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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【1・光の聖守護獣 編……第三章 宿題】
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5・ユニ②

 つん、つん。


 何かが優兎(ゆうと)の頭、背中、頬などを先の(とが)ったもので突っつき回している。痛い……。


 ブスッ!


「うぎゃあッ!!」


 背中! 背中に何か刺さった! 優兎は飛び起きて地面を転がり、段差から落ちた。


 銀の植物の葉にまみれ、咳き込みながら起き上がる。ふと、優兎は自身が黒水晶の前ではない場所に移動している事に気付いた。手袋を片方外してみるが、肌もすっかり元通りになっている。


「――そうだ、水晶! あと、テレサさ、ま……」


 顔を上げると、優兎は目を見張った。なんと目の前の段に立っているのは真っ白な毛艶の獣! ファンタジーに登場する伝説の生物・ユニコーンにそっくりなのだ!


 白いまつげと牝鹿(めじか)のような美しく澄んだ青の瞳が、優兎を見つめている。なかなか信じられなくて、優兎はごしごしと目を擦ったり、頬をつねったりしてみた。――ゆ、夢じゃない! 優兎は感動した。しなやかでたくましさも秘めたる体つき。螺旋(らせん)に渦巻いた黄金の角は細長く、輝きを放っていて麗しい。一部柔らかでふさふさとした毛の密集したところもあるが、あとは本当にユニコーンそのものだ。こんなにも美しい生き物を見たのは初めてだった。


 すっかり見とれていると、そこへ一本の前足が迫ってきた。ああ、足も細くて、でもちょうどいい感じに――


「ふぎゃあッ!?」


 夢ごこちであった目を覚ますかのごとく、優兎は軽く蹴飛ばされた。


()()とはなんだ。ついでのように言うな』


 何だか偉そうな男性と思しき声。おや? 黒水晶に閉じ込められていた獣ではなかったのか?


「? ……ああ! もしかして御付(おつ)きの獣ですか!? テレサ様は助かりましたか?」 優兎は痛みなどものともせずに起き上がる。


『御付きだと?』


「……いや、だって声違うじゃないですか」


『ふむ、それはこのような声か? 『優兎、この頓馬(とんま)でみすぼらしい下等生物めッ!』』


 あの女性の声と重なって聞こえる。周囲を見たが、優兎と目の前の獣以外誰もいない。


 優兎の高まっていた興奮は急激に冷めていき、氷点下へ突入した。


「……も、もしかして、あの水晶に触ったのは間違いだった? 僕、まんまと(そそのか)されて、悪の大魔王だとかそういった類いのものを復活させちゃった!? どうしよう! みんなに合わせる顔がない!」


 優兎は慌て出した。ユニコーンはふん、と鼻を鳴らす。


(たわ)けた事を。悪の大魔王だと? 寧ろ逆だ』


 すると、髪を掻き揚げるように首を振った。


『ボクは正真正銘、この世界の頂きに君臨する者! 光の神、テレサと(たた)えられし神獣よ!』


 高らかに言い放ち、ユニコーンの豊かなたてがみがふわりとなびく。確かに圧倒的で神々しいオーラを放っていると肌で感じた。壮大なオーケストラでも流れてきそうな迫力だ。


 しかし、その口から紡ぎ出された言葉は、想像する慈愛に満ちた神様のそれではなく……。


『復活だと? そもそも封印などされておらんわ。奇跡(きせき)の――いや、貴様(きさま)をたぶらかしたのは真実だがな。一言一句、平常心を保つのに苦労したわ。しかし――くくっ! まさか、本当に身を切り裂いて……()()に触れよう……とは! 傑作至極! ははッ! ふははははッ! はーーはは……ゴホッ! ゴホゴホッ!!』


 テレサは咳き込んだ。水晶に閉じ込められていたわけではないという言葉が本当であれば、今までのあの激しい咳は――笑いを(こら)えてたって事かッ!?


「わ、笑い事じゃない! 死ぬかと思ったんだぞ!?」


『ゼー、ハァー……コホン。まあそうであろう。ボクは魔力の塊でもあるからな。過剰な魔力は人体にとっても他の生物にとっても毒だ。故に誰も近づけん。今貴様の目の前にいる姿も分け身だ』


「っていうか、その人を舐め腐った声! 僕が二人組に連れ(さら)われる時に話しかけてきた、あの!」


『ようやく気付いたのか? この美声だぞ? 初めの一声で気付かんかバカ者が』


「夢だ……。これは夢だ……」 優兎は頭を抱えた。「妖精のイタズラだ。インキュバスの幻惑なんだ。こんな無茶苦茶な性格の持ち主が神様? 神様だって?? ありえない……!」


『ほう。貫通を臨むか?』


「悪夢だあああああ……」


 優兎は小さくうずくまった。テレサはまた悪魔のような高笑いをした。


『――さて、ひとしきり堕落の様を堪能したわけだが……』


 テレサは目つきを鋭くさせる。


()()()()()()()()()()()の立ち入りを許可した覚えはない。姿を現せ』


「へ?」


 トーンが変わった事に驚く優兎。するとすでにバレていることは承知であったのか、物陰からすんなりと第三者が出てきた。


 優兎は仰天した。隠れていたのは女の子だったのだ。それも、優兎とそう変わらなそうな年端の。暗い色合いのエアリーボブの髪と目に加え、ワンピースも暗い紫だ。だがそれと対照的に彼女の肌の色は白かった。


