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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【1・光の聖守護獣 編……第三章 宿題】
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1・初めての授業①

(ここ、どこなんだろう)


 優兎(ゆうと)はいつの間にやら、見知らぬ建築物の中を彷徨っていた。白い床に白い柱と柵が立ち並び、通路の端には浅めの水路が引かれ、銀色の植物と樹木が伸びている。どこからともなく白い花びらが舞い散り、アトリウムのようなガラス張りの天井から温かな光が差し込むその場所は、まるで楽園のようだ。息を呑むような光景や見事な造形美に、優兎は心惹かれる。惹かれる……が、奥に進む程、肌が不気味で異様な空気を捕えた。この寒気の正体は何なのだろうか。


 体の発する危険信号に逆らって歩いていると、やがて美しい青の泉が広がる場所に辿り着いた。中央には屋根と柱で組んだガゼボの形をした建築物がある。


 屋根の下には大きな暗色の黒水晶が煌めく。黒水晶の中には、何かが閉じ込められているようだった。人の姿ではない。生き物――獣のようだった。


「あなたは、一体?」


 優兎は無意識のうちに問いかけていた。すると優しげで耳触りの良い声が返って来る。


『テレサ。皆はそう呼びます。ワタ……シ、は――』


 水晶の中は何も動いていないが、ゴホッゴホッと咳き込む声が聞こえた。心配した優兎は駆け寄ろうとしたが、泉の水に足を突っ込んだ途端、足先から不快感が駆け上がって来る感覚を味わう。


 優兎はすぐさま足を引っ込めた。そばへ寄る事はおろか、この場から先へ行けそうにない。


『――き……せき。奇跡の子よ。あなたと相見(あいまみ)える日を、心待ちにしています』


 その声を最後に、目の前は暗くなっていった。


 次に覚醒した時は、部屋には日が差し込んでいた。優兎はふかふかの布団の上に手足を広げている。格好は学校側から贈られた服装のままで、靴だけ脱ぎ捨てて、寝っ転がっている状態だ。


 着崩れた上着を正しながら、ぼんやりと記憶を(さかのぼ)り、肩をすくめる。


(また夢オチかあ。囚われの女の人……ヒト? が語りかけてくる夢を見るだなんて、僕らしいよな)


 とはいえ、自分好みの夢が見れたことに悪い気はしない。寝直(ねなお)したら続きが見れるだろうかと、再び布団に倒れ込むと、背中に違和感を覚えた。背中に敷かれたものを引っ張り出すと、それはしわの入った封筒。


(授業連絡の予定表……。そうか。僕、部屋に戻るなり、そのままベッドにダイブしたのか)


 授業連絡……けれど自分は何もせず寝てしまったわけで。ぼーっとしている頭でも、部屋の中には自然光が入り込んでいることは明確に分かる。


「待った。今何時だ?」


 優兎は飛び起きて掛け時計を見上げた。九時十分。確か、一時間目が始まるのは八時三十分だったはず。優兎の目がみるみる開かれていく。


 ……チコク?


「うわあああああッ!!」


 寝坊した事にようやく気付いた優兎は青ざめた。一時間目がとっくに始まってしまっている! 今日が生徒として学校に通う初日だってのに!!


