1・合成ゼリィ①
「へえ、聖守護獣に出会うとはねえ。凄いじゃないか」
アミダラは何とも言いがたい色の液体がたっぷり入った大鍋をぐるぐるかき回しながら言った。魔女どころか大きなクモがそれを行っているのだから、良からぬ事を企んでいるようにしか見えない。が、彼女は普通というものから外れている。
優兎はうん、と頷いた。
〈シャロット〉の地で身も凍るような体験をしてきた翌日。優兎、アッシュ、ジールの三人は、再び〈商店街・アムニシア〉の奥にある、アミダラの住む森を訪れていた。勿論学校の宿題である合成ゼリィを得る為だ。
復活した太陽の光は筋となって森を照らし、心地よい風が木の葉や、小屋の周囲に張り巡らせた薄手のカーテン――よくよく見れば、これらはクモの糸で作られたものであった――を撫でていた。不気味で薄暗かった森が、よくここまで明るくなれたものだ。
「――で? その例の聖守護獣はどこにいるんさ?」
アミダラは目玉をキョロキョロと動かした。
「〈シャロット〉にいると思う。魔法台まで僕らを案内したら戻っていったよ」
優兎は思い出しながら言う。
「辺りがパッと光って消えちゃったんだよ、一瞬で! もうホント神様って感じ」
ジールは少し興奮した面持ちで付け加えた。
「長生きするってのもいいもんさねえ。聖守護獣の存在なんて、もうすっかりおとぎ話だと決めつけていたよ。アタシら魔物にとっても、聖守護獣ってのは尊敬に値するものだから……」
一本の前足でかき回す用の棒を持ったまま、アミダラはうっとりと空を仰いだ。……へえ、アミダラも凄いと認めているのか。優兎は誇らしい気分になったが、同時に現実の姿やバカにされた時の笑い声なんかも思い出してきて、表情が固まった。アッシュとジールも同様のようだ。
(――ん? 待てよ、さっきアミダラは長生きと言っていたなあ)
「ねえ、アミダラって何歳なの?」
気になったので、優兎は切り株に座っているアッシュに耳打ちした。
しかし、その質問は――耳なるものがどこにあるのかは定かでないが――バッチリ聞こえていたようだ。アミダラは八つの目玉を一点に集中させた。
「ちょいとお前さん、女性の歳を聞くってのは失礼な事じゃないのかい?」
「わっ! ご、ごめんなさい!」
優兎はドキッとして慌てて謝った。
「おいジール、聞いたか? レディだってよ」
アッシュとジールはこっそり笑い合った。そんな二人に気が付いたアミダラは、糸を吐いて空いている前足を使い、団子状に丸めると、頭部目掛けてぶん投げた。
「いてえっ!」 「いだっ!」
「あんたら、その生意気な口をこの液体の処理口にしてやろうか? こいつは森の木々に与えても養分にはならないし、舐めても幸せを感じるような味はしないから、片付けるのが少々手間なんだ」
「殺す気か!」
「安心しなアッシュ。飲んでも死にゃあしないさ。――ただ熱がある状態だと一気に粘着力が強くなるから、食べたものが口や胃なんかの器官に全部引っ付くかもしれないけどね」
それ死んじゃうじゃん。三人は思ったが、口には出さなかった。想像して気持ち悪くなったからだ。
「――にしても、何でユニはそのまま帰っちゃったんだろう。……いや、日がな一日一緒にいられても困るけどさ。オラクルと聖守護獣って、いつもセットでいるわけじゃないのかな」
優兎はひざの上で頬杖をついて呟いた。
「奴ぁ、あの辺の守り神だからだろ。オラクルってのは特別な力を分け与えてもらうみたいなニュアンスだ。ペットや『守護獣』の関係とは違うんだぜ?」
アッシュは銀のプレート付きチョーカーが下がった首根辺りを爪で掻きながら説明した。
「守護獣?」
「えーっと、守護獣ってのは愛玩よりは相棒みたいな意味合いかな。聖守護獣は土地を守らなきゃいけないけど、守護獣はいつも主人のそばにいて、いざとなったら体を張って主人を守ったり、互いに助け合ったりするのさ。校長先生が連れている鳥を見た事ない?」
ジールが説明を次いだ。黒猫やカラスといったファミリアみたいなものかな? と優兎は解釈した。
「いつもってわけじゃないさ、ジール。一緒にいなきゃ死ぬってもんではないからね。離れて行動したり、敵情視察させる方法もあるよ。便利なもんさね。――えーっと、ルビウスの薬草を入れて、ポットの実を五つ。あとはケシュの涙を一滴。……よし、いいだろう。ゼリィ入れな」
アミダラは大鍋から少し離れた。近場にいたアッシュとジールが先に鍋の中を覗き、眉間にしわを寄せて優兎に合図を送った。「ヤバい」と。
二人は鼻を抑えて鍋からそそくさと離れた。優兎も怖いもの見たさで青の目を鍋に向ける。――ウエッ!? 優兎は後退った。見た目はどう見ても泥水だ。そこにアクみたいなのと、虹色に光る油のようなものが張っている。液体の表面では泡ぶくがゴボッっと大きく膨らんでは弾け……を繰り返していた。
「こんな液体の中にゼリィを生きたまま入れろってのか! いくらなんでも惨すぎやしねえか!?」 アッシュは抗議した。
「別に。言っとくけど、合成ゼリィは全部こうやって作られてるんだ。アタシじゃなくレシピの開発者を責めるんだね。あの世で」
アミダラはそう言うと、アッシュとジールの持ってきた木カゴから二本の前足でゼリィを掴み――大鍋に放り込んだ。
ボチャボチャッ!!
