9・小さき者達の調査③
その頃、部屋を抜け出したベリィとキャロルはというと。「助けてえっ! 殺されるーーっ!」と、優兎が悲鳴を上げているとも知らず、六階の廊下をこそこそと移動していた。魔法台からまっすぐ自室へ戻って行く通行者をやり過ごし、魔法台の冷たい床に降り立つ。
「ほんとーに、意地悪女の身辺調査が優兎の為になるんでしょうねえ~? このアタシを騙して、サプライズプレゼントを贈る為に調査するのが目的とかだったら、あんたの事、伸ばしに伸ばしてハンモックにしてやるんだから!」
キャロルの疑わしげな問い掛けに、ベリィは頷きを返す。二匹はナタリアが校内で主にどういった行動をしているのか調べようとしていた。ナタリアを追い出そうと策略するのは最良ではない。それならばと、ベリィは優兎含むクラスメート達が疑問に思っていた事を解決してあげようと持ち掛けたのだ。心配性の優兎が知れば真っ青になって飛んで来るだろうが、一応両者共にある程度の校内構造は把握している。かくれんぼ遊びが役に立つ時だ。
「まずは意地悪女を探し出して、マーキングを成功させる事が第一ミッションってわけね。この機械に乗れば、びゅーんと別の階に飛べちゃうのね?」
『そこの、くるくる回るの』『青色に変わったら』『「一階へ!」って叫ぶ』『職員室へ向かおう』
ベリィは声を出せないので、回転する球体を指差す動作を交えながら、何とかキャロルに使い方を教えようとする。だが、ジェスチャーだけでは魔法台の使い方がうまく伝わらなかった。球体は状態確認の装置に過ぎないのに、彼女はこれを起動スイッチだと思い込んでしまったらしい。どこを押せばいいのかで頭がいっぱいになってしまっている。
そもそもな話、魔法台はもっと大きな体格の生物が使用する事が前提であって、はっきりとした「言葉」や生体反応等に加え、一定の重量も起動条件に含まれている。声を持たないベリィと体重のほぼないキャロルが扱うのは無理だったのだ。
「ムキーッ! この役立たずのポンコツっ! うんともすんとも反応しないじゃないのっ! もーいいわ、こんなのに頼らなくったって、壁抜けで外から入ってやるわよっ!」
キャロルは愛想のない装置に蹴りを入れると、ベリィの両腕を引っ張って飛び、近場にあったドアに魔法陣を貼付けた。
余程腹が立っていたのだろうか。ドアを通り抜けた後、わざわざ魔法陣の中に戻って、装置に対し、大きく息を吸って「ブーーーッ!」とリップロールで煽り出す。ベリィは陣から突き出た尻を見ながら、相方がこんなので目的を果たせるのだろうかと、ちょっと不安になった。
「あんた、この前よりデブになったんじゃない? 重たいんだけど!」などと文句が飛びつつ、二匹は一階まで下り、人目を忍んで職員室へと潜り込んだ。猛烈な疲労でバテたキャロルを置き去りに、ベリィは単独で棚をよじ上り、ナタリアがいないか注視する。その場から、それらしい人物は見当たらない。横並びになった棚から棚へとどんどん渡って行くものの、やはりベリィの見慣れた顔はいないようだった。
せっかく苦労して下りて来たので、一階中を見て回ろうと決断するベリィ。相方を急き立てると、ベリィは四匹に分裂して廊下を中心に、キャロルは部屋を中心にといった具合に、双方の得意とする方法で捜索する事にした。
廊下の端をうろうろしたり、足が必要であれば、他者の着衣にくっついたりして大胆に行動するベリィ。その内、分裂した一匹が、図書館から出て来たミントとカルラを発見した。自身が何をやっているのか、うまく伝えられそうになかったので、一度は見過ごそうと考える。だがその直後、何となくどこかで優兎が滅茶苦茶転げ回っているような、絶叫するビジョンが直感として脳裏に浮かんで来たので、ベリィは意を決して二人に近付いて行った。
幸いにも、四等分サイズの小さな存在に二人は気付いてくれた。獣人が反応するよりも先に、カルラが怯えてミントの背後に隠れる方が早かったのが意外であったが。
「ベリィちゃんじゃない。どうしたの?」
しゃがんで、通常状態より小さくなっている事を不思議そうに眺めるミント。そこでベリィは肝心な事を忘れていたと、ハッとした。しまった! ナタリアの顔を作るのに、体の容量が足りない!
