5・踏んだり蹴ったり③
校長に別れを継げた後、優兎は自室へと戻ってきた。掛け時計の時刻は五時を過ぎていた。優兎はよろよろとベッドへ歩いて行き、腰掛けて一息。ハァー。
カサッ!
乾いた音。ベッドに腰掛けた際、布団が何かに当たって倒してしまったようだ。
見ると、そこにあったのは、校長が置いて行った紙袋。――そうだ。そう言えば、部屋に戻った時に見てくれと言われていたんだっけ。優兎は紙袋を持ち上げ、ひざの上に乗せる。そして中を覗いてみた。
(これは……)
一つ目の紙袋には事前に言っていた手紙に、ちょっと曲がったのも入っている、天然み溢れる木の鉛筆四本の入った文具セット、教科書数冊。二つ目には服が入っていた。全く同じものがセットになっている状態で四つ、そして冬用のものか、ローブが二着。優兎は紙袋の中から服のセットを取り出して、ベッドの上に並べてみた。
何と表現したらいいものか……とりあえず、地球上では見かけた事がない。上着となりそうな服は白でまとまっていて、フードがついている。冬用コートのように丈がいくらか長い。その他に半ズボン、黒い靴下と手袋に、同じく黒のノースリーブも一緒に入っていた。故郷だと浮きそうな組み合わせであるが、着方自体は難しくないと思われる。ローブは手触りのいいもので、背中に校章が入れられていた。
(服の大部分は、その人が扱う魔法カラーっていうふうに決まってるのかな?)
優兎は上着の白に着目した。同じように、赤い色の魔法陣を出していたアッシュは赤いベスト、緑色の魔法陣を出していたジールは緑系統の服と小物が目立った。他のクラスメート二人もそんな感じだ。まあ、考えてみれば、魔法を専門とする学校において、色で判断がつきやすいというのは割と重要なのかもしれない。今の自分の身に付けている白い半袖シャツに黄土色のカーディガン、赤紫色のズボンという格好では、一体何の魔法を使うのやら判断がつきにくいだろう。
早速優兎は衣装替えをすることにした。うーん、白とアクセントとなる黒が生えて、案外いいかもしれない。上が単調である分、ロゴの入った靴がちょうどいいとも思える。服のサイズも問題ない。
元から着ていた服とスペアの服、ローブをクローゼットに仕舞うと、優兎は手紙も入っていた事を思い出した。紙袋から取り出し、封を切って読んでみる。
『衣装の方は気に入ってくれたかな? 違和感をなくす為、この世界に留まっている間は、こちらの世界の服を身に付けておいた方がいい。それから名前を書くのを忘れずに。洗濯物として返す場合に重要となる。サイズが合わなかったり思うところがあった場合は衣装部屋を案内するので、一度連絡を』
「なるほどなるほど……うん、服はこのままで十分かな。着やすいし、センスも自信ないもんなあ。――あれ? もう一つ封筒が入ってる」
先ほどのよりもちょっと大きめで、膨らみのある封筒だった。開けてみると、学校生活における案内が一冊のファイルにまとめられて入っていた。
ペラペラとめくっていくと、スケジュール表に目がついた。
〈(光)(地)(風)(火)(金)の平日スケジュール〉
朝の5時~9時までに、各自食堂で朝食
8時30分~9時20分に一時間目
9時30分~10時20分に二時間目
10時30分~11時20分に三時間目
11時30分~12時20分に四時間目
※それぞれ授業の合間に10分の休憩を挟む。
12時20分~13時30分まで各自昼食休憩(五時間目への準備時間も含む)
13時30分~14時20分に五時間目
14時30分~15時20分に六時間目。授業終了
※それぞれ授業の合間に10分の休憩を挟む。
18時~21時までに、各自食堂で夕食
23時以降、消灯
〈(風)(闇)(氷)の休日スケジュール〉
朝の5時~9時までに、各自食堂で朝食
11時~14時まで各自昼食
18時~21時までに、各自食堂で夕食
23時以降、消灯
〈一週間の呼び方についての補足〉
光耀日
地耀日
風耀日/月によって休日
火耀日
金耀日
闇耀日/休日
氷耀日/休日
スケジュール表には曜日について新たに書き足した部分がある。優兎向けに書き込んでくれたらしい。
ファイルの中には他にも、部屋に備え付けられたものの説明、廃棄物や洗濯物の出し方、校外・校内の手紙の出し方、欠席時の連絡方法、校内の施設案内……など、詳細に書かれた紙も入っていたので、一通り目を通す。これらを読んでいると、学校の生徒として認められたのだと実感がわいてきて、わくわくしてくる。こういう身の引き締まるような感覚は何年ぶりだろう!
