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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【1・光の聖守護獣 編……第三章 宿題】
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3・ゼリィを捕まえろ!

「ねえ、二人はアミダラとはいつからの知り合いなの?」


「あー……いつだっけか?」


「三年前くらいじゃないかな。〈アムニシア〉の奥地に森があるのが、アニキはずっと気になってたらしくってさあ。『探検しようぜ!』って、チェーンがあるのにズンズン進んで行っちゃって。それで迷って、小屋を見つけて一息ついたところに、アミダラが出てきたんだ。アミダラも言ってたけど、腹が満たされてなかったらどうなっていたことやら……」


「そ、そうだったっけか……? けど、今こうして無事でいるんだからいいじゃねえか!」


「忠告無視して突っ走る割に、そのクセ一人じゃ怖くて行けないんだよ。優兎(ゆうと)ぉ~この苦労分かる?」


「はははっ、そうなんだ」


 二人のやり取りを聞いて、優兎は笑った。

 三人は今、幾種もの花が風で揺らめく小道を歩いている。目指すは〈起点(きてん)の地・ルーウェン〉。〈商店街・アムニシア〉よりも大きな町であるその場所には、大陸や島など、この島の外へも移動可能な魔法台があるそうだ。


 因みに「空飛ぶホウキで移動はしないのか」と問うたところ、二人からは「お前、正気か?」といった目で見られた。これまでの事から考えても元々の望みは限りなく薄かったが、それでもちょっぴり残念に思った。


 〈アムニシア〉へ着くまでの時間の倍くらいを要して、三人は〈ルーウェン〉に辿り着いた。〈ルーウェン〉は話の通り、町自体の大きさも〈アムニシア〉の倍はあった。町並みは二階・三階建ての白塗りの壁の建物が多い印象だ。屋根は落ち着いた青系統の色でまとまっていて、統一感がある。中央広場を突っ切って行く途中、台座の上に大きくて立派な(いしぶみ)が立っているのが見られた。


 立て札に導かれて、魔法台に到着する。それは碑が見える場所に配置されていて、魔法台を使おうとする人達の列が出来ていた。


「あの魔法台は、この世界に来た時のものや学校で見たのとも違うんだね。階段とか魔法台そのものに色がついてる」


 最後尾に並ぶ際、優兎は疑問を口にした。眼前の魔法台は宝石のように美しい翡翠色ではなく、石特有の深い青さがある。


「飛べる範囲によって違うんだよ」 ジールが答えた。「学校みたいな、階が多く広い建物には灰色って決まっていて、建物内を移動できるよう設定されてる。あれみたいな暗色の緑色をしたものは、一部を除いて大陸間の移動が可能なタイプ。特殊な場所へ移動できるものは暗色の紫色をしてるんだ」


「あ、確かに指輪室へ行く時は紫色だったかも。じゃあ、門の中に金色の魔法陣が浮かび上がるようなものは地球へ飛ぶ用? それでこっちの世界に飛んできたんだけど」


「門タイプは全部古代人の遺物。つまり旧型。優兎の言う通りなら、金色で描かれた模様の奴は地球専用なのかもしれないね」


「旧型はシンプルだけど、球体がくっついてる方は、覚えるのに頭を使いそうだなあ」


「先人の技術力が無茶苦茶なだけさ。とはいえ、一応利点はあるよ。ほら、色さえ頭に入ってれば、遠くからでもどういう用途のものか見分けがつきやすいだろう? たまーに地下へ移動するタイプも混じってるからね」


「へえ。でも、それならもっとはっきりした色にすればいいのに」


「景観を優先してだよ。この町なんかいい例かもね」


「?」


「おいお前ら、呑気に話してねえで行くぞ」


 アッシュのかけ声で、二人は少し遅れて魔法台へ駆け上がって行った。





 ――〈シャロット〉――


「はあー、着いた着いた――って、何だこりゃ!?」


 アッシュは台の上から辺りを見渡し、驚愕。


 その場所から見えた景色は、裸の大地に建物の残骸がそのままになっているものだった。屋根のない壁が穴だらけになっていたり、塔が崩れていたり、建物があった形跡しかない場所もある。

