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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【4・金昏の遺産 編(後編)】
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1・マッド・トレーニング②

 

 だが、六匹目の蝶を倒しに行く中途半端なタイミングで、ユニ式シャトルランの片鱗(へんりん)が滲み出してきた。霧の蝶が周辺の水を吸い上げてブクブク泡立つと、蝶だったものは水の(かたまり)で出来た金魚へと変わる。


 唐突な変更は、ユニが飽きたというサインだ。無色透明の水に目玉や尻尾、鱗の凹凸(おうとつ)がしっかりと見て取れ、非現実的で優美な遊泳姿に目を奪われたのも束の間。金魚の口から、小さい体の容量にそぐわない水が大量噴出され、優兎(ゆうと)は押し流された。


「わぷっ! オゲエッ! ペッ! ぺエッ!」


 水気の無くなった地面に転がされる優兎。真っ向から食らって、水を飲んでしまった。涙目になって、口端や鼻から流れ出るのは、みそ汁すらゲテモノ調理してしまう創造主が作り出した水。そりゃあ胃酸が上がってきたような反応にもなろう。


泥水(おすい)の神! ゲロ(みず)守護神(ガーディアン)! 水の国の民にこんなヘドロ飲ませて、恥ずかしくないのか! 薬どころか毒しか生まない、いんちきユニコーーンッ!」


 何で出来ているか分かったもんじゃない、見た目だけ清水な汚水を浴び続ければ、修行以前に健康被害を(こうむ)りそうだ。生命の危機を感じた優兎は、プライドを傷つける勢いで罵倒しまくった。相手に面白みを感じる隙を与えてはならない。

 ラッキーな事に、今回はすんなりと優兎の意見が通った。罵倒の後、金魚の口からはちゃんとした水が排出されるようになっていたのだ。どこかの学校の、雨ざらしになったプールからでも調達してきたのだろう。()や枯れ葉まみれになりながらも、塩素(えんそ)の匂いが染み付いたまともな味を感じて、優兎は「やれば出来るじゃないか」と密かに満足した。


 これで集中して敵と相対する事が出来るようになったわけだが、近付くと鉄砲水を飛ばしてくる為、問題が一つ解決したところで容易ではなかった。ぬるついた水に足を取られると、体勢を立て直すのに時間がかかって、バックの挿入曲に追いつかれてしまいそうになる。


 悩んだ優兎は、バリアとの両立を導き出した。噴射の寸前に金魚の頬が膨らんだのを見極めてから、棒に付与している魔法の半分をバリアに回し、剣の先端で金魚を突く。イメージは傘だ。中心軸が木の棒、湾曲したバリアと、石突(いしづ)きが剣になっている傘。これが自分より格上の霧夜なら、バリアを張ったそばから剣に作り直す、なんて芸当も軽くこなしてしまうのだろう。淡々と、着実に追い詰めてくる挿入曲に足掻くだけで精一杯な優兎に、そんな器用な事は出来なかった。


 金魚への対処もこなれてきたところで、三度目の変動がやってきた。突き攻撃の為に踏み込んだ足を中心に、地面に穴が広がっていき、雲が散らばった朝焼け空の只中に放り込まれる。


「うわあああああッ! 落ちるうううううッ!」


 全身で風を受け、息つく暇もないくらいのスピードで落下していく優兎。どこまでも広大で底なしの大空は、とても遊び半分に創作されたものだとは思えなくて、呑気(のんき)に絶景であると浸る気にはなれない。

 更に追い打ちをかけるように、バサバサと乾いた音を立てる何者かが、集団となってこちらに迫ってきた。気が付けば、海の中を行き交う魚群の中に飛び込んでしまったかのような、なす術のない状況下に追い込まれる。薄目を開いていくと、日差しに濡れた枯れ葉が視界にちらついた。散らばるカラフルな枯れ葉の中に、黒コショウみたいな目と枯れ葉で作られた翼を広げた鳥が、優兎をぐるりと取り巻いているのが見える。どうやら次のターゲットは鳥類らしい。


