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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【1・光の聖守護獣 編……第三章 宿題】
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4・洞窟探険③

 時計があるわけではないから、正確な時間は分からない。それでも、真ん中の道を下り始めてから十分は経ったろう。長らく行き先の分からないところを歩いていると、段々イライラや不安が募ってくるものだ。今の、誰かに噛み付かんばかりの怖い顔をしたアッシュがいい例である。彼だけではない。ジールや優兎(ゆうと)も、疲れと寒さが合わさって参っていた。


 今思えば、恐ろしい声を聞いた時に諦めていればよかったのではないか。たき火をしていた場所まで戻ったのだから、雨が止むまで待機していた方がよかったのではないか。ここまで来てしまえば、もう最奥を目指すつもりではあるが……。優兎の中でゴリゴリ探求心が減っていく中、ふと、先頭を切っていたジールが急に足を止めた。あまりにも突然だった為、優兎とアッシュはジールにぶつかってしまった。


「いってえ! ――おいジール! 急に止まるなよ!」


 危ねえだろ、とアッシュは文句を言う。


「あ、あれ……」


 ジールは声を振るわせて前方を指差した。たいまつの明かりの端に、小さくキラキラと光るものが見える。それはまるで、原石から加工されたダイヤモンドのよう。角ばった部分がなく丸みを帯びている。


(でもおかしいな。何で原石からの加工物がこんなところに?)


 もし、宝石でないとしたら……。


 ――氷――


「「「出たあああああッ!!」」」


 三人は叫んだ。同時にたいまつの明かりが、カドルのがっしりとした体、光沢のある厳つい顔、氷柱(つらら)のような鋭い爪と前足・後ろ足にはめた腕輪を捕える。――そう、優兎がダイヤモンドだと思ったものは氷、つまりはカドルの前足だったのだ。三人は悲鳴を上げながら元来た道をひたすら走った。


 だがこの魔物はクマのようであってクマではない。鼻が利かず、目も見えない。カドルを目にして、走り去る獲物だけを標的にしてきたのだ。要するに、()()()()()()自然に通り過ぎてしまうのである。分かれ道で最初にカドルとエンカウントした時は、静かに行動した為追ってはこなかった。が、今は違う。まだ興味が向いている内に走ってしまったのが間違いだった。


 案の定、動くものを振動で感知したカドルは、フルスピードで三人の後を追い始めた。三人は一本道を必死で走った。上りの階段となっているので、疲れている体にはなかなか厳しい。つまずいてあわや転びそうになった事もあった。ここで転んでしまったら、一巻(いっかん)の終わり。ものの数秒で八つ裂きにされてしまうだろう。

 しかし、逃げ切る前にこちらの体力が持たない。何か手を打たなければ!


「そうだ! アニキ、火! 早く魔法を!!」


 ジールは苦しそうに叫んだ。そうか、走る事に夢中になっていて気がつかなかった! いくら恐ろしい魔物であっても、氷で出来ているのだから、火を食らえばひとたまりもないだろう。

 すぐさまアッシュは実行した。素早く魔力を右手に込めて、炎の逆巻く球を作る。そしてそれを走りながら魔物に向かって――投げた!


 ガシャンッ!


 アッシュが投げた火の球は左の前足をかすめただけだったが、それでもスピードは落ちてきた。


 手早く足を壊せばいいと理解したアッシュは、もう一度火の玉を作って投げた。今度は見事右側の前足を直撃! 氷の破片が派手な音を立てて飛び散り、カドルは地面に倒れた。


「よっしゃあ! これでもう奴は走れないな!」


「うん。魔法も使えない魔物だし、足を生やすのにも時間が掛かるはず。……ハア、アニキが火の魔法使いで助かった~」


 二人が喜びあう中、優兎はじっとカドルを見つめている。


(追いかけられてた時は確かに怖かったけど、意外にあっさり片付いちゃったなあ。恐ろしい魔物といえど、魔法使いの方が有利なんだ)


 前足を破壊されたカドルは、今も虚しく起き上がろうとしている。少しするとその動きはピタリと止まり、グオオオと一声上げた。ようやく諦めたらしい。


 ――いや、諦めてなどいなかった。カドルの体を中心に魔法陣が展開し、水色に輝き始めたのだ!

