6・副校長室へ②
今日程この時が訪れるのを待ち望んだ日はないだろう。担任がいてもいなくても終わっている三時間の拘束から解放され、突入した昼休み。昼食の為に売店へ赴くと、そこにはおしゃべりを楽しみながら食事をしている生徒を筆頭に、わざと面白おかしく顔にソースを塗りたくっている生徒や、おかずを取った犯人を追っかけ回している生徒といった見慣れた光景があって、教室の外は思ったより平和なのだと和ませてくれた。
「うーん迷うな。あれも美味しそうだし、こっちのソースも気になる……」
「ソース瓶を片付ける」事が由来の、小麦粉を練って茹で、ソースをかける家庭料理「ペペ」を提供する出張ワゴンの前に立つ優兎。あつあつのすいとんのようなものが入った皿と、お盆を手に悩む。
やがて何か閃いた顔で動き出すと、キノコ豆のクリームソース、牛肉が入ったブラウンソース、トマト煮込み、タマネギのスパイス煮込みなどの多種のソースの中からタマネギのスパイス煮込みを、つくねソーセージ、揚げたチキン、目玉焼き、コロコロコロッケのサブからコロコロコロッケを、副菜である花弁漬け、カラッと揚げた小骨サラダ、橙根の酢漬けの中から花弁漬けを一気にチョイス。ほくほくした顔でアッシュとジールの待つ座席に戻って来た。
「ふっふっふ。ソースの量を多めにして、カレーライス仕立てにしちゃった。このソース、美味しくて気に入ってるんだよね」
「どこの店にでも売ってる奴だね」 ジールは一足先に食べていて、きしょく悪ポテトを摘んでいる。「後で〈アムニシア〉へ買いに行く? 俺もハニーナッツの瓶を切らしそうでさ」
「自前で持ち込んでもいいんだっけ。それなら一つ買おうかな」
「食べるたびにカレーナントカの味だ! って感激してるけど、そろそろ故郷の味が恋しくなってきちゃった?」
「そんなに言ってた? ……言われてみれば確かに、故郷の味に似ているものを探して一喜一憂してるような……」
スプーンでソースをすくって、一口。口に入れた瞬間、配合されたスパイスの辛味が広がり、煮込まれたタマネギからなる甘みも相まって、体が「これだよこれ!」と喜んでいるような気がした。ベリィが興味をそそられたように皿に寄って来たので、味見をさせてあげる。
「でも、食べる事を大事にしてるだけあって、いろんな料理に出会えて楽しいよ。校内の食事だけでも全然飽きないし、馴染みの味を見つければ手紙のネタになる。だから探しちゃうっていうのもあるかも」
「ふうん」
「だけど、あー……、米の味は恋しくなってきたかもしれないな。僕の国の主食で穀物なんだけど、似通ったものが未だに見つかってないんだよね。代替品が見つかったら、このソースをかけて食べてみたいなあ~」
優兎が懐かしんでいる余所で、食事にがっつくのを止めたアッシュが「ところでよ、四時間目の件なんだが……」と口出ししようとする。これをジールはかき消した。
「優兎、このケチャップの瓶についてる王冠マーク、どういうものだか知ってる?」
「? 知らないな。時々ついてるのを見かけるけど」
「このマークがついてるのは、ラベルコレクションの対象商品なんだよ。書店に瓶の番号を振った専用アルバムが売っててさ」
「へー!」
「おい、ジール……」
「思い出作りの一環にどう? シフォンにも話してあげたら、次の日にはもう五つも買い揃えてたよ」
「ああ、『はしたないくらいかけるのが好き』って言ってたから、あっという間に埋まりそう」
シークレット扱いの瓶もあって……と、コレクションの話で盛り上がっていると、相手をしてもらえないアッシュが「話を聞けよ!」と一喝した。
