4・レクリエーション!⑤
「『リインデヴィツェ(進化論)』」
一戦目で敗者となったカルラの言葉を合図に、二戦目がスタートした。続くミントは数秒と経たずに答えてみせ、シフォンの番となったが、早々につまずいてしまう。
「うーん、うーーん、『シ』だから、シフォ……っていうのは『ン』がついちゃうからダメね。シフォン・エクレール……ってこれもアウトじゃない! 名前もフルネームも全滅ってなんじゃそりゃ!」
「ヒント出した方がいいかしら?」
「いいえミントちゃん! それでなくともハンデがあるんだもの。根性でひねり出してやるわ! シカゴ、シンガポール、シドニー、シチリア、シエスタ、シェークスピア、シューベルト、シンデレラ、芝桜、シルクロード、シュールストレミング、シシケバブ~~……」
魔法界縛りでなかったら強かったに違いない。経験が仇となっている彼女は、頭を抱えながら思い付く限りの言葉を並べ立てた後、カッと目を見開いた。
「『シック(こんちくしょう)』!!」
シフォンの叫びに近いものが出たところで、優兎の番。
「『ク』かあ。確か『大陸』を指す言葉が『ク』から始まるものだったと思うんだけど、長い上に発音の仕方も馴染みがなくて、よく覚えてないんだよなあ。一昨日の授業でも間違えちゃったし」
「オレら魔法界人からすると、普通に『大陸』って言えてるように聞こえるから、変な感じ」ジールが言うと、アッシュやミントも頷いた。
「そうか、みんなにはそう聞こえてるんだね。ええっと、クエイ……うん? クヘイ……セス……?」
「略語でも別にいいんじゃない? 魔法台はそういうの対応してないけど、省略して使う人が殆どで――って、そんなの授業じゃ教わってないか」
「仕方ない、諦めるよ。『クル(歩く)』にする」
優兎は順当にアッシュにボールを投げた。だが、ここからゲームの雰囲気が変わっていく事となる。
「『ルキナ(変化)』!」
アッシュがボールを投げた先はなんとシフォン。ジール、カルラ、ミントの順番をすっ飛ばしたのだった。
「ぎゃーっ! アッシュ君、あたしを狙うなんてひどいじゃない! 自分の番じゃないうちに単語をストックしておこうと思ってたのにっ!」シフォンは着火した爆弾を投げ込まれたかのような慌てっぷりだ。
「一回戦よりヘビーな罰ゲームがかかってるんだぜ? 順番なんざ無視した方が面白いだろ!」アッシュはヘラヘラしながら言う。
「そりゃあそうだけど! な、な、『『ナディアム(地/地の聖守護獣)』! 優兎君にパス!」
「うええ!? さっき回ってきたばかりなのに! 『ムーヴ(魔法)』!」
「まあ、その内こうなるだろうとは思ってたよ。『ヴレペンダー(魔物の名)』!」
「ニャニャッ!? 『〈ダルシェイド大陸(クェイパスクフェプリスェス)〉』!」
「……『スェバル(星)』」
「ひいっ! 何でまた僕に!?」
シフォンに投下されたボールは、優兎、ジール、ミント、カルラを転々とし、再び優兎へ。アッシュが望む通りのスリル満載の展開となった。また、最初こそ順番無視とはいえ、割と均等にボールが行き渡っていたのだが、それも時間経過と共に偏りを見せてきた。
「アニキ~、アホな事やってないで、俺らにも回してくんない? そろそろ三十秒くらい経つんだけど」
「あいつに言えよ! あいつが俺に回して来るから、オレもやり返してんだよ! 『カリヲ(謎/不明)』!」
「連続で狙ってきたのはあんたじゃない! キッカケを作った責任を取ってあんたが折れなさいよ! 『ヲチャ(薬茶)』!」
「何か負けた気分になるだろ! お前が他に回してやれよ! 『チャコレット(チョコレート)!』」