 事態を重く受け止めた優兎は、大慌てで支度を始める。顔を洗ったり、教科書を紙袋から引っ張り出したり。朝食は抜くしかないだろう。

 髪の毛が寝ぐせで跳ねていても仕方ない。優兎は封筒と、机に入れる為の教科書全部を抱えて、教室(倉庫)へと急いだ。


 教室のドアの前に立った優兎は、先生から怒声を浴びる覚悟を決めて、中に入る。「遅れてすみませんでした!」と、教室内に響き渡るような大声を出した。

 当然、そこには生徒四人全員が集まっていた。


「よう優兎! まさか初日から遅れてやってくるとはな」


 軽い調子でアッシュが言う。


「でもセーフだよ。俺達、一時間目は自由時間だし」


「へ?」


 ジールに言われて教卓の方を見ると、そこには誰も立っていなかった。


「一年から三年までは授業やってるけど、残留組や俺達の日程は、こういう空き時間も普通にあるわけ」


「そうだったんだ」


「うにゅう、空き時間じゃなくて、自主学習の時間でしょう? もうっ!」


 ミントは教科書を手に、口を尖らせる。


「授業がなくても勉強はするものよ。晴れて生徒になったのだから、優ちゃんも次は気をつけないとよ」


「肝に銘じます……」


 優兎はとりあえず席に座り、教科書を机の中に仕舞い込んだ。


「えっと、自主学習って教科書読むだけでも良いのかな?」


「カルラちゃんみたいに読書でもいいのよ。娯楽雑誌とか、ある程度外れてなければね」


「物語の本は?」


「ものによるけど……学校の図書館にあるものなら大目に見てもらえるんじゃないかしら」


「おいおい優兎、お前結構真面目な奴だな」


「あんたは学校を何だと思ってるのよ」


 ミントの視線の先にいるアッシュは、何もせず、ただ机の上でブラブラ足を揺らしているだけだった。ジールは魔物図鑑を広げて、木の魔法を巧みに操り、魔物の絵そっくりのものを製作している。魔法を学ぶ学校であるので、ジールのやっている事も自主学習のうちに入ると思われた。


「ああ、そうだな。確かに暇だ」


「アニキ、バリアの自主練でもやったら? 火属性の欠点を補えたらかっこいいと思うんだけど」


「面倒くせえ~練習するって行為そのものが。――んん? バリアか。優兎、お前魔法の扱いについては素人だよな?」


「え?」 優兎は教科書のページをめくっていた手を止める。「そ、そうだね。昨日なんかそれでケガしちゃったし」


「んじゃ、俺は第二子分に魔法でも教えてやろうかな」


 アッシュは床に降り立つと、教卓の手前まで来いと手招きした。優兎はどの教科書から手を付けるべきか悩んでいたので、素直に従う。


「あーら、アッシュにしては良い事言うじゃない。尤も、教える才能があるのか疑問だけれど」


 ミントがちゃかす。アッシュは睨んだが、言い返さずに、黒板に大きく人間……のような絵を描く。


「お前、魔法の属性は光で合ってるか?」


「うん。校長先生にそう言われた」


「よし。なら、手始めに攻撃の魔法といくか。――まあ、簡単なことだ。自分の魔法によってどうなって欲しいのかを思い浮かべるだけでいい。例えば……そうだな、ここにいる()をやっつけたいと考えたとしよう」


「アッシュ!」


「冗談だっつーの。じゃあ、ここにある鉛筆をぶっ壊したいと考えたとする。標的を確認して、魔法をどういうふうに放ちたいか想像する。一直線に発射したいとか、地面から沸き立つように出現させたいとかだな。頭で考えた事は指令として、体の中にある魔力と結びついて発動する仕組みになってる」


 アッシュが鉛筆に手の平を向けると、鉛筆は着火して燃え上がった。優兎は拍手する。つまり、回復の魔法と大筋は同じということかな? と興味深そうに目の前の炎を見つめた。


「攻撃魔法の発動を止める場合は、なんもしないで放っときゃあいい。意志から切り離された魔法はそのうち勝手に消えちまう」


「昨日、カルラちゃんが大量の水でアッシュ達の魔法を中断させたのがいい例よね」


「ああ! あれか」


「納得するなコラ! とにかく、こんなところだろうな」


「ありがとう。分かりやすかったし、勉強になったよ」


 優兎が褒めると、アッシュは「そうだろ、そうだろ」とちょっと照れ笑いしながら、黒板に書いた絵をスポンジのようなもので消す。


「うにゅう、アタシとしては四十点くらいね。いろいろと言い忘れている事があるわ。()()()()()に魔力が反応するから、他人の体から魔法を発動させる事は出来ないし、攻撃したって外すこともある。標的が遠すぎてもいけないわ。当てる事は不可能ではないけど、射程距離というのが大体個人で決まっていて、領域を越えると当てるまでの維持に負担が伸し掛かって、よっぽどの手足れでないと難しいのよ。あと、不当な攻撃は当然罰せられるってことと、更に細かく言えば――」


「だーーっ! 何だよ、さっきからうっせーな! そんなにごちゃごちゃ言うなら、今度はお前が防御の仕方について教えてみろよ!」


 アッシュは教卓の上を叩いた。


「いいわよ。それじゃあ、カルラちゃん手伝ってくれる?」


 ミントがそう言うと、カルラは承知の意思を示すように本を閉じた。席を立って、一緒に黒板の前へ移動する。アッシュは自分の席に戻って腕を組んだ。


「さてと、防御魔法バリアのやり方を教えるわね。これも、出すだけならそんなに難しいわけじゃないのよ。よく見ててね」


 小声でカルラに指令を送ると、彼女は手を突き出して精神を集中させた。青い魔法陣が広がると、カルラの足元から水が沸き出してくる。突き出した手を下から上へ動かすと、水は連動するようにカルラを包み初め、彼女は外側が透き通った水に覆われたドームに、完全に包まれた。