「お前ら、カレイだのコレクションだの呑気にくっちゃべってる場合か!? ナタリアのせいでお先真っ暗な状況だぞ! 木の実の事もバレちまったしよ!」
「……ようやくあいつの監視下から解放されたんだから、食事の時に頭が痛くなるような話を持ち込んで欲しくないんだけど」
ジールは本気で嫌がっている様子で睨む。その圧にアッシュが怯んで言葉を失っていると、突如優兎達の席を見つけたシフォンがどたどたとやって来て、様々なソースが山盛りになったペペ皿をドンッ! と置き、三人を仰天させた。
「聞いてよっ! 荷物を運ぶ仕事で職員室に行った時、ナタリア先生の机をチラっと見たら、明日提出する宿題のリストが大量に書いてあったの! 歴史に計算問題に語学のトッピングもてんこ盛り! もう真っ青よ! あたしロクに語学なんて習ってないのに、あんなの嫌がらせだわ!」
「シフォン、悪いけど今その話は――」
「大量の!」「宿題!?」
「こいつら……」
ジールの願い虚しく、優兎とアッシュが即座に反応した事で、結局話題はそちらへ流れてしまう。シフォンはこの場で食事を済ませる気らしく、優兎の隣りに座った。
「まったく、生徒のあたし達相手に先生が『殺すぞ』なんて発言、どうかしてるわよ。おまけに教室を離れている時間の方が多いなんて。リブラ先生カムバック~!」
「後者はもはやありがたいくらいだがな」 とアッシュ。「授業中にほっつき回って、どこで何をしてるのやら」
「他のクラスの授業を見学してるっていうなら、擁護のしようもあるんだけどね」と優兎が言うと、「自分のクラスも満足に受け持てねえくせにか?」とアッシュから反論が。
「それじゃあ、教師っていう立場を利用して、盗みを働こうとしてるとか?」新しいソース瓶を開けて、シフォンが尋ねる。
「その線もイマイチなんだよな。確かに校長室にはどこから調達したか分かんねえもんが飾ってあるし、オレさえも入った事のないような部屋はいくらでもあるだろうが、大層なお宝が眠ってるって噂は聞いた事がねえな」
「偏ったレーダーを持つアニキが断言するくらいだから、信憑性はあるかもね」観念して話に加わるジール。
「警備も抜かりねえしな。侵入されると厄介なところにはマジェレットがいる。あいつらの痺れ攻撃、なかなか取れねえんだよなあ」
「体験者の口振り。――なら、俺達以外で調査を頼めそうな……ベリィかキャロルに探ってもらうっていうのは?」
「だ、ダメダメ! 魔物のエサにしてやるなんて脅す人の元へなんて行かせられない! 見つかったらどんな酷い目に合わされるか!」
口の周りをソースで汚したベリィを、優兎は腕で囲った。本気で言ったわけじゃないから、とジールが手をブラブラさせるも、優兎は囲いを解かずに、本当にぃ? と探るような目を向けて来る。
「カラクルミを仕掛けた事がバレちゃった以上、数日は大人しくしてた方がいいよ。あの脅しが効いたって思わせとけばいい」
「表面上は?」
「そう。俺らが素直に従う事で、心を入れ替えるならそれで手打ちだし、その気がないなら、何の為に学校へ来るのか、企みをあばく為に水面下で情報を集める。真っ向からぶつかっていく道もあるにはあるけど、うまく立ち回らないと、命か在学の立場のどっちかを犠牲にしなきゃなんない」
「判別つくまでは、大量の宿題も我慢しなきゃいけないってこと? ジール君」
「六人全員で協力すれば、何とかなるよ」
「ううう~……」
今までの行動から、宿題を出すだけ出しておいてそれきり、というのは大いに考えられる。だが中身を見ないという保証はない。従順になったフリをするなら、白紙で提出するわけにはいかないのだ。
ジールはミントとカルラを引っ張ってくれば可能だろうと見ているが、他三名は未知数な作業量に沈んだ。