「うみゅー! まったくどうしようもないんだから!」
言葉を繋いだ後、ミントはボールをシフォンへと流した。シフォンは深刻な顔でブツブツ言いながらミントへ送り返す。彼女は頭の中の単語帳に紛れ込んでいる魔法界語を引っ張ってくるのに精一杯で、ボールが自分のところへやって来ては隣りの人に回すという動作を繰り返していた。二者択一なので、回される一人である優兎としてはある程度覚悟が固まるのだが、優兎も優兎で母国語が邪魔をしたり、言葉を間違えて覚えていたり、舌を噛みそうな発言に屈する事が多く、勉強不足感が否めない。シフォンを心配している場合ではなかった。
制限時間が来るより先に、誰かがミスしてくれないかな――そんなふうに内心焦りを滲ませている最中。残り時間四十秒というタイミングで、ボールを手にしたアッシュは、ジールやミントに仄めかしていた「いざという時の作戦」を決行した。
「『ペイシェンド(道標)』!」
「! どらご――んぐッ!?」
ボールを投げられるよりも速く、禁じられたワードを言おうとした口を何とか手で制する事が出来た優兎。お返しとばかりにボールを投げ返した。すると。
「『ナード(種油)』」
「どら、ど、ら、ど、ドラキュラ!」 母国語で一時回避した。別の言葉を探さなければならないが、アウトではない。「まさか『ド』で攻めて来るつもりか!? やめてよ!」
「ルール上は問題ねえだろ? 『アチャルド(料理名)』!」
「せめてバラバラにして欲しいよ! それなら受けて立つから!」
「タイマン勝負がしたいわけじゃねえさ。単純に罰ゲームを回避したい一心だ。そうなると、お前が犠牲者になんのが一番ラクで平和的なんだよ! 食らえッ!」
「意味が分からないよ! そんなふうに意地悪するなら、アッシュにはもう投げないから!」
数少ない『ド』で始まる言葉のストックを減らして、優兎は終止符を打つべくジールに渡した。ところが期待とは裏腹に、手元を離れたはずのボールはひょいっとすぐさま優兎の元へ帰って来てしまう。そればかりか、最後の音はまたしても『ド』である。
「どら、どら、どら焼き! ジール、何で!?」
「常日頃特殊な訓練受けてるし、罰ゲームの一つや二つくらい何て事ないよね?」
「! た、助けてミント!」
「ごめんね優ちゃん! 後でお詫びのお菓子作ってあげるから!」
「そんな! ええっと、ええっと……『ドガ(迷う/惑う)』!」
「『ガスケェイド(贈り物)』」
「カルラさんにまで裏切られたあああっ! うわあああみんなが僕をいじめるうううううっ!」
愉快そうに頬を歪めるジール、流れに便乗したミント、どこか楽しそうにも見えるカルラに『ド』攻めで意地悪され、助かる見込みもストックもなく、一気に崖っぷちへと追い込まれてしまった優兎。――ここまで集中攻撃を受けるなんて、僕、何か悪い事したかな!?
汗を滲ませながら手にしているのは、紙テープと水とチョークの粉と、おまけに変な格好までさせられる権利が約束された爆弾。タイマーは無慈悲にも十秒前をカウントし始めた。ここはみんなからの熱い期待に答えるべきなのだろうか……?
……何か理不尽すぎて嫌だッ! 負けたくないッ! 残り七秒、優兎は押し付けるようにシフォンへと流した。苦しんでいる同士として良心が痛むが、シフォンならばきっと笑って済ませてくれるだろう。
――五秒前。
「思い出したあああああッ!! 『ドソラソド(音程)』よ! ハァー、スッキリ!」
はい優兎君! と、長らく己と戦っていたシフォンはにこやかにポーンとボールを投げ返す。
――二。
「どっ!? どら、どらああ……――」
――一!




