて静かだ。誰も座っていないとこんなにも寂しい所なんだ……と思った矢先、カウンターに二名、食堂のおばさんと、背の高い青みがかった黒髪の少女が目に入った。少女の方は覚えのある格好だ。
(ああ、カルラさんだ)
優兎が世話になっている倉庫組メンバーの一人だ。彼女は横に食べ終えた食器とお盆を置いて、おばさんと話をしていた。
(まだ六時になっていないのに、一人で朝食を?)
電車やバスに乗って通勤するわけでもないのに、と不思議に思いながらも、優兎は二人に近付いていった。どうせすぐに気付かれるんだ、それなら自分から行った方がいい。
「おはようございます」
二人に朝の挨拶をする。おばさんは微笑んでおはようと返してくれた。しかしカルラの方は、というと、優兎を見るなり顔色がどんどん青ざめていった。
「カルラさん?」
様子がおかしいと思った優兎が更に近付くと、カルラは何か恐ろしいものでも目撃したかのように、肩を震わせ――
「こっ、来ないでえええええッ!!」
そう叫ぶと、カルラは食堂から走り去ってしまった。残された二人はただポカンと口を開けるだけだった。
「……僕、何か悪い事しました?」
事情が把握出来なくて、優兎はおばさんに聞いた。するとおばさんまでもが驚いた顔をして、すぐになるほどね、と笑みを浮かべた。
「あんた、その肩にへばりついているものに気付かないのかい?」
「肩? ――ああ! ゼリィ!!」
今度は優兎が驚く番だった。なんと、彼の肩には部屋に置いてきたはずのゼリィがピッタリとくっついていたのだ!
「えっ、嘘! 何で? 待ってって言ったのに……っていうか、増えてるし!」
優兎の言う通り、ゼリィは二体に増殖しており、ちょっと小さいサイズになったのが両肩に乗っていた。どうなってるのかと頭が煙を吹く前に、ゼリィは答え合わせをするかのように合体し、二つの体から一つになった。つまりは分裂していたという事だ。一方の肩に乗っかるとすぐに見つかってしまうので、という事なのだろう。
ニコニコ笑顔のゼリィに、優兎はハァ、と本日何度目かのため息をついた。
(カルラさん、怖がってたなあ~。初めて声を聞いたけど、第一声が「来ないで」って……)
朝食を取らずに一旦部屋に戻った優兎は、がっくりと膝をついた。彼のもたげた頭の前には、上機嫌のゼリィがいる。
おばさんには咄嗟に「守護獣です!」と言ったので、他の人達に知らせる事はないだろう。もし無許可で魔物を持ち込んだと知られたら大騒ぎになる。
とにかく、この二日間は隠し通さねば。水曜日に当たる風耀日は今月は休日になっている。その日に〈シャロット〉へ赴き、ゼリィを仲間達の元へと帰そう。勿論一人で、だ。ゼリィを中途半端な場所に置き去りにした自分の責任であるし、迷惑をかけたくなかった。
こうして優兎は一人、『二日間ゼリィを隠し通すぞ大作戦』を密かに開始したのであった。
(――さて、まずはゼリィをこの部屋から出さないようにしなくちゃな!)
授業が始まるまで時間はたっぷりある。しかし相手はなかなか賢い。優兎は何でもいいからゼリィの目を引くもの、郵便受けの隙間を塞ぐ方法がないか考えた。
机、ベッド、窓、ベランダ……目についたもので考えてみたが、どれも役に立ちそうにない。カレンダー、枕、時計、鞄……!
優兎はショルダーバッグをベッドの上にひっくり返した。出てきたのは財布、ハンカチ、ティッシュ、薬箱、それと……お菓子!
これだ! と優兎は目を輝かせた。しかしそれほど量はない。賞味期限は問題ないが、部屋にずっといさせるのにこれだけでは。何か檻になるものが欲しいところだ。優兎はショルダーバッグを見たが、すぐに首を振った。
ダメかあー。諦めかけていたその時、ふと名案を思い付いた。
(ちょっと大変だけど、やるしかないか!)