 相当大きな町――いや、国があったのだろう。遠くには城のような一際大きな建築跡も見受けられるが、上の部分がごっそりなくなっていた。


「すげえな。さっきまで小綺麗な町にいたせいか、ギャップが激しく見えるな」


「あ、ほら見て。魔法台も旧式だ。アミダラが言ってた通りだね」


 ジールの指し示す方向を見ると、確かにくるくる回る球体のついていないものだった。現代の者が手を施したのか、補修はされているものの、魔法台自体も被害に巻き込まれていたようだ。門や台の上にはうっすらと砂が被さっている。


「この場所、何があったんだろう。国家間の争い? 自然災害にはあんまり見えないかな」


 優兎は言った。うーんとジールは顎に手をやる。


「旧式の魔法台があるし、古代人の住んでいた跡地なのは間違いないだろうね」


「お前ら、考察なんかしてねえでさっさと行こうぜ。オレ達の目的は観光じゃないだろ」


 何か気味悪ぃや、と零して歩いて行くアッシュ。優兎とジールも賛成だった。


 岩山に囲まれた痩せた大地をある程度歩くと、段々緑も増えてきて、草の生い茂る場所も見られるようになった。人の消えた人工物を見ているより、自然物の方が安心するなと優兎は思った。


 ゼリィ探しがてら、優兎は〈ルーウェン〉で見かけた碑の事を聞いた。すると、どうやらあのモニュメントはとある英雄『光の御子(みこ)』の功績を伝え行く為の記念碑であると共に、墓石でもあるらしい。


 アッシュとジールが生まれるずっと昔のこと。統一を巡った国同士の戦が勃発していたそうだ。〈ルーウェン〉は今でこそ立派な町だが、元は貧しい町であり、また親のいない孤児達の(つど)う場所でもあった。


 後の英雄となる少年『テラ・バークス』の前に、ある時子供達に魔法を教える――彼の師となる男が現れた。師は少年に魔法を教え、才能に恵まれていた少年はめきめきと頭角を現していき、師と並ぶまでの実力を得たという。


 少年は青年となると、自分のような貧しい孤児をなくすべく、果ての見えない戦争を終結させるために動く。自身の魔法の始祖である光の聖守護獣(フォルスト)テレサに祝福を(たまわ)った後、代弁者であるオラクルと認められると、時に巧みな話術で、時にテレサの加護を受けた絶大な力でもって、国の関係を取り持ち、平和へと導くに(いた)ったのであった。以降、学校の援助もしてくれている国が統治国家となってからは、争いのない今のような情勢になったという。


「なるほど、その英雄伝説の発端の地だから記念碑があるわけか」


「そう。建物の白色は光の魔法カラー、青はオラクルの印である色なんだって」


「墓でもあるって言ってたよね? あそこに眠っているの?」


「国をまとめた後の消息が分かってないんだ。軽く百年は経ってるから、流石にね。――この話、卒業試験にもよく問題に出される程有名な話なんだ。『テラが少年時代を過ごした場所はどこでしょう?』とか、『最初に和平を持ち掛けた国はどこでしょう?』とかね。土産話にでも覚えておくといいよ」


「分かった。えっと、光の御子テラ・バークスと光の聖守護獣テレサ……」


 テレサ? 優兎は眉にシワを寄せた。


 三人は崖のふもとのような道を歩く。ここまで来ると、気丈に精神を保とうとしていた優兎の顔にも陰りが現れた。疲れた……。足が痛い……。

 アミダラはこの地にゼリィが多くいると言っていたが、今のところそれらしい魔物は見かけないし、生物すらも一匹として目にしていなかった。しかも、どういった場所にいるのかは聞いていない。当て所もなく探すのはえらく堪えた。