「こんなふうに、自分の身を守る行動のことをバリアというの。自分を取り囲むイメージをしたり、攻撃の威力を落とす壁を思い描くの。指や手の動きと合わせるとやりやすいのよ。アタシもイメージが湧きやすいから、手をよく使うわ」


 ミントが合図すると、カルラは人差し指をくいと動かしてバリアを張り、二つ目のバリアは大きく片手を振って右から左に壁を成形させた。カルラの前には薄い膜のような壁と、波のように打ち上がった壁の二種のバリアが出現している。どのように出現させ、どのように守るかは、その場の判断や好みだと説明する。


「火みたいな、バリアを張る事を不得意とする属性もいるけど、光の魔法は問題ないわ。バリアは自分だけじゃなくて、相手や物体も対象に出来る。延々と発動出来るわけじゃないわよ? バリアも魔力を消耗するものだから、出しっ放しは疲れちゃうのよ。あくまで一時的な防護策ってわけね。強度に関しては、防御が得意な水や氷タイプの魔法と違って、光の魔法は願いの力で変わるから、気圧(けお)されないこと。無理だと判断したなら、無茶はせず次の手を考えること」


 再度合図すると、カルラは一方を虫を払うような動作で、もう一方を握りつぶす動作でバリアを消し去った。放っておくのも手ではあるが、強制的に消し去る指令と行動を取ることで、消費を抑えられると同時に、攻防の切り替えがスムーズになるのだとか。攻撃の時と違って、命を守ろうというのが無意識に働いてしまう為である。鮮やかなパフォーマンスに、優兎は「おおー」と感嘆の声を漏らした。


「それから、これはバリアに限った事じゃないけど、属性には相性があるの。これ以上説明すると頭がこんがらがってしまうでしょうから、ここまでで留めておくけど、まずは自分の魔法が何に強く、何に弱いか、どういった事ができるのかっていうのを知っておくのが大切なのよ」


「なるほど……」


 目の前で行われた非現実と解説の合わせ技に、すっかり感心してしまった優兎。その目はキラキラと輝いていた。


「フフフ、どう? アッシュ。素直に褒めてくれたって良いのよ」


 自信ありげに言うミント。カルラは役目が終わると、静かに読書を再開。アッシュはふーむと唸った。


「二十点だな」


「ちょーっとぉ! なんでよ! アタシがあんたに付けた点数より低いじゃない! どこに不満があるって言うのよ!」


「話が長い」


「これでも一生懸命短くまとめたつもりなのよ! だから(はぶ)いたところもあるんじゃない!」


「それを説明してんのがミントだからな。そこにマイナス七十九点」


「どういう意味よ!」


「そういう意味だよ」


「ムキーッ!!」


 ミントは毛を逆立てて怒った。両手が紫色に輝く。


「わああっ! ミント、落ち着いて! 僕は良かったと思うよ!」


 優兎は慌てて止めに入った。昨日のような騒ぎを起こしてはいけない!


 その思いが通じたのか、ミントは輝きを引っ込めた。アッシュにべーっと舌を出した後に、席へ戻る。優兎はホッと息をついた。


「ねえ、解説や実演も大事だけど、実際にやらせた方がいいんじゃない?」


 ジールは腕の上に(あご)乗せし、出来上がった木像をツンツンしながら言った。アッシュとミントはジールの方を見る。


「それもそうだな、派手に魔法撃てる割にはへったくそだし。ジール、何か(まと)になるもん即興で作れるか?」


「嫌だ」


「ん~、何か机にいらねえものでも入ってねえか――おっ! こないだの宿題のプリントじゃねえか! こんなとこにあったか」


 アッシュはぐっしゃぐしゃになったプリントを手にすると、教卓の上に置いた。


「優兎、これに攻撃してみろよ」


 言われて、優兎は頷いた。他の三人の視線も集まる。

 優兎は紙の上に手をかざした。昨日は失敗してしまったけど、今は魔力もすっかり回復しているはずだ。今度こそ!


 やる気に応じるように、指先から強い光が溢れ出した――

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