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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【1・光の聖守護獣 編……第三章 宿題】
32/238

2・アミダラ①

「よお、優兎(ゆうと)


 ドアを叩いていたのはアッシュだった。隣りにジールもいる。

 優兎は二人に部屋に上がってもらった。二人は適当なところに座る。


「どうしたの? 突然」


「おう、()()()を渡しにきたぜ」


 アッシュはポケットに入れていた箱を優兎に渡した。開けてみると、それは一度校長に預けていたフォー・チャートの指輪であった。リングの内側には優兎の名前が魔法界語ムーヴ・ベイン・ネルゴで彫り込まれている。


「もっと時間かかると思ってたけど、もう出来たんだ!?」


 優兎は新たに手が加えられたその指輪をはめてみた。嬉しい気持ちは昨日と同じだが、フォー・チャートに浮かび上がったのは昨日の光景と違っていて、夕方の空に昇っていく太陽だった。ひょっとすると現在時刻に影響されているのかもしれない。沈まずに昇っていくというのが不思議なものだ。


「あれ? でもどうして僕の指輪を?」


「いやまあ、今日の一件で流石にヤベェと思ってな。校長のとこに寄ろうとしたら、バッタリ出会って、ちょうど出来上がったから持って行ってくれってな」


「そうだったんだ。わざわざありがとう」


「あとは宿題の件でもね。多分分かんないんじゃないかと思って」 とジール。


「合成ゼリィの事だね?」


「そうだ。どんなものなのか、どこに行けばあるのか知らないだろ? だからオレらがいいとこ教えてやろうと思ってな」 アッシュはニッとする。


 優兎は勿論乗っかった。今となっては、の話ではあるが、この瞬間、優兎は魔法界での生活二日目にして早くも外出する事が確定したのであった。


「決まりだな。明日の午前十時に校門のところに集合。〈アムニシア〉に行くぞ!」


「〈アムニシア〉って?」 優兎はジールに聞く。


「小さな町……というか、商店街みたいなところでさ。学校からも結構近いんだ。生徒もよく寄るような場所さ」


「〈アムニシア〉か。――あ! でも僕、お金をまったく持ってないんだけど……!」


 せっかく連れて行ってもらうのに、後で無一文と分かったらとんでもない恥をかかせてしまう。優兎は慌てて重要な情報を伝えた。二人はキョトンとする。


「お金? ――ああ、『リヲ』のことか? へーきへーき。確かに()()()()ならリヲがないとマズいが、オレらの知ってるとこはいらねえんだよ。()()を持ってくりゃあ、タダでアイテム作ってくれるし、タダで欲しいものもくれる」


 アッシュは「普通のお店」と「アレ」という言葉を何故か強調した。ジールはハッとして、アッシュにこそこそ耳打ちを始める。


「アニキアニキ、()()を探すのに優兎はいない方がいいんじゃないかな。なんか()()()()()じゃない?」


「……確かに。優兎の事だしな。二人でやるか」


「?」


 二人は聞こえないように話しているつもりかもしれないが、優兎には何を言っているのかハッキリと聞こえた。()()を探すとか、()()()なんて決めつけているけど、一体何をするつもりなのだろう?

 しかし、あえて追求はしないでおいた。優兎の事を考慮してのようだし、(じき)に分かるだろうと思った。





 翌日。今朝はきちんと目覚ましをセットしておいたので、遅れる事なく待ち合わせ場所に辿り着く事が出来た。


 アッシュとジールは先に来ていた。両手には木で出来た大きなカゴを持っている。中が見えないように布が被せられているが……何となくカゴがガタガタと揺れているように見えるのは、気のせいだろうか?


