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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【1・光の聖守護獣 編……第三章 宿題】
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4・洞窟探検②

 雨の音。


 ざあざあと雲から地面に降り注いでくる。うっすらと雲が引かれていた空は、気付かぬ間に雨雲になっていたようだ。


 優兎(ゆうと)達三人は、キメベロスがいた場所から大分離れた岩山の穴の中で雨宿りをしていた。この岩山の穴はアッシュが魔法を使って開けたものだ。固い地質だったようで、何度も何度も魔法を放つ事になったが、そのおかげでこうしてたき火を囲んで温まっている。髪の毛の先端や服からは、ポタポタと雫が滴り落ちていた。


「あー寒い寒い! まったく、雨が降って来るなんてついてないよね」


 ジールは鼻をすすり、地表で実のなる(しゅ)のスモモやリンゴを振る舞った。


「そんな寒いかあ? お前ら根性ねえな」


「アニキの体感温度がイカレてるんだよ。ほら、優兎だって震えてる」


 ジールが(あご)でしゃくり、また鼻をすする。冷えた腕をさすりながら外の様子を伺っていた。雨は一向に止みそうにない。


「魔法台は見つからないし、この雨の中を探しまわるわけにもいかないし……。こりゃあ、本当に一晩過ごす事も覚悟しなくちゃいけないかもね」 ジールはリンゴにかじりついた。


「なあに、ズル休みでもねえんだ。一日二日休んだって大目に見てもらえるだろうぜ」


「アニキはプラス思考でいいよね。たまに羨ましくなるよ。ハァー」


 しばらく無言の時間が続いた。三人なりに、これからどうするべきか考えているのだ。雨の勢いは増すばかり。動きたくても動けない。ただ、たき火が風によって揺らめくだけ……。


 ――風……――


 突然優兎はハッとして、立ち上がった。


「ん? どうした優兎。便所か?」


 アッシュが聞いたが、優兎はそれを無視し、惹き付けられるように奥の岩壁へと移動した。夢中になって岩壁を撫でていく。砂埃がパラパラと白い上着に付着しても、気に留めない。


「優兎、そんな事しても、この島から出られる扉は出てこねえぞ」


 食べ終わった芯を捨てて冗談を言う。しかし優兎の手は止まらない。流石にアッシュもムッと顔をしかめた。


「おい、何か言えよ」


「風……」


「はあ?」


「風だよ。前、つまり穴の入り口から入ってくるのなら理解できるけど――」


 言葉を切り、たき火を指差した。


「何で()()()()来てるの?」


 優兎の言葉で、その場がしーんと静かになる。そして証明するかのように、優兎の手が見つけ出したヒビ割れから風が吹き込む。たき火の火はフッと消えてしまい、穴の中は暗闇を深めた。


「離れてろ」


 アッシュは優兎とジールに命令し、岩壁に近付いてヒビ割れに触れた。緊張が走る。

 右手を岩壁にかざし、赤い輝きを放った瞬間、壁が爆風・爆発音と共に崩れ去っていった。砂埃が撒き散らされて優兎はゴホゴホと咳をする。


「見ろよ、通路だ……」


 砂埃が引いていくと、岩壁の奥が露わになった。アッシュの言う通り、一本の通路に繋がっている。


「でかしたぞ優兎! お前の事なよっちくてぼけーっとした、たまに発狂する変な奴だと思ってたが謝るぜ! よくやった!」


「そ、それはどうも……」


 優兎達は岩壁の残骸をまたぎ、通路の中へ入った。先ほどまでいた穴よりも天井がうんと高く、幅は二人が横に並べるくらい。壁はやはり岩で出来ているのだが、でこぼことしたところがなく、きちんとした形に掘られている為、人工的に作られたものだという事が分かった。どこからか風が吹いてきて、三人の頭を撫で付ける。


「どこに続いてるんだろう」


 優兎はぽつりと呟いた。


「気になるんだったら、ちょっと探検してみようぜ!」


 アッシュはほい、と優兎、次いでジールにたいまつを手渡す。たき火の木を利用して作ったらしい。アッシュの手にも同じものが握られていた。恐るべき手の早さだ。


 アッシュは二人の返事も聞かずにどんどん奥へ進んでいった。残された二人も仕方なく後を追う。しかし、この時三人は気付いていなかった。雨宿りし始めた頃から監視していた者の存在を――





 洞窟の通路は奥に進めば進む程、ひんやりと冷たくなっていった。吹いてくる風のせいなのか、悪天候のせいなのかは分からない。アッシュは平気そうだが、優兎とジール、木カゴの中のゼリィ達までもが寒さで震えていた。


