9・小さき者達の調査②
「もうっ! アタシの可愛い声を無視するだなんて、どーしちゃったのかしら。――ねえプルプル、あんたは四六時中ゆーとのそばにいるんだから、当然こうなった原因を知ってるのよね?」
頑張って体半分まで這い出したキャロルは尋ねる。ベリィは答える為に、ペッ! とキャロルを吐き出すと、床に転がっていた鉛筆とレポート用紙を引っ張って来て、『ユウト』、『ナタリア』と、暮らしの中で覚えた文字の形を書き出した。その後二体に分裂し、一体が優兎の顔を真似て、もう一体がナタリアの顔を作り出す。
ナタリアに扮したベリィは、優兎役のベリィに体当たりして、困らせたのだった。
「ふうん? その『ナタリア』ってのが、ゆーとをおかしくした張本人ってわけ。――それで? この人は何者なの? ゆーととどーいう関係?」
別のレポート用紙で液体を拭いながら理解していくキャロル。女性っぽく見えた為か、しげしげとナタリアベリィを睨みつけている。
『優兎の先生』『前の人の代わり』『来た』
ベリィは手振りや変化能力を使って、情報を伝えた。
「その人にイタズラしてこらしめちゃえば、ゆーとは元気になるかしら?」
『ダメ』『解決しない』『きっと』
「見つからないようにするから大丈夫よ! 泥だんごでアタシを落とそうとしてきたバカを泣かせてやったり、しつこく追い回して来たカラスの宝物を隠してやったり、こう見えて経験豊富なのよ!」
『ダメ』『機嫌悪くすると』『優兎と友達』『酷い目に遭う』
「うぐぐ~~……じゃあ、どーすればいいわけ!? アタシ、ゆーとの役に立ちたい! あんなヘナチン虫みたいにだらしないブサイクはごめんよ! 帰ってくるたびに出迎えてくれて、どんな事があったのか話を聞いてくれるゆーとじゃなきゃイヤ!」
駄々をこねるようにベリィの体を叩き、キャロルは訴える。ベリィは困った。優兎の負担を減らすようにサポートしたとしても、根本――ナタリアに変化がない限り、悪い流れは止められないだろう。だが魔物視点からも、ナタリアと接するのは危険だと分かるし、アクションを起こす事自体、優兎が快く思っていないのも知っている。結局優兎が我慢するのが一番なのだ。
一方で、キャロルの何とかしたいという気持ちも痛いほど分かった。ベリィはほっぺたをびよーんと伸ばされながらも、頭の中で様々なものを天秤にかける。
やがて修行の為にユニが部屋に降り立つのと入れ替わるように、二匹はこっそりと出て行った。ドアに魔法陣の痕跡が消えていったのを見送るユニ。懇意にしている小動物共が行方をくらましたというのに、机でボケているこいつはまったく気付かないのだな、なんて薄ら思いながら。
とは言え、気付かせてやる義理は無に等しい。
「修行の時間だ」
ユニは容赦なく椅子を蹴った。それはさっぱりした物言いに反して、尻が浮くほどの衝撃であり、惚けた者の全身を机へと叩き付けた。
打った箇所のダメージに喘ぎながら、あみだくじの結果を写し取った不気味な笑顔を見せる優兎。ユニは高速で平手打ちした。
「……気力がないの、見て分からないのかね」優兎はやっと言葉と呼べるものを絞り出す。
「ボクにはあるが」
「翻訳ぅ~、仕事して~」
「学業によるストレスは、多くスポーツや趣味といった形で発散させるのが定石とされている。貴様にとって修行というのは、その両方を兼ね備えたもののはずであろう?」
「失神覚悟の運動量と神様のお戯れが混ざり合ったそれに、ストレス解消効果が望めるとお思いで? ハァ」
ギシッと優兎はイスの背もたれに全身を預けた。
「それで、今日のスペシャルメニューは?」
「ヘビロテ・シャトルラン」
「は?」
「ヘビーローテーション・シャトルラン」
「ヘビーってついちゃってる。激しい……回転? 循環?」
「体勢の立て直しを強化するプログラムだ。不測の事態に陥った状態は隙を生むからな。その辺をしごいてやる。ついでに即座に剣を振るう事が出来るよう、ポイントに着くたび剣を作成するという縛りも追加しよう」
「全容がまだよく分かってないのに、勝手に難易度上げないでよ。シャトルランっていうのは何?聞いた事があるような、ないような……」
こめかみ辺りを指で叩いて記憶を掘り起こそうとする。と、唐突にどこからか「ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シ、ド」と単調なメロディーが流れて来た。――はて、今のは?
「淀んだ気が堪っている場所を見つけてな。試しに町中で、この耳馴染みの良いフレーズを頭にガンガン鳴らしてやったところ、興味深い反応を見せる層が一定数存在したのだ」
今度は「ド、シ、ラ、ソ、ファ、ミ、レ、ド」と順に音階が下がっていく。
「貴様もこれに恐怖する体になるがいいッ!」
「何言ってんだこいつ!?」
一向にユニの目論見は理解出来ないが、彼が張り切っている以上、ロクな目に遭わないのは間違い無い。嫌な予感がした優兎はすぐさま逃げようとした。が、やはりあっさりと服の端を捕まれて、高らかに笑う悪魔に引きずられて行ったのだった。




