9・小さき者達の調査⑦
ところが、ここでまさかの大チャンスが訪れる。ナタリアは鉄格子の施錠やレバーの操作といった目先の事に気を取られてしまったのか、なんと持ち物をラックに置きっぱなしにしたまま、動力室を出て行ったのだ!
鍵束から鍵を外して使用していたのも幸いだったかもしれない。あまりにも自然にスルーしていったので、キャロルとベリィはぽかんとして顔を見合わせた。こんな事があるのか? 動いちゃっていいのか? と、お互いの動向を探り合っていたのだが、暗闇の中でじっとしていると、動力室の鍵を閉めて去って行くのが聞こえた。
「天の助けだわ! きっとアタシの日頃の頑張りの賜物ね! プルプル、明りを付けて!」
レバーの在りかを示す微光を頼りに、キャロルはベリィを壁に張り付かせる。レバーの操作はベリィ一匹で事足りた。再び室内が明るくなると、キャロルはラックまですっ飛び、降り立った。地図の上に置かれている鍵束を調べる。輪っかに通された鍵はざっと十数個はある。すべて同じような形状で、棒のデコボコ部分だけが違っていた。
合鍵の把握も重要だが、こちらはそこそこに留める。キャロルが一番知りたいのは地図の中身だ。重量のある鍵束から、小さな両手を伸ばして上向きに地図を引っ張り出すと、解放された時の勢いがついて、キャロルは空中に投げ出され、地図がふわりと床に落ちた。
頭を叩いて、無理やり意識をはっきりさせるキャロル。その時、なぜかふっと部屋の明りが消えてしまった。
真っ暗で何も見えない。キャロルは「あんた何やってるのよ!」とベリィを一喝するが、動力室のドアが開いた事によって、ベリィがどうしてレバーを下げたのか、自ずと理由が分かってしまった。
希望をぶら下げておきながら、光の早さで引き返してくるだなんて、キャロルの願いを聞き入れたかに思えた神様は、底意地の悪い白鬼だろうか? 動力室に戻る羽目になったナタリアは、ぶつくさ文句を垂れながらレバーを上げる。明りがつくと、キャロルはあっ! と口元を抑え、狼狽えた。床に地図が落っこちている!
(お願い! 風の仕業だと思って! ここには誰もいないの! お願いだから見逃してっ!)
ラックの上に置いてある工具箱の裏で、キャロルは指を絡めて祈った。
ギィッと鉄格子が開く。ナタリアは床に落ちた地図を見つけると、足を止めた。
(どうしてあんなところに地図があるのかね。風か?)
ナタリアはラックに近付き、鍵束を手に取る。……妙だ。地図が下に落ちているという事は、自分は鍵束の上に地図を置いた事になる。大して考えもせずにやった行動ではあるが、普通は地図を下にして、重い鍵束を文鎮代わりにするのではないだろうか?
ラックの上にうっすら積もったホコリにも目を向ける。横並びに置いたという可能性もあったのだが、まじまじ見てみると、そこに地図を置いたとされる形跡や、滑り落ちた時に出来るはずの痕跡はなかった。
(滑り落ちたんじゃないなら、上に飛んだ? 折り目のついた地図が? ドアを閉めた時に、そこまでの強風が流れ込んだっていうのかい?)
他に考えられるのは、ナタリア以外の誰かが来たという線だ。だが侵入したのはこっちであるので、企てがないなら「誰かいるのか?」とか何とか声を掛けるはず。現時点でそれがないという事は……?
深読みの説が濃厚であるが、考えた末に懐から小さな球を取り出すと、地図の方向に転がした。誰かが自分を怪しんで付けて来た可能性を潰す為だ。ナタリア自身に尾行されている自覚はなかったが、派手に校内を彷徨いた手前、ないとも断言出来なかった。
シュボッ! 球から白煙が上がると、一気に噴出する。キャロルは音にビクッとした。
「そこにいるのは分かってるよ。さっさと出てこないと死ぬよ」
ナタリアはハッタリを掛けた。薄ぼんやりとした疑惑を解消するには、動力室という場所は都合が悪すぎるし、自身を巻き込みかねない狭い空間で命を奪う手段を使うわけがない。そんな事は考えれば分かるはずだが、果して煙に実害があった場合に、冷静な判断が出来るだろうか。
ナタリアはドアの前まで退いて、鉄格子から誰かが飛び出してくるのを待つ。煙がラックの上の方にまで到達すると、キャロルは慌てて工具箱の元を離れた。
彼女は術中にハマり、すっかりそれを死の煙だと思い込んでしまっていた。出来るだけ触れぬよう、右も左も知れない白煙の中を飛ぶ。どうにか球から離れ、鉄格子の外へ出ようとするも、目前で体に異常が現れ、ずるずると降下。通路のど真ん中で床に座り込んでしまった。
(体が痺れて、羽が動かせない……!)
気孔に煙が染み込んでしまって、力を入れようとすると反って失われていく。それでも羽を一生懸命動かそうとするも、びくともせずに体に伸し掛かってきた。本体が壊れない限り死ぬ事はないが、飛べなくなるというのもまた、植霊族にとっては緩やかな死に繋がる。落石に巻き込まれた同類を見捨てるしかなかった事や、大気中の魔力だけでは足りずに干涸びてしまった者を、キャロルは幾度も見て来た。
(アタシ、ここで死んじゃうの? ララちゃんに会えてないのに……!)
煙の中にぼんやりとご主人様の幻影を見て、キャロルは手を伸ばしながらがっくりと倒れた。
一方、ナタリアはいつまで経っても鉄格子から飛び出す気配がない事に溜息を吐いていた。やはり気のせいだったのだろうか? と、白煙が薄れた頃を見計らい、堂々と鉄格子の向こう側へ突入する。
痺れ玉の効果で指先がピリピリし出すも、ナタリアには大したダメージではない。キャロルが倒れていたはずの場所を突っ切って、奥まで確認しに行った。道中、体を大きく膨らませたベリィとすれ違ったのだが、人間を想定していたので、足元まで気が回らなかった。
――9・小さき者達の調査 終――




