9・小さき者達の調査④
ミント達の助けを経て入手した有力情報により、元の大きさに戻ったベリィと、なぜかヘロヘロ状態になっているキャロルが落ち合うと、三階へ急いだ。廊下側から聞こえて来た複数の声を頼りに向かうと、部屋割りボードの手前でナタリアの姿を確認。十歳そこらの生徒六人からなるグループ相手に、へこへこしている様子が窺えた。
付近のトイレの入り口を隠れ場所としつつ、こっそり目と耳を研ぎ澄ませる。拾った内容から推測するに、新顔が道中迷っていたのを見かねたといったところだろうか。「ほら、地図にも書いてあるでしょ」とか、「お姉さん真面目そうなのに、意外とおっちょこちょいなんだね」と、呆れられているのがうっすらと聞こえた。言いたい放題されている本人は「面目ない」と苦々しげに笑っている。
「あれがゆーとをイジメている張本人なの? ちっちゃい子とも親しげにしてて、悪い奴には見えないけど」
キャロルは目の前の光景に対して呟く。一方でベリィはキャロルを見ながら、「ちっちゃい子」と発言した事について引っ掛かったような素振りを見せた。
ペシッ! キャロルがベリィを引っぱたくと、ナタリアが移動を開始した。生徒らと離れたナタリアの表情は先ほどとは打って変わって、うるさい厄介者が去ったと言わんばかりの辟易としたものであり、キャロルをギョッとさせた。生徒の見えないところで、そんな顔をするだなんて。自分が大切に思っているララちゃんは彼らよりも小さい子だったので、ナタリアの態度は評価をひっくり返すのに充分であった。
「どうやらプルプルの言ってた事は正しかったみたいね。いけ好かない女だわ! 見失う前に追うわよ!」
キャロルとベリィはナタリアを尾行した。どこに寄るわけでもなく、淡々と歩いてドアの前を通り過ぎて行く。たまに自室へ戻っていく生徒と遭遇し、挨拶を交わす事もあるが、腰の剣に触れる機会もなく、そのまま一周。部屋割りボードまで戻って来ると、魔法台に乗り、「四階へ」と言って消え去った。
「四階って言ってたわよね? 急いでアタシ達も向かうわよ!」
二匹は一階へ下りた時と同様の手段で突入した。見つけたナタリアに付いて行くと、今回も一周しただけで大した動きは見られなかった。ひたすら直進し、生徒が話しかければ挨拶をする。それだけ。教師の勤めとして、校内の見回りを任されているのだろうか?
だが、五階で少しばかり行動に変化が見られた。廊下を二周したのだ。三階から五階までは同じ構造であるのに、なぜ二度も巡回する必要があったのだろう? 二匹は揃って不思議に思う。
その後、ナタリアは一階へ下りて職員室へ向かって行った。キャロルは人影に紛れてマーキングの粉を振り掛けて来ると、魔法台に置いて来たベリィと合流する。
「きも~ち多めに掛けて来たわ! これで次からは、いちいち誰かを頼りにしなくても済むわよ」
あーつっかれた! と階段の手すりに寝そべるキャロル。探し人がご主人様ではなく、殆ど素性の知れない人物だった為か、いつにも増して疲労が堪ったようだ。
「ま、アタシの手に掛かればこんなもんよね。アタシったら、この道何百年の大大だーいベテランなのよ。学校を拠点に活動するのが確定してる時点で、ハードルが低いもの。ゆーとの問題なんかパーッと解決よ。ラクショーよラクショー」
もう既に仕事が終わったかのような調子で、自分がいかに優れているかを並べ立てるキャロル。その間、ベリィはずっと考え事をしていた。無視されていると感じたキャロルは膨れっ面になって「ちょっと! アタシの話聞いてるの!?」と手すりの下を覗く。
ベリィは五階で見た謎行動の意味を思案していたようだ。キャロルが同じ場所を二回探したくなる時はどんな時か、ベリィは手振りで尋ねた。
「気分じゃないの? 何となくそうしたいって思う時とか、ちょっと時間を置いたら何か変わってるかもって期待する事はあるわよ」
外の散歩でもないのに? ベリィは大大大ベテランの話をもっと聞きたがった。
「気になるものを見かけた時もそうね。と言っても、ちょっと戻ればいいのに、意地悪女は迷わず一周してたから、この線は微妙かもだけど。――他に考えられるのは……邪魔な鳥や獣なんかがその場からいなくなってた時……?」
口にした瞬間、ハッとする顔が同時に見られた。
その頃、職員室に戻ったナタリアは、雑然と散らかった用紙に囲まれながら作業をしていた。
デスクの右側に置いたテスト用紙に赤でバツを付け、時折左側に置いた校内地図に文字や記号を書き込んで行く。後者は自分用の分かりやすい地図を作っているように見受けられるが、用紙や肘で覆いかぶされて、まるで他人に見られたくないといった様子である。
職員が付近を通過するたびに肘を動かすのであれば、こんなところで作業しなくてもいいだろうに。しかしながら、彼女にも事情があるようだ。地図に書き入れる手がピタッと止まると、それまで黙々とこなしていたのに、一気に散漫になった様子で溜息を吐いた。
(書き直しだ。これは流石に修正が利かないね。まったく、物覚えが悪くて嫌になるよ!)
物覚えが悪い、という言葉が出て来て、尚腹が立って来るナタリア。昨日だったか、教員の一人にある人物に似ていると笑われ、癪に障ったのを思い出したのだった。普段通りに歩いていたはずなのに、蹴つまずいて花壇に思いっきり頭を突っ込んだ時の事だ。
(違う! あたしはナタリアだ! 冷静になれ、冷静に……!)
気を紛らわせる為に一杯やりたい気分だ。近場に嗜好品の類いがない事にまたイライラして、爪で机を叩き出す。憂さ晴らしをしていると、徐々に熱が冷めて行った。
その時、ナタリアの髪の一部が独りでにするりと持ち上がった。
振り返ると、だらしない笑みを浮かべた新米教師のキャシィがそこにいた。彼女が自分に近付いてくるのは勘付いていたが、そのまま背後を通り過ぎると思っていたのに。髪の毛を触られた事で意表を突かれたナタリアは、ガタッと足をデスクにぶつけてしまった。
「へへへへへ、ナタリアちゃん、綺麗な髪がホコリっぽくなってますよ。叩いてあげるから、動かないで」
「……元とは言え、私は戦士の身。人の頭に触れるなど、迂闊な行動はしないでいただきたい」
反動で危うく剣を抜くところであった、と心の中で付け足す。怖いもの知らずのキャシィはササッと髪から肩にかけて払い、満足すると、頭をボリボリ掻きながら行ってしまった。
ナタリアは人知れず舌打ちする。余計なお節介を、とは思うのだが、とはいえ彼女の残した言葉は無視出来なかった。長い髪に指を通して、落とし切れなかった金の粉がキラキラ輝いているのを見ると、眉のしわを深めた。




