4・リブラ先生②
授業時間がちょうど終了したので、リブラは優兎に、一度職員室で話そうという提案をした。アッシュ達は別の先生の授業があるために、優兎に味方する事は出来ない。しかし、決断したのは優兎だ。優兎はアッシュ達に別れを告げると、リブラの横に並んで歩いて行く。
「このクラスの生徒にって言っていたけれど、どこか別のクラスの子なのかしらぁ?」
「いいえ、僕はどこのクラスでもありません。この学校に置いてもらっているだけです」
リブラは話し方同様に、歩く速度ものんびりだった。移動の為に忙しなく動く生徒達と比較すると、自分達はスローモーションになる魔法でもかけられているかのよう。
「うう~ん、私の独断で、生徒ではない子に授業を受けさせるわけにもいかないのね~。教科書代や設備の使用費とか、先生達のお給料とかいろいろややこしくなってしまうものねぇ」
「国からの援助で誰でも受けられると聞いてましたけど……」
「その前に正式に生徒と認められなくっちゃねぇ。優兎君はまだ認められていない段階なのよぉ」
「た、確かに」
「そう言えば~、生徒でないあなたがどうしてこの学校にいるのか、聞いていなかったわねぇ。お家はどこ?」
「僕、魔法界の出身ではなくて、地球からやってきたんです。校長先生に連れられて」
「あらあらぁ」
一旦立ち止まると、リブラは興味深そうに優兎を見――ようとして、眼鏡が落っこちた。
優兎は拾い上げて渡した後、アッシュ達の前で説明した話と同じような事を聞かせた。
「そうだったの、それでこの学校にね~。何だか大変だったのねぇ。でも、校長先生が噛んでいらっしゃるのなら、ひょっとしたらスムーズに許可を貰う事ができるかもしれないわぁ」
「だと、いいんですけど。……ちょっと自信なくなってきちゃいました」
もうすでに、直々に忠告されている身である。人となりから、話し合いの余地は残っていそうだと見ているものの、優兎を預かる校長側としては、何事もなく平穏無事に過ごしてほしいと考えているはず。おまけに両親に心配されていたというのもある。優兎の「魔法界へ行きたい!」という一声がなければ、両親の懸念を取り払うのにはもっと時間が掛かっていたはずなのだ。
魔法学校の生徒になるという事は、与り知らぬところで魔法を使用する可能性があるという事。別の誰かと接する機会も増える。衝突も考えられる。普通に過ごすよりもリスクを増やす事になるのだ。
「うふふふ」
沈んだ表情を露わにしていると、リブラは笑った。
「そんなに暗い顔しなくていいのよぉ。きっと大丈夫。何たって、私がここで先生として働く事を許されてるんだもの~」
「あ、え、そんな……」
思わず納得の声を上げるところだった。
「先生は、あのクラスの担任教師なのですか?」
「担任……う~ん、正確には違うのだけれど、事実上そうなってしまっているわねぇ。うふふ。ここに勤め始めた頃は、他の先生達同様にいろんなクラスで教えていたのだけれど、遅刻や失敗が多くて~。あのクラスが出来てからは、人前に出ても恥ずかしくないよう経験を積ませてもらっているのぉ。他の生徒達よりも在学歴が長いから、とても参考になるのよねぇ。わんわんの関係ね? わんわん」
(Win-Winの関係、かな?)
両手を丸めて言うリブラに、優兎はそのポーズもどちらかと言えば猫の方なんじゃないかと思ったのだが、いろいろ聞き流しておく事にした。
「みんなから残留……在学歴の話は聞いてます。でも、どうしてここに居続けているんでしょうか?」
「ん~、クラスが出来た後に私は移ったんだものねぇ。校長先生が生徒達の意志を汲んでまとめたそうだから、校長先生は知っているんでしょうけどぉ……私は気にしない事にしているわぁ」
「そうですか」
「というか、考えた事なかったわねぇ。何でなんでしょうね~ふふふ」
「……」
優兎とリブラは魔法台に乗って飛んだ。「一階へ~♪」なんて音符マークの飛んでいそうな口調で、果して反応してくれるのだろうかと一瞬考えたが、問題はなかった。
時間を掛けて職員室に入ると、図書館の個人席のように仕切られて並んでいる内の一席、リブラの机に案内され――彼女の机はメモ用紙がベタベタ貼ってあるので、遠目からでも分かりやすい――、イスを持って来て隣り合わせに座った。
「……」
「……」
「うふふ。ここに来るまでに、話したい事終わっちゃったみたい」
「……そうですね」
——4・リブラ先生 終——