ベリィは知恵を絞って、書くものが欲しいと、棒の形を手元に作った。理解したミントはカルラに断りを入れると、受け取った鉛筆を手渡してくれた。
「『ナタリア』、『場所』……『探す』? 『探している』?? 優ちゃんがピンチなの?」
現在進行で酷い目に遭っているのは間違い無いが、その事をベリィは知らない。違う、と頭を振った。
「安心したわ。単純に先生を探しているだけなのね。――先生を最後に見かけたのは午前中だったけれど、日も沈んでいない事だし、職員室にでもいるんじゃないかしら」
ミントが言うと、ベリィは再び頭を振り、不在であった旨を伝えた。
「行動が早いのね。それなら、他の先生方に所在を尋ねてみましょうか」
ミントは腕を伸ばすと、ベリィを肩に乗せてあげた。動作に合わせるようにして、カルラがサッとミントの反対側に回ったのがちょっと愉快だ。
二人に出会ったおかげで、一歩前進した気がする。ベリィは襟元に身を隠して、一息入れた。
さて同時刻、キャロルの方はというと、とある真っ暗な部屋にいた。窓がなく、飛んですぐ壁にぶつかるような狭いスペースで、かくれんぼの際でも特に気にするようなところではないと見なしてからは、無視していた場所であった。
だが一階をくまなく捜索するにあたって、とうとう正体を掴む時が来たのかもしれない。キャロルは自分の身に何が起こってもいいように構えを取ったりしながら、慎重に飛行した。
「? あの光っているものは何?」
キャロルは暗闇の中で唯一発光している物体を見つけると、そろそろと近付いて行く。てっきり光虫の類いが壁にくっついているのだと思ったのだが、接近するにつれて、生物ではなく人工物であるというのが分かった。キャロルは恐る恐る、小さな手を伸ばしてみる。凄く固いが、危険物ではなさそうだと判断すると、ニヤッと笑って遠慮なくガンガンとノックした。
カチッ!
「ギャッ!? 何よ、この変な顔!」
スイッチ音と共に明りが点灯し、部屋全体の見通しが良くなったかと思えば、真っ先に視界に飛び込んで来たのは、石で出来た顔。その大きさはキャロルがこれまでに遭遇したどの生物よりも巨大で、カッと見開いた目も、鼻の穴も、ぽっかりと空いた口も、目を見張る程であった。
「きゃはははっ! うっそお! なーんて間抜けなアホ面なの!? こんな酷い顔のどアップが飾られちゃうなんて、どんな失敗をしたらこうなっちゃうわけ? 泥沼に落っこちて化石になったとか? 脅かした時の反応がおかしすぎて、伝説になったとか? それともこれって魔除けなの?? ゆーとが牛に突進されて死んだみたいな顔して寝てる時の方が、まだ可愛げがあるじゃない! もー意味分かんないっ! きゃっはははははっ!!」
キャロルは彫刻に向かって、ゲラゲラと大声で笑った。一度は堪えようとするも、強い視線を感じて吹き出してしまう。なぜこのようなものが学校に設置されているのかという疑問よりも、笑いまくるのに必死だった。
しかし、校長のリスペクト精神で模造されたそれをバカにした天罰だろうか。なんと彼女までもが裁きの対象者にされてしまったらしい。光に誘われた羽虫のごとく、彫刻の大口に何気なくキャロルが腰掛けると、突如として体が拘束具で固定されてしまい、身動きが取れなくなってしまった!
明りが点滅し、室内は異常空間と化す。そうして頭で状況を処理出来ない内に、壁から何まで赤一色に染まると、彫刻の上半分が上昇。――とんでもなく嫌な予感がする!
「じょ、ジョーダンよ! アタシ別に、あんたの事バカにしたわけじゃないんだから! お腹のグルグル虫がアタシの中で転げ回っただけなんだから、さっさと解放しなさいよ!」
慈悲はない。彫刻の口からギロチンの刃が登場。一気に落下した!
「いいいーーーーーやああーーーーッ!!」
人知れず、部屋の中で響き渡る叫び声。偶然か意志を持って振り下ろされたのか、まあ間違い無くこの世界の上位存在は関与していないだろうが、キャロルは大好きな人と同じ運命を辿る事になってしまったのであった。完。