 やがてすぼまった場所を抜けると、広々とした平地へ出た。茂みが沢山あり、短く生え揃った雑草は風によって波打っている。


「随分と、ハア、開けた場所に出たね」


 優兎は(ひざ)をついて深呼吸する。しかし二人は無言で立ち止まっただけだ。返事を返してくれない。その四つの目は別のものを捕えていた。


「ん? どうしたの二人共」


「「……」」


「? 何か話して――」


「しっ! 静かにしろ優兎! あそこで何かが動いてるんだ」


「え、どこ!?」


「おいおい、そんなふうに動くなって。ほら、そこの茂みで囲まれているところだ」


 優兎はアッシュの指し示す方向をじっと見つめた。そこには確かにザッザッと草の上を進み行くものが見えた。


 三人はもっと近くでその生き物を観察しようと、手で合図を送った。なるべく屈むようにして進み、その場所から少し離れた茂みに身を隠す。そして葉の音でバレぬよう、慎重に、慎重に覗き込む。


(あっ!!)


 情報の通り、確かにそれはいた。小さくまるっこくて表面はプルプル。赤、紫、青の三種類がごちゃ混ぜになって、ゆったりとした速度で動き回っている。その姿はまるで――


「スライム!!」


「はあ?」


「スライムだよほら! あらゆるファンタジー作品、特にゲームの中では頻繁なんて次元じゃない、もはやノルマクラスで登場するモンスター! 名称や形は作品によって違うけど、不定形生物であることは同じ! 同じなんだけど、やたら弱いかやたら粘り強いかの二面性を持っているのに加え、末端であるそいつにいかな独創性を与えているかのこだわりようで全体の質をも(うかが)い知れるんだから、なかなか深みがあって面白いモンスターなんだよ! まあ大抵は物語の序盤に登場するから、初心者ならバトルのチュートリアル的なありがたい存在として、上級者ならシリーズ物をやっている安心感や前作との技術面の比較を楽しんだりと、もう幅広い層に愛されるわけなんだけど、その知名度の割に外国産の物語ではメジャーじゃないっぽいから、妖怪程日本に馴染みのないスライムがなぜここまで親しまれたのかは大体想像がつくわけで、そこもまた興味深いポイントと言うか〜……へえ! へえーっ! この世界にもいるんだなあっ!!」


 アッシュとジールは互いに何を言ってるんだ? と首を傾げたが、優兎は真剣そのものだ。ファンタジーオタクの心に火が着き、興奮している。


「とにかく、オレ達はようやっと見つけたってわけだ」


「近くで見るとホントにゼリーって見た目してるよね。ここに何匹いるんだろ?」


 ジールはゼリィの数をカウントし始めた。しかし二回目の試みに失敗してからは諦めたようだった。色は三種類あるにしても、目を離しているうちに動いてしまうからだ。


 優兎は名の知れた生物に出会えた感動と共に、その魅力にも目を奪われた。なぁんて可愛らしいのだろう!

 パッチリとした目に小さい口。手足はないが、一歩一歩と歩くたびにフルフルと揺れている。そんな愛くるしいゼリィ達の姿を見ていると、自然と顔がほころんでしまう。


(名称の通り、コンビニやスーパーに売ってるゼリーがそのまま歩いてるようなものだろうって当たりを付けてたけど、僕はなんて貧相な想像力の持ち主なんだろう! 可愛い! 可愛すぎる!! あんな可愛い生き物を回復アイテムにして食べるなんて、ましてや捕まえて材料にしなくちゃいけないなんて――ん?)


 ザイリョウ?


「ぅあ"あああああッ!!」


 優兎は両手で頬を引っ掻きながら大声を出してしまった。アッシュとジールはビクッとする。


「おいコラ優兎! 大声出すんじゃねえ! 逃げられるだろうが!」


「あああ、ああ、あ……ごめんなさい」


 正気に戻った優兎は二人に謝った。


 アミダラの家から持ち出してきた三つの(びん)に、これまた持ち出してきたロープを(くく)り付ける事で、三つの罠が完成した。ロープは外に放置されていたものだが、十分な強度は備わっている。赤い色の小さな粒が沢山ついた木の実を瓶の中に入れると、三人は作戦会議を開いた。


