8・最も苦痛な授業③
駆除の対象であるイワダヌキは、〈ダルシェイド大陸〉のあちこちで目撃されている魔物だ。昔は山に籠っていて、人里まで下りてくるのは稀だったのだが、ここ数年で畑や食料庫などを荒らす害獣として問題視されるようになっていた。泥でカチコチに固まった毛皮で覆われており、性格は割と凶暴。小動物ならまだしも、人間の子供程度であれば自分達の方が強いと慢心しているのか、平気で襲い掛かってくるという。なので実物を見た事がなくとも、注意を促す掲示として校内で見かける機会はあった。
「イワダヌキって、何でイワダヌキって名前だったっけか。岩の間を根城にしてるんだったか、単に体が岩みたいに固いんだったか?」
「岩に擬態出来るからよ。乾いた泥が毛皮をコーティングしていて、こちらにバレないように体を丸めるから、岩に見せかける事が出来るの。カルラちゃんの話によると、建築なんかに必要な石材を運ぶ際に紛れていたとかで、生息範囲が広がったと考えられているらしいわ」
草地や木の上などあっちこっちに視線を動かしつつ、ターゲットを探すアッシュ、ミント、カルラの班。ナタリアが各々の行動に目を光らせながら佇む中での会話だったが、無駄話でもないだろうと判断した彼らは、堂々と声に出していた。
「擬態ねえ。コーティングってったって、髪に泥がついた時と同じようなもんだろ? 岩と比較すりゃあ、すぐに見分けがつくと思うんだが?」
「何層にも泥が重なっていたとしたら?」
「なるほどな。やっぱタヌキの事はタヌキに聞くのが一番だな」
「まとめて駆除されたいのかしら。まあ難しいと言っても、岩と泥の匂いは全然違うし、獣人の鼻は誤摩化されないわよ。体が重くて木の上には上れないだろうし、巣穴の大きさも限定されるから、探すなら地面でしょうね。怪しいと思ったらアタシに声をかけてくれれば――って、早速お出ましね」
ミントは風魔法を放って、目の前の茂みに隠れていた岩をひっくり返した。それは滑り台のように傾斜が付いた形をしていて、ひっくり返すとキーッ!キーッ!と叫びながらゴロゴロ揺れた。明らかに岩ではないのが見て取れる。
厚い泥の塊と化した相手に、攻撃を重ねる事が当たり前の風属性では、殺傷能力が低い。なのでそこはアッシュとカルラがカバーした。火力で一気に焼き殺したり、シャボン玉型の水に閉じ込めて溺死させたりして、亡骸は袋の中にまとめる。ミントは発見と報告が主だったが、ひっくり返した過程で泥の壁が壊れると、そのまま切り裂いた。
一方、優兎・ジールと一緒に組んでいるシフォンは、広大なジャガイモ畑が見通せる場所でおろおろしていた。
「あたし、作物に雷が誤射しちゃわないか心配なんだけど! どうしようジール君!」
「今、得物を引っ掛ける罠を作ってるから、それにかかった奴を仕留めていけばいいよ。ほら、こういう奴ね」
ジールは手を加えたジャガイモをシフォンに見せる。それは土から引っこ抜いたジャガイモにやや似ていて、葉っぱから伸びた根っこに疎らな丸いイモが複数個付いていた。畑に植わっているジャガイモと違うのは、皮の表面に白い稲妻模様が浮き出ているところ。
「この『しびれイモ』を畑の周りに置いておけば、引っ掛かるんじゃないかと思う。うまくいかなかったら別の手を考えるけど」ジールはそう言って畑の土を纏わせる。
「食べたら全身がビリビリーッ! ってなってあの世行きとか?」
「いや、軽く痺れる程度。ぽっくりいくような毒物を人様の畑で育てるわけにはいかないから、その辺に転がってる傷ものに種を仕込んでみたんだ。ホントに数分で復帰出来ちゃうから、絶対に仕留めてよ」
「う、うっす!」
ジールが念を押すように言うと、シフォンは気を引き締めた。有害厳禁の縛りに加え、魔物に合わせた捕獲用の植物を育てるには、畑から養分を得るのが必須である為、ジールが育てられる植物の幅は限られている。彼女には頑張ってもらわねば。
ジールは表情を緩めた後、優兎の様子を観察する。優兎は二人から少し離れたところで、自信なさげに下を向き、手元をいじっていた。
「それにしても――」 ジールは会話が止まってしまわないように繋ぐ。「シフォンはこういうのに引け目はないんだね。流石に嫌がるかと思ってた」
「あたし自身も裕福な生まれの中じゃあ稀だと思うわよ。食育の一環で、狩るところからジビエ料理にするまでを経験させてもらったり、護身や銃の扱いなんかを教わってた子なんて、周りにいなかったもの」
「へえ、護身と銃ってモロに人間相手じゃん」
「旅行なんかで本通りからうっかり外れると、危なかったりするのよ。親も偉い立場の人だから、尚更自衛の術は身に付けてないとね」
「物騒なところもあるもんだ。――優兎は? さっきから落ち着きがないように見えるけど、大丈夫なの? 土壇場で役立ってくれないと迷惑だから、はっきりしておきたいんだけど」
「え! ぼ、僕は――」
ジールの厳しいくらいの眼差しと口調に少し驚いたが、彼と友好を築いてきた優兎が察するに、ありのままの気持ちを言ってくれ、という事なのだろう。
「ごめん。人助けだって分かってても、手にかけるのは抵抗があるみたいだ。ジールが作った罠を設置するとかの、雑用に回ってもいいかな」
「いいよ。シフォンがやるって言ってくれてるし。逃がした時の保険として、バリアぐらいなら張れる?」
「それなら多分……」
「無理しなくていいよ」
「や、やる! 任せて!」
自分から言い出した事とはいえ、罠の設置だけでは申しわけない気持ちがあったのだ。優兎が誠意を見せると、ジールは分かってくれた。
自分なりにやれる事が出来た優兎は、しびれイモを抱えて設置に走る。段々と調子を取り戻していったのか、きびきびと動けるまでに。
駆け回っているうち、優兎は今自分がいるジャガイモ畑がどんな状況下――惨状にあるかが見えてくるようになった。個人で切り盛りをしているらしく、畑から見える建物は一軒きりで、村ぐるみで管理しているわけではないこと。掘り返された跡が、あちこちで確認出来ること……。小振りのジャガイモだけではなく、大きなジャガイモまで放棄されているし、何かが通ったように盛土が削られていて、収穫の痕跡にしては横暴さを禁じ得ない。
(木の柵やネズミ取りみたいなカゴを仕掛けて、一応対策はしたみたいだけど、囮の固形のエサには見向きもされてないみたいだ。柵にも穴が開いちゃってる。聞くところによると、岩みたいになった体で動けるみたいだから、あっけなく破られちゃったんだろうな……)
本来であれば、柵なんかなくとも充分だったのだろう。枝を針金でぐるぐる巻きに締め付けたりだとかの不格好でお粗末な作りからして、不慣れさと必死な思いが伝わってきた。
こういった現状を目の当たりにすると、殺す事を躊躇う自分に罪悪感が込み上がってくる。その内エゴだの偽善だのといった罵声が飛んでくるかもしれない。それでも割り切れないでいる自分が、ひどく異端に思えた。




