7・翻弄①
副校長に出会えなかったその足で、集合場所に決めていた図書館へと向かった優兎とジール。室内でクラスメート達がいるテーブルを見つけるのは簡単だった。元より人気が少ないのに、テーブル上には本が何層にも積み上がっていて、目印としては充分だったからだ。
本に紛れる形でカルラの姿があり、その横ではミントが宿題を広げ、アッシュは少し離れた席で暇そうに欠伸をしていた。アッシュは優兎達が現れたのに気付くと、さっと手を挙げる。
「よう。思ったより戻って来るのが早かったじゃねえか。そっちの成果はどうだった?」
「残念だけど、優兎のリアクションくらいしか得るものはなかったよ」
「ジール!」
優兎は隣りを睨みつけた。ジールは意に介する事なく、アッシュの方はどうだったのかと話を進める。
「こっちは全容が少し見えたぜ。あんまし良い報告とは言えないがな。――リブラ先生はどうも、親の看病とやらで学校を自主退職する事にしたらしい」
「やっぱり、そういうやむを得ない事情だったのか」
「ああ。オレに情報をくれた先生は、食堂に生徒を集めて別れの会を開こうと提案したらしいんだが、次の日――つまり今朝には机の上が片付いてたんだとよ。本来ならオレ達に通達をするべきだったんだが、ちょうどいいタイミングでナタリアが後釜に納まったんで、奴に説明を任せたらしい」
という事は……信じたくないが、本当にリブラは優兎達に黙って行ってしまったという事になるわけで。
実情は把握出来たものの、二人の心にはやり場のないもやもやが残った。だがアッシュの方は平然としていた。
「まだ話は終わってねえって。この件にはいくらか不審な点があるんだよ。リブラ先生、オレらどころか他の教員連中にも説明無しで行っちまったんだとよ」
「? アッシュ、詳しく」
「さっきの先生の話じゃあ、隣の席で引き出しを引っ掻き回して荷物をまとめてるのが見えたから、何があったのかかろうじて聞き出せたんだってな。翌日にゃあいなくなってたもんで、中途半端に知ってた分、質問攻めに遭ったって言ってたぜ」
「何だかリブラ先生らしくないね。その人、本当に先生本人だったのかな?」
「事情が事情なもんだから、落ち込んだ様子で下を向いてたらしいんだが、本人かどうかを疑う余地はなかったとよ」
「そうなんだ。――それ以外の違和感は?」
「リブラ先生が使ってた席をそのままナタリアが引き継いだようなんだが、あいつの机には支給品の教科書とか、それぐらいのもんしかなかった。物がえらく少なすぎる」
「その辺は新しく入ったばかりなら、別に仕方なくも――」
「加えて、先生の忘れ物っぽいのがまったくなかったとしたら?」
「「それはおかしい」」
二人の息がぴったりと合い、アッシュは満足げに頷く。おっちょこちょいで抜けているリブラが私物を一つも置いて行かないなんて有り得ない。そりゃあ金昏も向こうからやって来るわけである。
優兎は副校長に確認を取る事の必要性を強く感じた。仮に連絡の有無が自由であったとしても、校長の代打である副校長には必ず話を付けているはずなのだ。傷心中で、更にリブラという人物を鑑みれば、その必要事項さえも忘れてしまっている可能性はゼロとも言い切れないのだが……。
「とりあえず、一旦この件は後回しだね」 ジールは着席し、ミントらの方へとイスを傾ける。「そっちは宿題の進み具合、どうなってる? 今日中に終わる量だといいんだけど」
「いきなり問題集一冊終わらせなさいっていうのは滅茶苦茶だけど、アッシュでも書き写せそうなレベルの簡単な問題だったわ。もう少しで終わりそうだから、みんなでこれを写してちょうだい」
「流石」
「オレでもって何だよ」
ミントは重い溜息をついた。
「ただね、それとは別に大きな問題があるのよ。語学の宿題の一つに、読み書きの専門書にある文章を指定の言語で書きなさいっていうのがあるんだけどね。肝心の言語が、魔法界語でも、古代語でも見た事がないって有り様なのよ」
ミントは宿題内容を載せたプリントを見せ、爪でここ、と指差す。
・原本の文章内容を全て、ウェストンバーグダイン北部に存在するピカルタ班語に正確に書き直せ。
・一般班語、ピカラダ班語、ピカ・ル・タ班語、旧ピカルタ班語にあらず。間違えるな。
・???????????????
「カルラちゃんに調べてもらっているけれど、『ピカルタ班語』どころか、『ウェストンバーグダイン』っていう地名っぽいのすらどこにあるのか、何一つ分かっていないのよ。見かねたシフォンちゃんが、ナタリア先生に直接聞きに行ったものの、答えてくれるか怪しいし。困ったわ」
「適当な事書いて、俺達を混乱させようとしてるんじゃないの?」
「最後の一文を見てちょうだい。恐らくピカルタ班語を実際に使って例文が書かれているんでしょうけど、こんなの、その場の思いつきで編み出せるかしら?」
それは???……の部分だ。適当にぐねぐね書いたミミズ文字でも、絵から成る象形文字とも違う。まるでQRコードを並べたかのような恐ろしく複雑なもので、あまりに微細すぎて「鉛筆でどこまで書き込めるか」の限界に挑戦しているかのよう。てっきり印刷ミスの類いかと思っていた二人は、文字の可能性があるという話を聞いて二度見した。
「仮に文字だったとして、まず基礎の学校で習わないようなものに書き直させるって、どういう神経してるの。自慢? 心象悪くなる事に頭が回らない高学歴バカ?」ジールはイラッとしたようだった。
「本当にどういうつもりなのかしらね。いずれにせよ、明日までにこの難問がクリア出来ないと、宿題を完了させた事にはならないわよねえ」
また溜息を零して、ミントが宿題の続きに取りかかると、他の面々はカルラの作業に加わって『ピカルタ班語』なるものの情報を探す事にした。だが図書の殆どが子供向けに説いたもので占めている。唯一希望があるとすれば、雑多なジャンルが収められた六階なのだが……端から端まで見回っても、めぼしいタイトルの本は見つからず、洗い浚い中身を確認する前に嫌気がさし、どこまで探しに行ったんだと思う程へろへろになったシフォンが現れたところで打ち切る事に。
翌日には、席を立ったまま自主勉強を強制させられる六人の姿があった。




