8・最も苦痛な授業④
「〈ビリビリ・チェリーパイ〉!」
シフォンが一声放ち、罠のエサにかかったイワダヌキに対してピストルの形にした指を向けると、天から一筋の雷が落っこちた。泥の鎧が砕け、イワダヌキの体が宙に投げ出される。術名の割りには、上級属性に匹敵する威力だ。
「〈バチバチ・フェスティバル〉!!」
次いでちょこまかと動き回る二匹を襲ったのは、電撃の渦。半径約一メートル内に電撃をほとばしらせるものだ。消費魔力とチャージ時間に欠点を抱えるものの、落雷前に回避のリスクがある〈ビリビリ〉と異なり、攻撃範囲が広がるので、単純に標的に当たりやすいという利点がある。
「〈ビリビリ〉! 〈ビリビリ〉! これは~~〈バチバチ〉! もういっちょ~~〈バチバチ〉!!」
「調子いいよシフォン。向こう側のエサにも食い付いてるから、今度はそっちを頼む」
「ひーっ! てんてこ舞いね! うおーーっ!」
ジールの指示を受けたシフォンは、汗ばんだ髪を掻き上げると、すぐさま〈ビリビリ〉の発動に取りかかる。ジールの方は瀕死の者が出ないよう、畑の鍬を振るって一体ずつ地道に処理していた。死骸を脇に転がして、くんと鼻先を動かす。
「アニキ達の班が頑張ってるはずだけど、思ってたより畑に踏み込んで来る奴がいるな。死臭も堪ってきたかも」
畑をざっと見渡すと、エサを敷いたエリアそれぞれに、少なくとも一体は死骸が転がっているのが見えた。あれを片付けないと、エサが罠である事が早々にバレてしまうし、率先して手を汚してくれているシフォンが狙いを定めにくくなってしまう。
危惧したジールは、目立たない隅っこで柵の補修を行っているはずの優兎に目線を移す。彼はちょうど自分の仕事が終わったところであり、腰を上げた瞬間にかっちりと視線が合った。
「……優兎! 手が空いたら、今度はバリアでシフォンのサポートをしてくれる? 俺はエサ場の遺骸を回収してくるから」
会話直前の不自然な硬直時間に、優兎はハッとする。今、気遣われた?
「サポートだね? 分かった、すぐにそっちへ行くよ!」
何事もなく振る舞うジールに合わせて、こちらも気付かない振り。駆け足で持ち場を離れ、すれ違う形で畑の中心地へ向かった。相手が自分でなくアッシュとかだったら、そのまま遺骸回収を頼んでいたんだろうな……と複雑に思いながら。
だが仮に頼まれたとしても、淡々と作業をこなせる自信もないわけで。ジールの下した判断は最もであると認めた優兎は、切り替えて与えられた役割に励もうとする。
しかし、任された仕事も決して気楽なものではないと思い知る事となる。エサ場を回避したイワダヌキをバリア内に閉じ込めておく役目なのだが、経験からいって、数人を守れるぐらいのバリアを張った事はあっても、複数の、しかも内部で暴れ回る相手に向けて張った試しはない。目の届かない場所で留めておいた場合、内側からの突進で簡単に逃げられてしまう。
とはいえ、人並みの修行やレベル違いの強者との戦いを経ているので、単純に命令を上乗せすればいいと考えついた。――問題はやはり精神面。シフォンが雷を落とす直前まで、生き物を閉じ込めていなければならないのだ。死の間際までバリアを脱出しようと引っ掻いたり、鳴き叫んだりする者達を。
ギィイイイイイッ! ギギギギギイッ!!
バリアを通して、憤りや混乱ぶりが間接的に伝わってくる。優兎は目を瞑った。耳を突く衝撃音が聞こえた。動物の耳でない事に救われた。
キッ? ギィイイギギッ、ギュイ―――ーーッ!
ごめんね、バリアを固くしすぎちゃったね。怖かったよね。ごめんね。
その内、優兎はバリアにスモークをかけるようになった。バリアが守ろうと機能してしまうからだ。こういうのも立派な学習のうちだ、自分達はたった一日だけど、農業に携わる人は毎日大変な苦労をかけて作物を育てているんだから、少しでもラクをしてもらいたい。そう自分に言い聞かせようとしても、断末魔一つで意志が砕けそうになる。
どういうふうに心を保てば良いのか分からない――。死臭が鼻孔から侵蝕してくるのもあって、優兎はみるみる青ざめていく。その顔色の悪さは、傍からも一発で危ない状態だと感じるほどで、バリアの檻としての機能が薄らいでいくのに気付いたシフォンは、脱走した一匹を自力で始末した後に、彼の元へ駆け付けようとしていた。
だが、始末したところでナタリアから集合の号令がかけられた。そのあまりに絶妙なタイミングに、シフォンは一抹の不安を覚えた。