「驚いた。まさかとは思ったけど、本当にこんなところに辿り着いてしまうなんて」


 少女は冷たい目を向けて言った。裸足の足でこちらへ歩いて来る。


「だ、誰?」


『貴様はつけられていたのだ』


 え! いつから!? 優兎が記憶を漁っている間に、二人の間で会話は進む。


『ほう、その身でありながら朦朧(もうろう)ともせずに保っていられるとは。なかなか変わり者のようだ』


「分からない。なぜあなたのような者が、そこの人間に肩入れするの? 正直、そこまでの価値があるようには見えない。一体何があったというの」


 優兎は自分の事を(けな)しているのだと悟って、少し顔を歪めた。テレサの表情は変わらない。


『野蛮な小娘だ。口の聞き方がなっていないようだな』


「そう。言うつもりはないのね。――まあいいわ。あたしは成すべき事をするだけ。悪いけど、大人しく連れ去られなさい!」


 少女は目をカッと見開いて、腕輪のはめられた手を()()に向けた。え? ちょっと待ってよ! こっちの口の悪い聖守護獣じゃなくて、僕なの!? 優兎は激しく動揺した。


 彼女の周りにボオッと黒く染まった魔法陣が浮かび上がった。なんて大きさなんだ! 魔法陣は優兎のものと比べ物にならないくらいに大きい。腕輪も黒く輝き、どっと身の毛のよだつような邪悪な力が溢れ出す。

 色からして、これは闇の魔法だ。優兎は怖じ気づいて一歩後ずさりをする。


 少女は庭園一帯に不穏な目玉を無数に散らした黒煙を撒き散らし、瞳の奥から爪のすべてに黒い杭が穿たれ突き出た白腕を出現させて、テレサに向けて集中させた。同時に優兎を取り囲むように複雑な形状の檻が形成される。耳をつんざくような人間の金切り声と、おどろおどろしい黒煙に包まれた。


 しかしそんな凄まじい猛攻も、テレサがひとたび足を踏み鳴らすと、一瞬で晴れて消え去ってしまった。バリアなどの守備行動は一切していない。優兎はおろか、少女まで驚いた。


 少女は歯を食いしばると、次の手に移った。地面を張って黒い物体がテレサの元に集まっていく。が、今度の思惑は微動だもせずにキャンセルされてしまった。スカした破壊音だけが鳴り響く。


『なるほど。いい()()ではないか? 見た目だけ仰々(ぎょうぎょう)しく、耳障りな騒音で誤摩化(ごまか)し、讃美を得ようという手合いか。節穴共をコケにしてラクに儲けてほくそ笑むにはちょうどいいだろう。ミサの奏者や神楽(かぐら)のつもりなら恥を知れ』


(うわ、つっよ……)


 見下すテレサに、優兎は呆然とした。少女の魔法はレベルが違うと優兎でも分かるのに、まるで相手になっていないではないか。――というか本気で口が悪いな!?


「あ、あの、あんまりいじめないであげた方が……」


 配慮の言葉のつもりだったが、これが少女の耳にも届いたらしく、怒りを買ってしまった。キッ! とキツく睨まれ、指先から優兎の方へ小さな攻撃魔法を飛ばす。これも到達する前に消されてしまった。


『少し煽られたぐらいでターゲットを害そうとは、程度が知れるな』 テレサはフッと笑う。『優兎、背中に乗る事を許可してやる。早く乗れ』


「え? は?」


不法侵入者共(おなかま)の元へ連れて行ってやると言っている。貴様をうまく出し抜けた事への褒美だ。今は気分がいい。素直にノッておけ』


「ええ、意味が……うわあっ!」


 戸惑っているうちにコートのフード(髪もいくらか)を(くわ)えられ、ひょいと乗せられてしまった。テレサの首の方に足が股がり、仰向けになってしまっている。


「行カセルモノカアアアアアッ!!」


 少女の声が野太いバケモノじみた声に変わる。姿勢のせいでよく見えないが、自身を飲み込まんばかりの黒炎で、怒髪点(どはつてん)に達した事は分かった。


 テレサ曰く大仰な技を繰り出す少女。優兎を乗っけたテレサは庭園の中を空中でぐるりと駆けると、扉に向かって突進。


「アアッ!!」


 しっかり報復も忘れない。少女は光の攻撃を受けると、銀の植物を打ち倒して壁に激突。翻ってこちらは激突する前に、洞窟への扉が自然に開け放たれた。


(いた)っ!? 痛いっ! 痛っ!」


 地面を蹴り上げる振動を体全体で受け、悲鳴を上げる優兎。何でこんな体勢で落っこちないのか不思議でならない。


「せめて……ぐえっ! 姿勢を正させてっ!」


 懇願(こんがん)すると、体がドンッと飛び跳ねる。竿(さお)に干された布団のような形になった。仰向け状態は変わらず。


「いやこれ逆にキツい!!」


『フハハハハハッ!』


「何で僕ばっかりこんな目にいいいいいッ!?」


 そうしてものの二、三分で〈骨の間〉に辿り着いた一匹と哀れな一人。そこにはアッシュとジールが待っていた。


「――あ、光が見えた! 優兎、随分と探したんだよ……って、ええ!?」


「お前、オレ達がいない間に一体何があったんだよ!?」


 二人が光を(まと)うテレサを見て驚く。


「い、今追われてて……あとで、説明するから……うぷ。とりあえず、ここを出よう……」


「(どういう乗り方してんだこれ)また何かやらかしたのか? ――ああ、そうだ。こっちはお宝代わりに違う出口を見つけたんだ。魔法台が随分近くにあったぜ」


「分かった、そっちのルートで。――ところでテレサは……」


『乗せるわけがないだろう』


 優兎の言いたい事が分かったらしい。優兎は滑るように降りた。走った方が絶対ラクだ。


『まあ、先導と掃除の兼用くらいはしてやってもいい。指揮者(コンダクター)となって久々に破壊の音楽を(たしな)むとしよう。行くぞ』


 物騒なことを言う神獣を先頭に、三人は洞窟を脱出する事になった。

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