 途中、分かれ道に出た。とりあえず右の道に進んでみたが、行き止まり。岩壁から外の明かりが漏れている。


 この壁も壊せるのかと思い、たき火で照らすと、なんとその壁は黒い毛皮で出来ていた。いや、毛皮そのものだった。洞窟の穴を塞いでいるように、すっぽりと収まっている。


「何だこれ?」


 アッシュは木カゴを地面に置いて、毛皮に触ろうとした。しかし、すぐさまジールが「待って」と止める。


「どうしたジール。何で止め――」


「しー! 静かに。ここを離れよう」


 よく分からないが、ジールの言葉に従い、再び分かれ道の方へと戻った。左の道を歩きながら話す。


「で、止めた理由は?」


「や、俺の予想が正しければ、あの毛ダルマは寝ながら洞窟を守ってたあの魔物なんじゃないかって」


「——てことは、僕達は今、魔物の背後にあった洞窟にいるってこと?」


「断言は出来ないけど……もしかしたら、ね」


「よっしゃあ! その予想が正しけりゃ、オレ達は戦いもせず、リスクを負う事もなく洞窟の中に入る事が出来たってわけだな!? お宝がオレ達を呼んでいる!」


 アッシュはそう言うと、ハハハ! と笑い出した。彼の背後で優兎とジールが溜息をつく。この洞窟に宝物があるという自信はどこからやってくるのやら……。


「こんなところに宝物なんて、あるとは思えないけどなあ」 優兎は愚痴をこぼす。


「うん? じゃあお前は何があると思うんだ?」


「んーと、そうだなあ。……あ!そう。例えば()()()()()()()()とか」


 三人の間に一瞬、沈黙が流れる。


「ハハッ、まさかそんなことはねえだろ」


「それにこの洞窟の形、どう見ても人工的に作られてるよ」


 アッシュとジールはそう言うが、二人共焦っているのがバレバレだ。


「例えばの話だよ。あの魔物、危ないから人が来ないように命令されて、塞いでたのかもしれないってね」


「でもよ、巣にしても、まだなんにも会ってねえぞ。巣だったら一匹くらい出くわしたって――」


 グオオオオオッ!


 何とも絶妙なタイミングで咆哮(ほうこう)が聞こえた。風の音などではない。洋画に出てくるような、恐竜や怪物といった類いの血に飢えた生物の鳴き声が洞窟内を巡っていく。三人の歩みは完全に止まってしまった。


 鳴き声が一通り収まった後でも、誰も口を開かない。時が止まってしまったかのようにじっとしている。その内ハッと正気に戻った三人は、揃いも揃って元来た道を戻り始めた。――彼らは悟ってしまったのだ。自分達の歩いていた方向に、それも"すぐそば”まで何かが迫って来ていたという事を――


 幸い、鳴き声を上げた者は三人の後を追ってはこなかった。運がいい。いつしか三人は爆破した穴の付近まで来ていた。まだ心臓がドキドキしている。特にロクに身の危険を感じた経験のない優兎にとって、こんなにも怖い思いをしたのは初めてだった。


「い、今のは一体……」


「声からして人間でも動物でもねえ」


「とすると、魔物ってことだよね」


 三人は口々に言いながら穴の反対方向へ進む。


「魔物、か。分布や気候、住処、それとあの狂暴めいた声から見当をつけると……『カドル』だったりして」


 ジールがその言葉を口にした瞬間、アッシュの表情が凍りついた。


「や、やめろよな、そういう冗談は」


 強がっているようだが、明らかに動揺している。唯一知らない優兎はキョトンと目を丸くした。


「ねえ、そのカドルって何?」


「ああ、優兎は知らないか。カドルってのは『凍ったクマ』って意味で、魔物の一種だよ。見た目はクマの形をした氷の彫刻って感じかな。デカくて狂暴で、食べられるものなら何でも食べちゃう。……勿論人間もね。しかもこいつらは()()()()()。普通のクマと違って知能は低いけど、恐れや諦めるってことを知らないんだ。こっちが武器を持っていたって平気で襲ってくるような奴だって。――まあこれは危険生物情報の受け売りで、実際に会った事はないんだけど」


 しかしその情報は、優兎を震え上がらせるのには充分だった。実際に生物の咆哮を聞いているのだから、恐れるのも当然だ。


「カドルは洞窟を住処にしてるらしいよ。もしさっきの声の主がカドルなら、入り口を塞いでいた魔物は人が誤って入らないようにしていたっていう優兎の説の信憑性が――」


「ジィィィィィルッ!!」


 優兎とジールが振り返ると、アッシュが真っ青になって睨んでいた。目付きが鋭くて、少し怖い。


「あ、あくまで信憑性が高まったって話だから。ははは……」


 やばい、と悟ったジールは慌てて言う。ジールの口から聞いてはいたが、アミダラに初めて出会った時に気絶した話といい、カドルといい、アッシュって見かけによらず怖がりなんだなあと優兎は思った。無鉄砲で怖いもの無しだと勝手に思い込んでいた。


