9・小さき者達の調査⑥
兎にも角にも、二匹は遅れて六階に到着。非常階段の出入り口からそう遠くない場所にて、ナタリアを発見する。
ナタリアはとあるドアの前に立っていた。左右の確認を取っている事から、どうやら中に入ろうとしているようだが、二匹にとってそこは慣れ親しんだ特別な場所だったので、ひどく衝撃を受けた。
「ウソ! あそこってゆーとの部屋じゃない! どうして!?」
ベリィ達に持ち家というものはなかったが、気軽に他人が足を踏み入れる場所ではない事くらいは分かっていた。アッシュかジールの部屋に呼ばれるばかりで、仲の良いクラスメートでさえもそこに入った試しがないのに、そこまで関係も良好でないナタリアが、今、ノブに手を掛けようとしている。
当然、部屋主が不在なので鍵は空いていない……はずなのだが、ナタリアは合鍵を用意していて、あっさりと突破してしまった。看過出来ない事態にいても立ってもいられず、二匹は付いて行く。
部屋に侵入したナタリアは、目につくドアを開け、内装を一見しながら奥へ進む。ベッドや机のあるスペースに行き着くと、床一面に開きっぱなしの辞書やレポート用紙が散乱していた。机の上まで地震が起こったのかと錯覚するような有り様で、女性のお客さんにはとても見せられない光景だ。ナタリアは「うわ」と言いたげな顔をしているが、果して原因が自分にあると想像出来るだろうか。
下手に動き回ると侵入した事がバレてしまうと捉えたのか、ナタリアは通路で立ち往生していた。本と本の隙間に足を置こうとするも、先の踏み場に迷って諦める。散らかった部屋が、反って不法侵入の防止として作用しているらしい。ゴミ箱の影で息をひそめていた二匹は一安心した。このまま何もせず去ってくれればいいのだが。
しかし、ナタリアがとある本に目をつけると、表情が変わった。
「ジョブェル出版の古書……? 何でここにこんなものが?」
手にしたのは、楽馬から借りていたンヤ語の書物だった。優兎には何が書かれているのかさっぱりで、お手上げ状態だったのだが、宿題として提出を求めただけあって、ナタリアは普通に読めた。文字をなぞる目線が忙しなく動いている。
やがて彼女は何を思ったのか、勝手にその一冊を持ち出して部屋を出て行った。侵入の形跡を残さぬよう努めていたふうに見えたが、その本に限っては例外だったらしい。
魔法台経由で屋上へ行ったと思えば、着火装置を使って、なんと火をつけたのだ。
「何て事するのよ! 本が燃えちゃうっ!」
メラメラと炎が広がって行くのを目の当たりにして、キャロルは出入り口から飛び出しそうになった。ベリィがダメだと羽を引っ張ったので、寸でのところで留まったが。火をつけた当事者は着火した時点で気が済んだのか、今は第一動力室の前で合鍵を探している。だが、この開けた屋上で消化に走ったら最後、遅かれ早かれ不審がられてしまうに違いなかった。
燃やす程の理由があるのに、炭の色に染まって行くのを指をくわえて眺める事しか出来ないなんて。仕方なく、二匹は一旦本を放置して、動力室に入って行くナタリアを追った。内部は入ってすぐのところが鉄格子で封鎖されており、向こう側には長さや太さの異なる鉄管や大型機械がぼんやりと見られた。稼働中である為、入り口からでも駆動音が届き、充満したホコリと錆の匂いが鼻に来る。
鉄格子が設置されているあたり、誰彼構わず入って良い場所ではない事は明白だ。にも関わらず、ベリィ達が来た時にはすでに鉄格子の扉は開いていて、靴の音がどんどん遠ざかって行くのが分かった。
ホコリを被った修理道具などを置いたラックを見やると、そこにはナタリアの持ち物と思しき鍵束や折り畳まれた地図が一緒になって置かれていた。要所要所にスポットライトのように取り付けられた、明りのレバーを操作した時に置いたと見られる。階段での出来事を思い出したキャロルは、持ち主がいない今が地図を盗み見るチャンスだと思った。
しかし、ラックの元へ飛んで行こうと踏み切ったタイミングで、暗がりから靴音がこちらへ近付いて来るのが耳に届く。なんともどかしい。行き止まりまで進んですぐに戻って来たという感じだ。
(ああもうっ! あそこにあの女の秘密が隠されているかもしれないのに!)
都合良く地図をなくしたと勘違いしてくれないだろうか。それはそれで淡々と好き勝手する奴の慌てぶりを拝む事が出来そうで愉快だと思ったが、キャロルは悔しい気持ちを胸に押し込めてUターンした。




