表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【4・金昏の遺産 編(後編)】
237/238

2・現状報告劇①


 魔法界にも、「虫の知らせ」という慣用句がある。

 一般的には「何かが起こる気がする」、「何となくこっちを選ぶと良い事があるかも」などと、勘や経験則が現れる事を指すらしいが、魔法界の場合は、「アメトンボ」という虫を見かける事も含まれていた。不吉の象徴と吹聴されるカラスや黒猫とは少し異なり、どちらかといえば雨が近い事を知らせるツバメに近いものであるが、雨が降る事の「良い面」と「悪い面」を抜き出した結果、その言葉は生まれたのだ。


 休校が明けた初日。校庭の花壇周りでは、黒と水色の腹を持つトンボが飛び交う光景が見られた。彼らは降雨によって飛行速度が低下する前に、食料となる虫を探しているのだ。


 だが、事件があった直後の学校で彼らが飛び交う姿は、子供達の心象を非常に悪くしてしまう。それでなくとも、午後の授業の予定が避難訓練についての説明に置き換わってしまった状況。初回の実地訓練が行われるまでに不安要素を取り払うべく、二十人のエルゥ達は噴水を境に、玄関前と校門前の二班に分かれて、虫取り網と虫かごをぶら下げて出動していた。

 浮遊の魔法も活用しつつ、勤勉にアメトンボを捕まえていく仕事人達。捕まえたものは、雨の日でない時まで面倒を見るつもりだ。


 と、その時、柵付近で網を振り回していた一人のエルゥが、二階の隅部屋のカーテンが閉まっている事に気が付いた。黒目をぱちくりとさせ、産毛の生えた頭をポリポリと掻く。あそこは倉庫組の教室だが、今は午前中だ。他の組同様、一時間目の授業をやっているはずで、カーテンが閉められるような時間ではないだろうに……――


 ――まあ、クラスがクラスだ。授業をサボって、何かおかしな事でもやっているのだろう。若いながらも務めて二年経つそのエルゥは、あまり気に留めない事にした。




「時系列順に事件を整理しよう!」


 カーテンが閉められた暗がりの中、壇上に二階から紐で吊るされた電球がスルスルと下りてくる。電球のスポットライトを浴びたアッシュは、『ユウト・テルアキ誘拐事件の全貌』と書かれた黒板を背に、ストーリーテラーのような語り口調で、卓上前の呆れ顔をした客席に向かって話し始めた。


「事が起こったのは、オレ達が優兎とかいう、()()()()()()()()()()の変態野郎と出会う前だ」


()()()()()()()()も捨てがたいなあ~」


「うっせえ! 素性を隠したナタリアは、仲間を連れて地球(ローディア)へ飛び、優兎を攫おうと企んだ。何の為だか言ってみろ、優兎(ゆうと)


「ノズァークという老人の元に連れて行く為だって言ってた。救世主なんだって。……ああ、今思うと、()()()()もう一人の仲間は魔族だったかもしれない。水飲み場を簡単に壊すのは人間業じゃないし、言葉もちょっと拙い印象だった」


 壇上で椅子に座った優兎は、暗がりからこちらへやってきた、フード付きローブを着込んだ二人組の一人を指差した。魔族に扮したジールだ。丸太で作った缶下駄(かんげた)で、体を大きく見せている。その隣りにいるナタリア役はシフォンだ。校長役として髭とシルクハットを再現したベリィが登場するまで、シフォンは丸めた紙で優兎をパコンパコン攻撃しまくっていた。


「誘拐事件は、校長の飛び入り参加によって未遂に終わったわけだな。その後優兎は、何か体調が悪いから治そうってんで、この学校に来たと」


「風邪程度だと思ってる?」優兎はアッシュに突っ込む。


「リブラ先生の元で授業をやりながら、暫くの間は平和な日々が続く。だが――」


「〈シャロット〉の洞窟で黒服の女の子にも狙われた事が抜けてる」


「誘拐事件の失敗で手を引いたかに思われていたナタリアは、次の手を考えていた! 奴は大胆にも、学校の潜入を試みたのだ!」


 横やりを無視したアッシュの語りと同時進行で、舞台上では寸劇が行われる。リブラになりきる為、ぐるぐる鼻眼鏡をかけ、髪を三つ編みに結っていたシフォンは、再びナタリア役を務める為に髪を解き、背中にマント代わりの布生地をはためかせる。シフォンはキノコカチューシャを付けた副校長役のジールをやっつけると、「舐めんじゃねえぞコラ!」と反抗期真っ只中な青少年ばりに客席を睨みつけた。


 省略。敷地内に忍び込んだナタリアは、身分を偽って白昼堂々と学校を調べ回るような挙動をしていた。だが、キャロル達の活躍によって誤魔化しきれなくなってしまった為、予定を早め、再び優兎に接触。高いリスクを冒してまでノズァークの元に連れて行こうとしていたにも関わらず、優兎に断られるや否や、あっさり身を引いたのだった。おしまい。


「解説はいいとして、妙に凝った寸劇は何なのよアッシュ。普通に説明するんじゃあダメだったの?」


 エンディング演出の紙切れが舞うのを仰ぎ見ながら、客席に座っていたミントは意見する。彼女の横には、無表情でパチパチ手を叩くカルラの姿があった。


「今から予行練習しとけば、いつでも下の学年のチビ共に劇を披露出来るぜ。有意義な時間だろ?」


「ジールちゃんの顔を見てご覧なさい。十歳くらい年取ったみたいになってるわよ」


「冗談はともかく、共有しておきたい新情報はこんなところだ。茶番は終いだが、実際はまだ解決してねえよな、多分。優兎に近付いてきた不審者の人数からして、一人二人の規模じゃねえもんな」


 小道具の撤去や後片付けが行われる中、アッシュはうーむと唸る。事実、キャロルはナタリアが「期限は三か月後」と呟いていたのを耳にしていたのだ。動力源が揃っている機械室の立ち入りに加えて、校内地図に印を付けてまで綿密な探索をしていたのだから、侵入者が去っただけでは安心出来るはずもなく……。


 とはいえ、優兎は事情説明の際に、キャロル経由で聞いた怪しい行動も全て伝えていたので、学校側も周知の状態にある。トップ2が意識不明にされる程の事態として重く受け止めており、警備用の魔物を増員したり、〈ルーウェン〉から兵士の協力を要請するなどして、残った教職員達は子供達を守る為に頑張ろうとしている。留守中の校長にも手紙を出したので、今後は更に厳しく取り締まる事になるだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