4・レクリエーション!⑥
「ドラゴンッ!!」
パァァッ!
ドーーーンッ!!
味方がいない状況、言いたくて言いたくて仕方ない言葉からの解放願望、罰ゲームの危機感が頭の中を掻き乱し、混乱した優兎は堪らず魔法を発動してしまった。不意打ちや悪い予感を察知して、優兎を守ってくれる防衛本能。それがこの場で発揮され、教室全体を光で包むと同時にボールを攻撃。
光が消えた後には、ボールの中に入れられていたもの――紙テープと水とチョークの粉の混ざったものが、天井や床や机などの備品に、優兎はおろか周りの者達まで降り掛かり、盛大に汚したのだった。
「うえっ! ぺっ! ぺっ! ちょっと優兎お、とんでもない事になっちゃったんだけど」ジールは頬や髪の毛などについたベトベトを払い落とす。
「ごごごごめん! 頭がこんがらがっちゃって、つい」 優兎は目元を覆う付着物を拭う。「みんな大丈夫?」
「ああ、平気だ。お前ほどひでえ事にはなってねえよ……プハッ!」
「へ?」
「やだ! 優ちゃんたら、顔中粉塗れよ! ふふっ!」
アッシュやミントに指摘されて、優兎は手で探りながら自分の状況を確認し出す。ベトベトは目鼻を曖昧にする勢いで顔中に飛び散ったらしく、前髪は爆破オチのコントみたいにめくれあがっていた。顔だけに留まらず、服のあちこちにもべっちゃり張り付いている。爆発地点に一番近かったのだから、悲惨な事になって当然だろう。
異物感を覚えてペッと吐き出すと、国旗を使ったマジックばりに紙テープが口からでろでろと伸びてくる。その様子を見て一気に周囲から笑い声が起こった。優兎の有り様に笑って、いやいやお前もえらい事になってるぞと指を指し合うアッシュとミント。ツボに入ったらしいジール、優兎同様爆発地点に近かったが故に自分で自分を笑うシフォンに、ひっそりと口元に手をやるカルラ。緊張が解けた優兎もふつふつと笑いが込み上げてきて、ついには輪に加わったのだった。
「ははっ、何か優兎がこの教室に来た時の事を思い出すな。オレとミントがいがみ合ってる時に、靴が転がってきてよお」
「優兎君が来た時のこと? あたし知らなーい! 教えて教えて!」
「後で教えてあげるわシフォンちゃん。それよりも、随分汚れてしまったわ。早いところ教室を綺麗にしないと! あはーん!」
……うん? 唐突に不自然な語尾をつけたミントへ、視線が集まった。当事者も自分に驚いている様子。
「何よこの『あはーん』ていうのはあはーん! アタシこんなの付けて喋ったつもりないのにあはーん!」
「ぎゃはははーん! 事前に書き足しておいたまじない効果がお前にも降り掛かったみたいだなあはーん! まさかこんなにうまくいくとはな、あはーん!」
「そういうアニキも食らっちゃってるじゃんあはーん」
「あはーん?」
「あはーん!」
他人事じゃない事に気付いたアッシュとジールは同時に口元を手で抑える。事態を察した優兎とカルラも黙って抑えた。
「あっははははーん! 全員罰ゲーム食らっちゃったって事ねあはーん! 何これ、最っ高に面白いじゃないあっはーーーんっ!」
「お前は相変わらず無敵だなあはーん」
状況を楽しんでいるシフォンを前にして、恥ずかしさが薄らいだのか、諦めて手を下ろすアッシュ。その他所ではアッシュに嫌な目線を向けつつ、カルラがミントにこっそりと言伝を頼む素振りを見せているのだが、気まずそうにフルフルと首を振られてしまう。拒否されたカルラは、相手をシフォンに切り替えて耳打ちした。
「確かにあはーん。アッシュ君、これいつまで効果が続くのかしらあはーん?」
「安物だからなあはーん。半日か、もって一日ってところだろあはーん」
「ふざけるんじゃないわよあはーん! ずっとこの状態で過ごさなくちゃいけないっていうのあはーん!」
「あはんあはんってすげーうるせえなこれあはーん。よくよく考えたらゲーム続行も不可能だしな、はははーん」
「バカアホ愚かの極み、とりあえず残り時間は掃除に当てて、先生が来たら普段掃除しないようなところを掃除してたら余計に汚しちゃったとか何とか言い繕えばいいよ、早くやろうあはーん」
極力恥ずかしい語尾が付かないよう一息に話すジール。五人はこくこくと頷き、二階の用具入れに仕舞っていたバケツや雑巾などをバトンを渡す要領で運んだ。
水を入れるから、バケツをこっちにちょうだい、とミントがジェスチャーで伝え、カルラを連れ立って動いたその時。教室のドアが独りでに開かれた。一時間目が終わるタイミングで、ようやくリブラのお出ましらしい。ミントは泥だらけの様変わりした教室と、その弁明を素早く頭の中でまとめる。
しかし、登場したのはリブラではなく、まったくの別人であった。
「……何だい、このきったない部屋は? 糞豚が肥溜めではしゃいだみたいなえらい惨状だね」
その場に現れたのは、篭手とブーツとすらりとしたボディラインを紺で染め上げた上下のウェアに、ストレートヘアとマントを背中に流した戦士風姿の若い女性。蔑んだ声と不快感を眉にしわの寄った顔で表すその人物に、クラスメイト全員が釘付けとなり、ぺちゃりと天井から剥がれたベトベトが床に飛び散る音だけが、我関せずと異様な空気を切り裂いた。
――4・レクリエーション! 終――