「よお。今日は時間通りに来たな。また遅れてくるんじゃないかって、賭けてたところだ」


「か、賭けないでよ! 昨日はたまたまやっちゃったけど、普段はそんなにルーズでもないんだ」


「だといいけどな。よし、行くか!」


 こうして三人は出発した。近場なので、魔法台は使わずに徒歩で向かう。


 校門の外に出ると、視界は道を挟んだ自然で埋め尽くされる。家の一軒や電柱の一本さえ見当たらないのは、優兎にとって物珍しかった。茶、赤、黄に色づく山々の中に、青やピンクといった見慣れない色も混じっているのが不思議だ。空にはトゥルニュケプトの群れ。寝転がったら心地良さそうな草原にも、綿毛の群叢(ぐんそう)が見える。野牛の頭や背中の上にトゥルニュケプトが乗っかっているのを見た時は笑った。名前の分からない生き物を見たり、自然の中を歩いていると、自分は異世界の只中にいるのだと、より強く感じる事が出来る。


 三人は会話を楽しみながら草原を歩いた。これから向かう町の事や優兎の故郷の話をした。優兎が魔法界に興味を抱いているのと同様に、二人にもこちらの世界に興味を持ってもらえるのは嬉しい。優兎は移動手段として、魔法台の代わりに使われている、自動車や自転車などの話をして聞かせた。


 さりげにカゴの中身も話題に挙げてみたが、「気にするな。それより――」と、話題を変えられてしまった。


 そうして歩いていると、その内町が見えてきて、人々の賑わう声が聞こえてきた。ネジが緩んでやや傾いた木の看板に目線を合わせると、魔法界語の羅列は〈商店街・アムニシア〉と読める単語に変わる。


 町に入ると、そこは事前に予想されていたモールの商店街や、道路を挟んだ場所ではなく、住宅地にお店があるという感じであった。整理された道にポン、ポン、と屋根の形や容相の異なる一戸建てが並んでいる。カラフルだが抑えめな色調がいい味わいを出しているお店の中に、新規開店して間もないのだろうな、と一目で分かるお店やワゴン、シートの上に座って客と談笑する商人もいた。


 二人から聞いていた話によると、一島(いちしま)にある商店街なので、そこまで規模は大きくないし、活気も控えめな方だという。優兎は一軒一軒よく見て行こうという意識を持って進んで行った。勿論、商品にも目を向ける。フォー・チャートとは違う、綺麗な宝石付きの指輪にアクセサリー。絵や模様が動く皿・ツボなどの骨董品(こっとうひん)……。ちょっと見ただけでは何に使うものなのか分からない商品もある。でこぼこしていたり、光沢があったり、吊るされていたり、色が鮮やかだったりと見た事のない形や色の野菜・果物には特に興味がそそられる。


 優兎があちこち見回している間、アッシュとジールは常にまっすぐ歩いていた。優兎が「あの店が二人の言っていた店なんじゃないかな?」と目星を付けた店という店も、次々と通り過ぎて行く。


(どこまで行くつもりなんだろう? そんなに奥まった場所にあるのかな)


 人々や生物の行き交う場所を離れ、ついには町を外れて森の前まで来てしまった。森の入り口には「危険」という木版がぶら下がったチェーンで塞がれているが、迷う事なくチェーンをまたいでいく。


 鳥の不穏な鳴き声、嫌に黒っぽくまとまっている植物や木の葉が風でさざめく音が響き渡る。


(こんなところにお店があるとは思えな――)


「着いたよ」


 ジールが口を開いた。優兎は「えっ!?」と目の前を見る。


 三人が辿り着いた場所は、薄いカーテンに周囲をバリケードされた小屋だった。


「着いた……って、ここがお店なの?」


「そうだ」「そうだよ」


 二人は同時に言う。しかし優兎は動揺を隠せなかった。お店という割には何も看板がないし、勿論客なんて一人も見当たらない。小屋の外には大鍋のようなものはあるし、カゴみたいなのが上からぶら下がっているしで、何かを作る場所であるところは示唆しているが……それ以前におっかない。


「まあ、百聞(ひゃくぶん)は一見に()かずだ。優兎、入ってみろよ」


 アッシュが言うと、ジールと目配せして二人揃ってニヤリと笑う。――な、何か嫌な予感が……。優兎は寒気がした。


 二人に催促されたので、優兎は渋々ドアを開けた。独特な薬品の匂いが香って来ると、その瞬間、奥から何かが飛び出してわさっと被さり、優兎は捕えられてしまった。


「うわあああああ!?」


 入り口から一気に暗闇の中に引きずられる優兎。やがて速度が落ちると、ふさふさとしたソファーにぶつかって止まった。上を見上げると、赤い炎を放つロウソクが宙に浮いている。一、二、三……八つだ。ふしゅーっと、何か生臭くて気分の悪くなる匂いが漂って来る。


