8・最も苦痛な授業⑦
「優兎とか言ったっけ。ああいう雑魚は大抵ぽっくり死ぬんだ。構うだけ無駄さ」
優兎とシフォンが話している一方。ナタリアと残りの四人は先に帰り道を歩んでいたのだが、ナタリアは説得後もとやかく悪口を叩いていた。
「適当に煽てて囮に使ってやるんだよ。役立たずを自覚してる奴は待ってましたとばかりに尻尾を振って、突っ込んで行くよ。ここぞという場面で輝けて本望なんだろう。美談にも肴にもなりゃしないってのが、木っ端たる所以なんだけどね」
長々と続く持論に、後ろで聞いている身としては心地がいいものではない。どうにか不問に持ち込めたので、余計な荒波は立てるべきではないというのは承知済み。だが、それでもアッシュなんかはナタリアが振り向けば一目で文句がある事を察せる面立ちをしていた。
ミントは眉間にしわが寄っていると、さり気なく注意する。それを受けて、アッシュはすんなりと言う事を聞いた……かと思えば、振り返らないのをいい事に、先頭のナタリアに向かって指で弾く仕草を一発。魔法を撃つような仕草から、指を動かしてメラメラとマントが燃え出す有り様まで表現した。
今度はミントが眉間にしわを寄せる番だった。アッシュは茶化した事で、少しは心がスッとしたようだった。
「そんなふうに手を出さなくっても、他の先生に素行の悪さがバレて追い出される方が早いんじゃない? 隠す気ないもんね」
アッシュの横で、悪ふざけを真面目に受け取ったジールがぼそっと。口調は冷めたふうであるが、茶化しに留まっているアッシュより、ジールの方がよっぽどナタリアに対して怒りを溜め込んでいるらしい。
アッシュはやれやれと空を仰いだ。現実逃避でもするように雲行きを眺めていたが、少しすると、先頭のナタリアが道半ばで立ち止まったのに気がついた。
わいわいと子供達の華やかな声が聞こえて来る。どうやら同じく課外授業に出ていた年少クラスと、ばったり出くわしたらしい。引率の先生がナタリアに近付いて来る。
「新任教師として入られたナタリア先生ですよね? こんにちはっ!」
語尾に「!」が付いて回る勢いで男性教員のビュー・カチャミューが話しかけると、周りの子供達も「こんにちはー!」とバラバラの声量とタイミングで挨拶し始めた。その光景を見て、アッシュ達はナタリアが普段どういった感じで他の職員と接しているのか、まさか小さい子に強く当たったりはしないだろうなと、険しい目で観察し始める。
「はっ! こんにちは、であります、教官殿!」
なんと言う事だろう! 彼女は無礼な言葉を投げるどころか、背筋を正して、敬礼までしたではないか!
アッシュ達は酷く困惑するが、話しかけた側は良い返事が返って来てご満悦のようだ。
「ははは、まだ前職のクセが取れていないんですね! 僕も若手の方ですし、子供達の為にも、もう少し肩の力を抜いていただいて結構ですよ!」
「半年であろうとも、先輩には変わりありません。ですが、尽力させていただきます」
「僕達は草木のふれあい授業をしていたんですけど、そちらも課外授業ですか?」
「はい! 自然の脅威に立ち向かう術を教えておりました」
「迷ったりして、また変なところに入らないようにして下さいね! 洒落にならないですから!」
「はい! 気を付けます」
これがナタリアの返した言葉だというのだろうか? 初めの一言に限ってみれば、冗談の一種として受け取る事も出来たのだが、繰り出される会話を聞くたび、どうもそうではないらしい事が伝わって来る。
要するに、他の教員からはまともな人物として見られているのだ。
(おいジール! 今のこれは現実に起こってる事なのか? 散々オレらをコケにしてたあいつがふつーにしゃべってるとか、ありえないだろ!)
(欺く為に、目上の前では謙遜してるのか? 我が道を行くスタイルだと思ってたのに、予想外だ)
(単純に子供が苦手なのかも。仮にそれで説明がつくとしても、訴えが大人達に届きづらい状況になってしまうわ)
(……あの先生だけが特別っていう可能性も……、もしかしたら……)
小声で意見を交わす四人。最後のカルラの考察に、三人が「まっさかあ!」というような反応を示していると、年少クラスの後列からじめっとした髪で肩や首元が隠れてしまっている女性教員が、猫背でおずおずと寄って来た。
「キャシィ・キャンデーズです。わ、私も先日学校に入ったばかりで。フリフリのお洋服とお風呂と、はみはみしたくなっちゃうようなプリプリの可愛い子が大好きです。いひひひひ」
「これは見目麗しい御婦人。若輩ですが、よろしくお願い致します」
「はうううう、同性類と思えないくらい凛々しい人……。新参同士、仲良くしてくれると嬉しいです」
新米女性教員は、気難しい顔でこちらを見ているアッシュ達にも笑顔で手を振る。「ナンタラのプリプリの可愛い子」に当てはまったのか、特にミントに対して熱っぽく両手をヒラヒラさせたのだった。
ちょっと癖のある女性にすら、嫌な顔一つせずに対応するナタリア。集めた葉っぱで手遊びしている子や、物珍し気にマントを引っ張っている子に対しても、目立った動きはない。
自分達と彼女の周囲を取り巻く人達に、一体どういった違いがあるというのだろう。礼をして、年少クラスが帰って行くのを見届けると、ナタリアは一変、剣の切っ先のような目をこちらに向け、鼻を鳴らした。
「寒さで固まっちまったのかね。いつまでもそこでくたばってりゃいいさ」
――8・最も苦痛な授業 終――




