5・踏んだり蹴ったり①
とりあえず生徒になる許しを得るには、先に校長に話を通さねばならないので、リブラは校長の所在を他の先生に尋ねた。すると、どこかに出掛けているという情報を入手。そこでリブラは校長宛に、手紙を書く事にした。
優兎は返事をもらうまでの間、大人しく部屋で待っていようと決め、魔法台を経由して六階へ戻る。と、少し離れた先に見知った背格好をした人物が歩いているのを目撃した。
「あれ? 校長先生!」
「おお、優兎君か。数時間ぶりじゃの」
優兎の姿を認めた校長は、にっこりと笑った。手には紙袋を二つぶら下げている。
「ちょうど、君の部屋に向かっている最中じゃった。グッドタイミングじゃの」
「僕に用事? なんですか?」
走ってきた優兎は息を切らせて言う。
「ふむ、君にとって必要になりそうなものを持って来たんじゃ」
「そうなんですか。実は、僕も校長先生に話があるんです」
「ほう? まあ、廊下で話し込むのもなんじゃ、部屋に入らせてもらっても?」
「は、はい。どうぞ」
優兎はポケットから鍵を取り出して、招き入れた。
部屋に入ると、校長は「して、話とは何かな?」と、優兎の用件を優先してくれた。優兎は逸る心音をかき消すように、ごくんと唾を飲み込む。
「あの、あの……っ! ダメだって遠回しに言われた事は覚えているんです。でも僕、どうしても諦めきれなくって――」
優兎はぎゅっと拳に力を入れた。
「――僕を、この学校の生徒にして下さい!」
「構わんよ」
「この世界にいる間だけでいいんです! どうか僕を……へ?」
言葉が吹っ飛ぶ程の衝撃だった。優兎は唖然とした様子で校長を見た。
「いやはや、遅かれ早かれこう言われるんじゃないかと思ってな。電車の中で会話を交わした時、えも言われぬ熱意があったからのう。優兎君の意志を汲んで下さるあのご両親なら、好きにさせてやって欲しいと言うに違いない」
校長はニッと歯を見せた。
「という事で、先ほど許可を貰ってきたところじゃ。国王には理解を得るため、君の境遇を正直に話してしもうた。すまない」
「そんな、いいんです! 僕の希望が通るのなら、尾ひれでも翼でもハンバーガーセットにポテトでも何でもつけて、思いっきり利用して下さい!」
「ほっほっほ、よう分からんわい。まあ、後は君が応えさえすれば、正式に生徒になる。意見も聞かずに勝手に進めてはいかんと思ってな」
「いえ、いえ……っ! ありがたいです! よろしくお願いします!」
優兎はありったけの声で礼を言った。リブラ先生の言う通り、本当にとんとんで進むなんて!と感激していた。
「では早速、入学祝いみたいなものでも贈ろうかのう」
ジャケットの右ポケットから、細長くて深いブラウン色の箱を取り出した。金具を外し、中身が露わになる。箱の中に入っていたのは、クリアな透明度を持つ指輪だった。これといった宝石や飾りもなく、つるっとしたリング部分のみ。二列に別れた形で、合計十個。スポンジのようなものにすっぽりと収まっている。
寄って観察してみると、それらは金属やプラスチックなどではなく、石から出来ているようだった。
「これはな、『フォー・チャート』という石で、魔法を発動させる時に、魔力を余分に放出させぬよう抑える働きをする」 校長が説明し始める。「主に、魔法を使い慣れていない者が身につける代物じゃ。初めのうちは、魔力をどれだけ消費していいのか感覚が掴めないものじゃからのう。消費が激しすぎると、最悪死んでしまう事もある」
「死ぬ!?」
「待て待て、極言じゃよ。誰だって一日中寝ずに動けば、くたびれて倒れてしまうじゃろう。それと同じじゃわい。これ以上危険だと思えば本能的に分かる。ただ、魔力は体力以上に疲労するのが早いからのう」
「なるほど。それでこういった節制するものが必要になってくるんですね」
RPGゲームで言うならば、一発放つたびに五ポイント消費だとか、コストのかかるMPと同等と見れば良いのだろうか? と理解出来そうなものに置き換えて考える優兎。
「他の学校では、ネックレスの形にしたり、ブローチの形にしたり様々なんじゃがな。我が校では指輪の形にしておる。――では、フォー・チャート達にアピールをしてもらうかの」
「アピール?」
「そうじゃ。フォー・チャートは意志を持った、生きた石での。自分の持ち主となる相手に相応しいかどうか判断するのじゃ。うまが合わないと、フォー・チャートは力を貸してくれない。しかし、意志があるから適量に調整してくれるとも言う。ここの学生も、わしも、みんなが経験している事じゃよ」
校長はトントンと箱の端を叩いた。
「さて、よいかな? 三、二、一でアピールするんじゃぞ」
三……二……一!
しーん……。
何も起こらない。指輪は光りもしなければ動こうともしない。全くの無反応だ。
校長は首を傾げ、もう一度トライ。しかし依然として変わらなかった。
「おかしいのう。普段は二つ三つくらいは光り輝いて、自分を選んでほしいとアピールするんじゃが……ううむ、偽物というわけでもないようじゃ」
指輪を一つ一つ取り出して調べる校長。一連の流れに、優兎は焦りを覚えた。どうして自分を選んでくれないのだろう? 何か気を悪くするような事でもしでかしただろうか? そんな疑問が次々に浮かんでくる。
「仕方ない。優兎君、もっとたくさんフォー・チャートが置いてある部屋へ行こう。そこでなら必ず君を選んでくれるものが現れるはずじゃ」
校長は箱を閉じてポケットに仕舞った。そして今まで腕に下げていた紙袋を、ベッドの脇に立てかけた状態で置く。
「戻った時に見てくれ。中に手紙も入っておる。――さあ行くぞ」
校長はドアを開け、部屋の外へ出た。優兎も急いで後を追う。……今度こそ、自分を選んでくれる指輪が見つかりますようにと願いながら。