「よし、復習するぞ? まずはこの瓶をゼリイの群がってるところに放り込むんだったよな?」


「放り込んだらダメだよアニキ。瓶が割れちゃう。茂みの近くにそっと置けばいいと思う」


「そりゃそうだ。まあ割れない程度に忍ばせて、木の実に食いついたら、すかさずロープを引っ張る。そして(ふた)をすれば完了だったな」


「仲間が減ってるのに気付いたら、攻撃を仕掛けてくるかな……?」


「あれだけの数だぜ? 同じ顔ばっかりで判別なんかつかねえだろ」


「慎重にやるに越した事はないよ。警戒心の欠片も無さそうな見た目だけど、頭はいい方だって聞いてる。粘着質だったら、あの数をやり過ごせるかどうか」


「んなもんオレの火で――いや、やっぱ面倒事にはなりたくねえな。おし、じゃあ慎重に。優兎、特にお前は大声出さないよう気をつけろよ」


「う、うん。歯を食いしばっとく」


 作戦会議が終わると、三人は散って実行に移した。優兎は茂みの隙間から細腕(ほそうで)を活かして置くと、ロープを手に、慎重に後ずさりをしていった。そうして離れた場所に身を隠す。瓶の中に入ってくれば、振動で伝わるだろう。後はじっと待つばかり……。





 ピーヒョロロロロ……。


 遥か上空で鳥の鳴く声がする。先ほどからこの辺りを群れを成して旋回しているのだ。風の音も穏やかな大地の中、鳴き声はよく響く。


 群れが離れ、果てを目指しにゆく最中(さなか)、三人の学生はそこで宿題の為に粘っていた。


 とはいっても、三人ともダレていた。ゼリィ一匹捕まえるのに十分は経過している。一人はうとうとして、また一人はその場で寝転びながら、そしてもう一人は動ける範囲で虫眼鏡まで取り出して、植物の種を集めていた。一様にかなりそぞろになっている。


「パーンが三十八匹、パーンが三十九匹、パーンが四十匹……ああ、クロワッサンが仲間になりたそうにこちらを……あんぱんが四十一匹、サンドイッチが四十二匹……はい、ハムと卵でお願いします……」


 優兎はぶつぶつと呟きながら睡魔と戦っていた。


 こくりこくりと船を漕いでいると、ロープがかすかに動いたような気がした。うん? かかったのか?

 (まぶた)を擦り、茂みに隙間を作って目を向けると……いた! 中にはまだ入っていないが、興味は持っている様子。瓶をちょいちょいと動かし、赤い色のゼリィが木の実を見ている。巡ってきたチャンスを逃さぬよう、優兎は意識を集中させた。


(おお、おお……なんかいけそうかもしれない! あー、こうして見ると本当にかわい――いやいや、物語と現実を混同させてはいけない。外見はあんなふうでも、恐ろしく狂暴で強い魔物かもしれないし!)


 優兎は必死で自分に言い聞かせた。


 やがてそのゼリィは見るのを止め、ちいちゃな手のようなものを生やし、瓶の中へ伸ばし始めた。しかし割と深い瓶であるので届きそうもない。体を押し込めようとし始めると、優兎はあっ!と声に出す寸前で、手で口を押さえつけた。


(入っちゃダメだ! ……い、いいや、心を鬼にしないと! 心を鬼に……ああでも~!)


 やはり捕まえた後の末路を考えると、気持ちがぐらぐらと揺れ動いた。たかが宿題、されど宿題。宿題が何だ! こんな光景を目の辺りにしたら、忘れちゃいましたでやり過ごしたっていいじゃないか! ――と言いたいところだが、やっぱり忘れるわけにはいかない。アイテムの材料として許容されている弱肉強食の世界なのだ。


 頭の中で天使と悪魔が戦っている。自分はどうしたらいい?


 そんな事を考えているうちに、ゼリィがスルッと瓶の中に入ってきた。そして美味しそうに木の実をムシャムシャと食べ始める。


(今だッ!!)


 反射的に優兎は右手で素早くロープを引き――蓋を閉めた。

 悪魔が勝った。



――3・ゼリィを捕まえろ! 終――


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