8・最も苦痛な授業①
みんなをぬか喜びさせない為に、ンヤ語で書かれた書物が手元に入ったにも関わらず、黙っていようと心に決めた優兎。翌日は四時間休憩無しの罰を受けたのだが、今回に限っては自分の落ち度とも言えるので、余計に苦しい思いをした。
そんなこんなで一日の授業が終了すると、優兎は自室に戻り、便箋と筆記用具の用意をした。宿題はもうこの際無視である。罰を受けない為に四苦八苦するよりも、受ける事を承知で明日を迎える方がマシという結論に行き着いてしまったのだった。
「『この間担任の先生が新人の人に変わって、慣れるのに大変だけど、僕は相変わらず元気でやってます。瑠奈のクラスの先生も、春から新しく学校にやって来た人だって言ってたよね? そっちはそろそろ慣れたかな』っと……」
郵便受けに届いていた、妹からの手紙の返事を書いていく。と、頭の中からユニの声がした。
『事実をぼかして報告か。貴様は家族にすら腹の内を明かさぬのだな』
「言えるわけないじゃないか。独裁思考な先生に付いていけなくて毎日きついです、なんて。心配させたくないんだよ」
優兎は左手で手紙を隠しながら続きを書く。
「ユニが協力してくれれば、僕らは救われるし、こんなふうにぼかした手紙を書かなくて済むんだよ。ね、たまには神様らしく、困っている人間を助けてみない? 感謝されると気持ちがいいよ」
『文書の解読か。出題者の脳を破壊するという手抜きを封じたとしても、時代背景や当時の知能指数、識字率といった前提知識だけで導く手段や、物品にこびり付いた記憶の残滓から探る手段、自力に拘らない手段まで含めてしまえば、方法は多岐に及ぶ。語学においてボク以上に頼りになる者はおらんな』
「それなら!」
『断固拒否だ。ボクは意地悪なのでな』
「うげ、早々に排除した事バレてたか。――それじゃあ、今度からは一度ユニに期待してみるよ。きっとダメだろうなって決めつけない。だから素直に心を開いてね」
『恩着せがましい』
一刀両断。だが正面切って文句が言えるだけ、不満がいくらか発散出来て、ナタリアよりは気が抜けると感じてしまう不思議。アッシュ達に二択を迫ったらどっちもどっちと言われそうなので、慣れの問題もあるだろうが。
時間が経てばあの傍若無人っぷりにも慣れてくるのかなあ、なんて考えつつ、出来上がった手紙に封をする。机の引き出しから小説のノートを取り出し、趣味の時間へと移行した。
文章を書いては消しゴムで消し、書いては消し……という動作を繰り返す。集中力が切れ切れになり、五分足らずで弱音を垂れ始めた。
「ダメだあーーっ! 二十四匹のドラゴンが一堂に会する圧巻のシーンなのに、肝心の見た目が何一つ浮かばないっ!」
鉛筆を放って勢いよく肘を机に付き、優兎は頭を抱えた。読書などでインプットしたパターンと、その場の思い付きに頼って書きなぐるのが彼のスタイルであったが、近頃は筆の速度がガクッと落ちていた。魔法界に持参したノート一冊なんて、とっくに終わっていてもいい頃なのだが、最後の数ページ、干支をモチーフにした『決闘! 日輪と月輪の十二使編』に突入してからは、一週間も立ち往生していた。執筆人生最長のスランプだ。
「星座の牛と羊が被ってて、トーラスドラゴンとアリエスドラゴンとの差別化が出来ない! 辰のドラゴンなんてどーすればいいんだよ! 数もさらっと倍に増やしちゃってて意味が分からない! こんなの、ユニになじってくださいって言ってるようなものじゃないかっ!」
机に拳を振り落とし、想像力の限界に喘ぐ。自分の書いた小説からユニが修行相手を選び、具現化させる事でモチベーションになる一方、いかに雑な描写であるかをまざまざ見せつけられているわけで。成長する事に快感を得ている優兎が悶々とするのは当然だった。
「魔法界でいろんな体験をした事で、登場人物の気持ちを細かく書けるようになったし、見た目以外にも、睨まれた時の印象だとか、唸り声の響き具合とか、大自然の移り変わりだとか、表現のバリエーションが増えてきたんだよ。鍛えられてるのが実感出来るのは嬉しいんだけどなあ。誰かさんのおかげで立ち止まってばかりだよ。どうしてくれるの?」
『地に額を擦り付けて謝辞こそあれど、恨み言を吹っ掛けられる謂れはないが』
「だから誰かさんのせいじゃなくて、おかげって言ったんだよ」
『ボクの顔色を気にせず、粗悪品を量産すれば良い。コピー集団を並べ立てて、貴様にクリエイトの才はないと直視させてやる。苦心を放棄し、独自の神話を生み出す事も出来ぬなら、同じ穴の虫けらでも見つけて承認欲求爆散させろとズタズタになじり、筆をへし折らせるのも痛快だ』
「あーもう、そういう事言う! ――ベリィ、僕を慰めてくれ!」
疲弊した優兎は転がるようにイスから離れると、ベッドの上にいるベリィに癒しを求めてダイブした。ベリィは剣の修行に打ち込む優兎の真似をしたくなったのか、身の丈サイズの木の枝を一生懸命振り回していて、それが優兎には愛らしくてたまらなかった。
優兎は自分の目を通してものを見ているユニに対し、「目を回して気持ち悪くなれ!」といった勢いでゴロゴロ回り出した。無論、そんな事でギャーギャー喚くような相手ではないのだが。
頭の中で舌打ち音が一つ。すると天井にぽっかりと穴が出現して、そこから一冊の緑色のノートが落っこちて来た。ノートは真っ直ぐ優兎にぶち当たる。角から。
『整理しろ。魔法や剣の作成でそれが出来ていたくせに、なぜやろうとしない』
「整理か……」 優兎は床に落ちた裏面のノートをひっくり返した。「表紙がツボから出て来たムカデの写真なんだけど、これどこのまがい物?」
『コピーは手間が無い分、芸がない。やたら書くだけでも何かが見えてこよう。ボクを退屈させてくれるな』
「ありがとう。ちょっとやる気出てきたよ」
優兎はベリィを解放すると、すぐさま机に向かった。まっさらな一ページ目を開いて、何から始めたらいいのかと鉛筆を彷徨わせたが、本当に何でもいいんだという答えに辿り着くと、罫線を無視し始めてお得意の自由奔放さをこっちの方に発揮するようになり、のめり込んでいった。