「「「!」」」
ねっとりとした雫が辺りに飛び散る。三人は一瞬にして凍りついた。その間にも、アミダラはそばに置いてある小ツボからクリームをすくって入れる。そして再び木の棒で液体をかき回した。
「よし、完成さ」
アミダラの一言で三人はやっとか、と息をついた。あれから小一時間は経ったろうか。ようやく合成ゼリィが出来たようだ。優兎達はアミダラの元へと集まった。
「……完成って、この液体がそうなの?」
優兎は大鍋の中を指差した。入っているのは白く濁った色に変わっただけの液体だった。図書館から借りてきた図鑑には、合成ゼリィは接着効果のあるものだと書いてあったが、目の前の液体は半固形でも乳状でもなくまんま液状で、粘着質のあるものにはとても見えない。
「材料間違えたんじゃない?」 とジール。
「失礼な。合成ゼリィは汎用性に優れているんだから、レシピぐらいちゃんと頭に入ってるさ」
アミダラは後ろ足で、木の枝から枝へと渡した糸に引っ掛けてあったお玉杓子――持ち手からお玉までの部分が凄く長い――を掴み、大鍋の中へ。何かを探しているかのようにぐるぐるかき回し、引き上げると、そこにはつるんと丸くて半透明な塊が二つ乗っかっていた。それを大皿に移す。
「ほら、これが合成ゼリィさ」
「「「おおーっ!」」」
三人は同時に感嘆の声を上げた。
「なんだ、液体の中で物体が形成されてたのか」 ジールはホッとした。
「これで宿題完了だな!」
アッシュは合成ゼリィに手を伸ばした。しかし、すぐにバシッとアミダラの前足で弾かれてしまった。
「いって! な、何だよ!」
「まだやる事がある。ほら、このままじゃ優兎の分がないだろう? だからアタシの魔法で増やしてやるのさ」
「え!? 僕、今日は付き添いのつもりで来たのに……ありがとうございます!」
優兎は礼を言った。アミダラの魔法はものを一つから二つへと増やす事の出来る、無属性タイプの魔法使いである。
「えーっと、どうやるんだったっけねえ……。たまにしかやらないもんだから忘れちまったよ。アッシュ、呪文ってあるんだっけ?」
「あるよ」
嘘だ。この世界で魔法を使うのに、呪文はいらない。
「『クモの内なる白い糸よ。今、この超巨大真っ黒くろモンスターから解き放て!』」
アッシュはそれっぽく言うなり、クククと笑い始めた。さっきのお返しだろうか。
「……猛省はしてるけど、今でもたまに人間は食べるんだ。身動きが取れないからといってはやし立てて来るバカとかイロイロ……。そこにぶら下がってる器具やこのお玉だって、骨を混ぜて作ってる。あんた達は気に入ってるから許してやってるけど、あんまり刺激するとうっかり手に掛けちまうよ」
頭に入れときな、とアミダラの目が光る。アッシュの笑い声はピタリと止んで固まった。ついでに他二名の表情も。
パァーーーッ!
合成ゼリィがキラキラと灰色に輝く。ジールがやり方を教えて、アミダラが魔法を発動させたのだ。合成ゼリィは一つずつ増えて、四つになった。
「よし、これでいいさ。余った一つはアタシが貰っとくよ。あーーー終わった終わった」
アミダラは主にかき混ぜるのに使っていた前足をぐるぐると回した。長時間の労働で疲れたのだろう。
三人は礼を言いながらアミダラから貰った瓶に合成ゼリィを入れた。優兎は瓶を右ポケットに入れる。――あれ? ……まあいいや。
「また何かあったら、そん時は頼むぜ」
三人はお世話になったアミダラに手を振り、学校へと帰っていった。