「か、数が! 痛っ! 多すぎる! 全部対峙しろって事なのか!? うわっ、危ない! つつかないで!」


 葉のくちばしで、体のあちこちをついばまれる優兎。その凶暴性は、弱いと見なした者に絡んでくるカラスを思わせた。腕をかすめていったり、頭を突いてきたり、攻撃されると命取りな首や心臓付近まで狙ってくるのが容赦ない。

 それでも、風の唸りや羽ばたき音に紛れて例のメロディーが運ばれてきているので、かろうじて修行としての(てい)を保っている事が(うかが)い知れた。忘れ物だとばかりに、ぐるぐると旋回してきた木の棒がごちん! と後頭部に突っ込んできた事で、やはりそうなのだと確信する。


(といっても、これ、どこがゴールラインに設定されてるんだ!? 体の自由が利かないっていうのに!)


 本来のシャトルランとかけ離れすぎていて、ユニの意図が読めない。人殺しはしない主義らしいので、失敗の果てに地面に叩きつけるようなマネはしないと信じたいが……。不慣れな空中でバタバタもがいている間に、メロディーは折り返し地点に到達してしまった。――まずい! 何か行動を起こさなければ!

 優兎は恐怖で集中力を乱しながらも、両腕で抱きしめている棒を何とか剣の形にして、枯れ葉のカラス達に向けて振り回した。だが、やたらめたら振り回してみても、このやり方が正しいという確証が得られなかった。枯れ葉に刃が当たっている感触がなく、するりと葉と葉の間を通り抜けていってしまうのだ。


 何の目処も立たぬまま、タイムリミットはすぐそばまで。後がなくなった優兎は、解けかけていた剣の魔法を解除した。


(しっかりしろ! 走れないこの状況でやれる事は、目の前の敵を退治する事だけ! 失敗して僕が死んじゃっても、それは全部ユニの監督責任だ!)


 責任転嫁する事によって失敗に対する荷が少し軽くなると、優兎は「即席・ウィンドカッター!」と叫んで、自分を中心に攻撃を放った。厳密には風属性ではないのだが、ミントが編み出す範囲魔法を手本にカラス達の元へ送り込むと、辺りにパッと枯れ葉が散った。その中に、「ギャアアッ!」と悲惨な断末魔が混じっていたのが印象に残った。


(あれだ! 一羽だけ、実態のある個体が混ざってたんだ! そいつを倒せば――うわああっ!?)


 攻略の糸口を掴み、ホッとしたのも束の間だった。体がふわりと浮かび上がり、今度は上に向かってふっ飛ばされた。足を使わない代わりに、体の自由を奪って弄ぶつもりらしいのだが、わざわざ赴かずとも敵の方から寄って来てくれるので、対処自体は簡単だった。風に乗りつつ、実態のあるカラスを探すだけ。瞼を閉じて目が回るのを軽減しながら、枯れ葉の集合体に斬り込んでいく。パリパリに乾いた枯れ葉の山を散らしたみたいな感触に当たると、風向きがまた変わった。


(コツが掴めてきたぞ。変にバランスを取ろうともがくから、(かえ)ってうまくいかなくなる。風に身を任せればいいんだ)


 自分がどうなっても大丈夫。好きにしてくれ、という思考に至り、動揺していた心が静まってくると、次第に風に乗る事が気持ちよくなってきた。カラス退治を繰り返すうち、倒すべき対象は自分を攻撃してこないといった絞り込みも出来るようになる。


(いける! 無茶苦茶なステージに放り込まれても、主催者の目的が暇つぶしである限り、一定の安全性は保障されるとみた! 命の心配がなければ、怖いものなしだ!)


 真っ二つに切り開いたカラスから、日の光が差し込む。その先に見えた澄み切った景色に、優兎は初めて綺麗だと息を呑んだ。

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