 そんな事を考えていると、遥か後ろの方からグオオオオッ! とまた鳴き声が聞こえた。三人は反射的に後ろを振り向く。だが振り向いた先には何もいない。ただ漆黒の闇がぽっかりと口を開けるだけ……。


「さ、さっさと満足して、ここからオサラバした方が良さそうだな……」


 アッシュの言葉に他二人もコクコクと(うなず)く。三人は後ろをチラチラ確認しつつ、早足で歩いていった。いつ魔物が闇の中から飛び出してもいいように、心の準備はしておく。


 パキパキッ!!


 乾いた音。突如、思ってもみない場所から音がしたので、三人は心臓が飛び上がりそうになった。何かを踏んだらしい。そっとたき火の明かりを足元へ向けてみる。


 古びた色味。大きさ、長さは様々で、殆どが粉々になっている。木だろうか?と思ったが、たき火で奥を照らすと、そこにはだだっ広い空間があって、もっと形のはっきりしているものが見つかった。


 それは骨だった。それも人骨。悪臭はないが、空間には無数の骨で散らかっていて、砂やクモの巣も絡まっていた。

 自分が踏んでしまったものの正体が人骨だと分かった優兎は悲鳴を上げる。その声にアッシュは何だよ、と悪態をついた。優兎が必死になって頭蓋骨(ずがいこつ)と分かるものを指差すと、二人共意味を察したようだ。


「この洞窟で息絶えた旅人達……ってわけじゃなさそうだね。数が多すぎる。床が殆ど埋め尽くされてるよ」


「住処にしている奴の食事所って感じか?」


「ここに来るまでに見てきた、滅びた町の住人と関係があるかも。ほらここ、壁に文字が書きなぐってある。これ古代語(リューン・ネルゴ)と形が似てる」


「読めるか?」


「さっぱり」


 骨に驚いている優兎を尻目に、冷静に言葉を交わす二人。カドルにはビビっていたけれど、ここが自然に溢れている世界である為か、骨は恐怖対象ではないらしい。同意を得られなかった優兎はちょっとばかりムッとしつつも、悲鳴を上げた自分が情けなくなった。


 広場――仮に〈(ほね)()〉と呼ぶ――はそこがゴールではないようだ。〈骨の間〉には更にその先があり、三本に道が分たれていた。


「お決まりのパターンだな」


 アッシュはニヤリと笑う。


「三本も道があると迷うね。危ないから、別々に別れて行くわけにもいかないし」


 優兎はそれぞれの入り口を覗き込む。しかしどの道も闇、闇、闇……。行ってみなければ分からない。どれが当たりでどれがハズレなのか。あるいは三つともハズレの行き止まりなのか……。


 とりあえず、三人は運任せで真ん中を選んだ。明かりを照らすと、ゆるやかな下りの階段になっている。


「階段まであるなんて。本当に、どういう目的で作られた場所なんだろうね、ここは」


 ジールが口を開く。アッシュは顎に手をやって唸った。


「手が加えられた通路に、広場に埋め尽くされた人骨、階段――これらの情報を踏まえて一つだけ言える事は、魔物が住処にアレンジを加えたわけじゃないってことだな」


「それくらい分かるよ。――ていうかアニキ、魔物がおしゃれを気にしたり格好良さを求めると思う?」


「ミントなんかはそうだろ」


「ミントは魔物じゃなくて獣人(ジュール)だよ」


「奴ぁ、立派な()()だ。……いや、怪物の方がそれらしいか?」


 くっくとアッシュは笑った。


「水を差すようで悪いけど、普通の動物とその……獣人(ジュール)って、どう違うの?」


 優兎は質問する。


「しゃべるかしゃべらないかだろ」


「アニキ、大雑把(おおざっぱ)すぎ。……うーん、人間の進化過程の一説になぞらえるなら、サルが人間になるってのと同じだね。獣が進化を経て、話が出来たり、二本足で歩くようになったのさ。特に猫や犬が多いみたいで、特有の言語を持ってるって。地球(ローディア)ではそういう人種は見かけないみたいだから、魔法界のエネルギーがもたらしたものなのか、別の理由があるのか、定かじゃないけどね」


「へえー」


 話しているうちに、三人は大分奥まで来ていた。しかし、まだまだ道は続いている様子。すぐに行き止まりとなれば引き返して他の道も潰していくのに、一体どこまで伸びているのだろう。

 優兎は木カゴにいるゼリィが震えてるのに、気がつかなかった。寒いのではない。それはまるで、この先に何が待ち受けているのか分かっているようだった――

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