最後に優兎は、きちんと読んでおくべきであろう規則や注意事項についての記述に目を通した。
『一・教師や従業員、学び舎の仲間には挨拶をすること。校外へ出る際も例外ではない。
二・始業のベルが鳴る前には着席していること。
三・基底を満たせば普段着やその他衣類の持ち込みは自由だが、指摘されない程度に身だしなみは整えること。来訪者がいつ見えてもいいよう心掛けること。
四・教師の話にはきちんと耳を傾け、指摘された場合には正すこと。従業員にも感謝の意を持って接すること。
五・校内にあるもの・施設の備品は大切に扱うこと。事故による過ちは直ちに教師へ報告を。悪質な破損行為や窃盗などには、相応の罰が与えられるものとする。――』
五の項目で優兎の心臓がドキッとする。あの倉庫組のボロボロの教室はどうなんだろうなあ……? と、ふと考えてしまった。
まあ、原則はこうと決まっているだけで、多少大目に見られている部分もあるのだろう。優兎は続きを読んでいった。
『――八・魔法で相手に迷惑をかけたり、苦痛を与えてはならない。トレーニングホール使用の際も程度はわきまえること。悪意ある行為と判断された場合は、相応の罰が与えられるものとする。
九・休日以外は、基本的に校外へ外出はしないこと。諸事情による場合は受付で外出届けを提出し、許可を得ること。
十・ゴミはきちんとゴミ箱の中へ捨てること。汚してしまった場合は速やかに掃除や片付けを行うこと。
十一・新入生や新任教師・従業員を迎える時、記念日には事前に連絡か校内放送を流すので、夕食時には食堂へ集合すること。
十二・六時頃にブザーが――』
そこまで読んでいると、「ビーーーーッ!」というくぐもった機会音が耳に届いた。恐らく部屋の外だ。
何だろうと思い、優兎は確認しに廊下へ出た。キョロキョロと見渡していると、突き当たりの右手通路の壁についた赤ランプが点滅していた。それを認めた直後、赤ランプより上にある筒から白い色をした何かが大量に出てきた。――こっちに向かってきている!?
「うわっ! なんだこ――うわあああああっ!?」
優兎はあっという間に白い物体に囲まれてしまった。バサバサと羽ばたき音を立てて、過ぎ去って行く。優兎の体にもいくらかぶつかって、じたばたもがいているのを見ると、ギョッとした。鳥だ! それも紙で出来ている!!
体を横に向けて解放してやると、紙の鳥はすいーっと飛んで行った。優兎が追いかけると、誰かの部屋のドアの前にそれは止まり、変形してドアに取り付けられている箱の中に入り込んだ。
(封筒みたいな形に姿を変えたように見えたな……ひょっとして、さっきのは手紙だったのか?)
優兎はハッとして、手にしていたファイルの注意事項の続きを読んだ。
『――十二・六時頃にブザーが鳴ったら部屋から出ない、もしくはしゃがむこと。一斉に授業連絡の手紙が放たれるので注意すること。』
「あー……これかあ」
優兎は部屋に戻った。額が少しヒリヒリする。そのままバスルーム手前の流し台へ向かい、鏡に向かって前髪を掻き揚げると、赤い線が引かれていた。血が小さな玉粒のようになって垂れてこようとしている。手紙に囲まれた際に当たって切ってしまったようだ。
(大した事はないけど、これは確かに危ないなあ。絆創膏貼っておこうかな?)
薬箱に入っていた気がする。鞄の方へ向かう前に、優兎はハンカチを流し台の水で濡らして傷口に当てた。
(魔法界にも絆創膏ってあるのかな。大抵の事は魔法で何とか出来そうだけど――って、そうだ! 僕も回復の魔法が使えるじゃないか!)
優兎はちゅん子を治した時の事を思い出した。
ただ若干気がかりなのは、使おうと思って使った試しはなかったこと。これまで二回発動させたが、一度目はとにかくちゅん子に助かって欲しいという切羽詰まった状況で、二度目は知らず知らずのうちに発動していた。
(ちょっと心配だな。けどまあ、ちゅん子を治す時に言われた事を思い出せばいけるはず)
鏡の前の自分を見て、優兎は額に手を当てる。――手の平に暖かい光を感じた。優兎はそっと手を離した。
額の赤い線はそのままだった。
(あれ? 治って……ない?)
優兎は鏡に顔を近づけた。どこからどう見ても治っている様子はない。
(? もう一度やってみよう)
今度は目を閉じて、集中力を高める。ポッと手の平が暖かくなって、消え去った感覚を味わう。優兎は瞼を開いて身を乗り出した。
(あれ!? 嘘だ! なんで!?)
優兎は深呼吸して三度目、四度目にも挑戦した。しかしどんなに自身を見つめても、赤い線は消えていなかった。どころかハンカチで抑えるのを止めてしまっているので、また血が滲んできていた。
優兎はハンカチで血と、次いで汗も拭う。魔法が発動している感覚はあるのに、どうして? なぜ治らない?? 綺麗に傷口が閉じていくイメージもした。願いも込めた。破れた皮膚の再生や血が固まっていく綿密なイメージでもしろというのだろうか? ……いや、校長の話によれば、願いが強ければ専門的な知識も関係なく魔法でカバー出来るはずなのだ。校長にも褒められるくらいには実力が備わっているはずなのに、何で、今、出来ない!?
(何か忘れている事はないか? 校長先生の言葉を思い出せ! 思い出せ!!)
呼吸音も不穏だったちゅん子を完全復活させるくらいの事をやってのけたのに、些細な傷ごときも治せないのが余計に焦りを募らせた。太陽を直に見て残像を生み出すのと同じように、優兎はじっと傷口を見つめ、ハッキリ頭に思い浮かべられる状態で臨むことにした。色や形状、どれぐらいの長さの傷であるのかもインプットしてから、目を閉じる。
(落ち着け……僕なら出来る!)
すーはーと息を吐いて、集中。――しかし、あまりに力み過ぎた事がいけなかった。治れ!という純粋な気持ちにイライラや恨めしいといった負の雑念も多く混ざってしまったのだ。
結果、回復魔法は攻撃魔法へと変換されてしまった。切り傷に重なるようにして、ビッと更に大きい傷が刻まれてしまった。
「うぎゃあああああッ!?」
新たな傷から、血がだらりと流れた。優兎は真っ青だ。どうにか止めたいものだが、こんな状況で冷静になどなれるはずもなく、パニックの方が勝ってしまった。
(どうしようどうしようどうしようどうしよう~~~ッ!!)
諦めてハンカチで抑えるものの、これで収まるとは思えない。だが自分ではどうする事も出来なかった。
――5・踏んだり蹴ったり 終――