 眩い光に目を開けていられず、三人はカドルから目線を外した。その間にカドルの体からは新たな氷の前足が形成されていく。


 一声唸った後、後ろ足と新しく出来上がった前足で――立ち上がった! カドルは勝ち誇ったような声を洞窟内に響き渡らせる。


「んな、バカな!」


 信じられない、とアッシュは再度火の玉を作り、カドルめがけてぶつけた。今度は顔面に直撃……のはずだった。


 しかし、カドルの周りには薄い壁のようなものが張られていて、顔には傷一つなかった。打ち消し合った事でもうもうと水蒸気が立ちこめる。


 三人はこの光景を目の当たりにして悟った。


 この魔物は『氷』の魔法が使える!!


 先ほどの壁の正体はバリアだった。魔力を持たない普通の氷ならまだしも、魔法のぶつかり合いとなると話は一変する。火は氷の魔法に打ち消されてしまうので、これでは通じない。……が、相手は魔法以外にも攻撃手段をふんだんに持ち合わせているわけで。


 アッシュが先ほどよりも激しく燃え盛る球を投げても、やはり無駄だった。氷のバリアのせいで水蒸気と化してしまう。身の危険を感じた三人は再び走り出した。カドルも後を追い始める。


「だっ、打撃や爪を使った、こ、攻撃を得意とするカドルが魔法を使えるなんて、聞いてないぞっ!!」


 息を切らしながらアッシュは喚く。


「とにかくっ! どうにかして足止めしないと……こ、こっちが持たないっ!!」


 優兎もつられて喚いた。苦しい! 怖い! 走るのが辛い!!


 チラッと横を見ると、ジールが布袋に手を突っ込んでいるのが見えた。種を一粒探し当てると、魔法によってニュルニュルとツタが生え始め、地面に落とす。魔力を持った種は周囲に太いツタを巡らせた。カドルが通るギリギリ手前のところで、壁のように塞いだ。


「これでいくらか時間稼ぎができ――」


 言い終わる前にツタがカチンコチンに凍りつき、頭突きによって破壊されてしまった。こうもあっさり破られてしまうとは。ジールは諦め、走る事に専念した。やたらめたら魔法で根を張らしまくっても、ヘタをすれば氷の破片が自分達に及ぶ心配もあった。


 こちらの体力はもう限界だった。それに比べてカドルはまだまだ余裕がありそうだ。この二日間で六年間分の運動量を越えているんじゃないかと、優兎は命が危ういのにも関わらずそんな事を考えていると、目の前にぽっかりと穴が開いているのを見つけた。ようやく〈骨の間〉まで迫ってきたという事だ。


(未踏の通路は他に二つ、そして行きの時に通った道が一つ。うまくいけば、カドルを撒く事が出来るかもしれない!)


 (わず)かな希望が芽生える。だが、気を緩めたのがいけなかった。ホッと安心した拍子に、左手を岩壁にぶつけてしまった。


「いった!!」


 背後でガタンガタン……と音がした。


 ぶつけた左手を見ると、手袋がすり切れていた。――いや、それどころではないまずい事が起きた。左手に持っていたもの――ゼリィの入った木カゴがなくなっているではないか!


 まさかと思い、振り返ると……あった! 洞窟の隅の方に、扉の開いてしまった木カゴがある! 左手をぶつけた際に落としてしまったらしい。先ほどの『ガタンガタン』という妙な音の正体もあれだったのだ。


 そこへ、三人を追っていたカドルが不審な音と振動に気付き、足を止めた。木カゴに興味を持ち、爪で転がす。中ではゼリィが震えているに違いない。


 ――助けなくちゃ!!――


 直感的にそう思った。宿題だから、ではなく「一つの命」として。


 火の消えているたいまつを捨て、体力は尽き果てているのにも関わらず、驚くべき速さで駆け戻った。飛び込むように地面を蹴り上げて木カゴへ手を伸ばし、抱きかかえる。砂埃が舞った。右手の指にはめている指輪がカタカタと揺れる。


 そこへ、カドルが爪を振り下ろした――



――4・洞窟探険 終――

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