 わけが分からず混乱していると、アッシュとジールが中に入ってきて、ドアの横にくっついていたランプを取り、掲げた。部屋の中が明るくなり、全貌が見えると、優兎の体は固まった。


 ソファー……じゃなくて、黒い体毛。


 ロウソク……じゃなくて、赤い小さな目玉。


 更に、頭胸部(とうきょうぶ)、大きく膨らんだ腹部、びっしりと毛で覆われた八本足は、鋭いかぎ爪のよう――その姿はまさに……。


 ――クモ――


「あぎゃあああああッ!!」


 優兎はありったけの声で叫んで、自身を覆うものから逃れようとした。ベタベタするし、絡まってて逃げ出せない! 糸かこれ!?

 そこらの動物よりも遥かにデカいタランチュラをまともに見て、また悲鳴を上げた。


「あー優兎、あんまジタバタするな。解放してやるから」


 アッシュが火で糸を焼き切ると、優兎は自由の身になった。


「かかか帰ろう! たべ、た、食べられちゃう!!」


 優兎は二人の後ろに隠れ、必死に訴える。


「ははっ、悪い悪い。お前にも洗礼を受けてもらおうと思ってな」 アッシュは笑った。


「優兎、奴はこの森の主アミダラだ。薬草なんかの調合を得意としてる」


 そしてこの場所が今日の目的地だと言う。優兎は「ええ!?」と驚いた。


「うるさいねえ、静かにしとくれよ。物音で目が覚めちまったじゃないか」


 前方から三~四十代くらいの女性の声が聞こえた。どうやらあのクモがしゃべっているらしい。のっそのっそと歩いてきたので、三人は小屋から外に出た。


「ああ……。この声、やっぱりあんた達かい。言っておくけど、この()はアタシのさね。やらないよ」


 餌……。優兎は青ざめた。


「タンマタンマ。こいつはユウト・テルアキっつって、オレの新しい子分だ。昨日入ったばっかなんだ。だからちょっとビックリさせようと思ったら、この有様よ」


 アッシュは言った。優兎はムッとして彼を睨んだ。


「まあ無理もないよ。俺だってアミダラと初めて会った時は小屋を飛び出しちゃったし」 ジールは苦笑い。


「オレは叫んでもいねえし、逃げてもいねえ」 アッシュは自慢げに言う。


「確かに逃げてはいなかったね。あんた、アタシを見るなり立ったまま気絶しちまうんだもの。エラルドタテハの産卵期で腹がいっぱいでなきゃ、どうなっていたことか」


 アミダラはケラケラ笑う。今度はアッシュがムッとする番だった。


 アミダラが笑った際、優兎は彼女の額(?)に魔法陣のマークがある事に気がついた。


「ジール、あれは何?」 優兎はマークを指差す。


「ん? あれは強力なまじないがかけられている印だよ。昔、アミダラは〈アムニシア〉で大暴れしていた過去があったらしくてね。アミダラを殺さず生かしておく代わりに、森からは出られないようになってるんだ」


「生物を対象にしたおまじないって、永久的じゃないよね。かけ直してるの?」


「彼女は無属性の魔法使いだから。余計に自分の魔力でかき消されにくいんだよ。アミダラ自身はもうそんな気ないってのにね」


「因みに、アタシの魔法は一つのものを二つにする『増殖』の魔法さ。町の連中はたまにアタシを頼って来るけど、クモのアタシにとっちゃ、エサを増やす事くらいさね。(ここ)から出られりゃ、まるっきり必要のないものになるだろうさ」


 アミダラはこうべを足れた。確かに彼女はおぞましい見た目をしているのだが、話を聞くと苦労している面が垣間見えて、優兎は同情を寄せると共に少しだけ心を開いた。

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