4・レクリエーション!①
その日の魔法界は、優兎の知る世界と様子が一変していた。平日なので学校はあるし、一時間目の授業を担当するはずのリブラは相変わらず遅刻で不在だし、そんな状態に慣れ切っている倉庫組六名は、各々の過ごし方をしている。ここまではいつもと変わらない日常風景である。
その中で唯一非日常を作り出しているのは、教室の窓から見える景色――黄金色に染まった空であった。夕暮れ時とは異なり、建物や自然などの色がうっすらと黄金色に着色され、外界が古いセピア写真に閉じ込められてしまったかのよう。この不思議な現象は早朝時点から一切変動していない。
「『金昏』。昼夜問わず、空が黄金色に変わる現象の事よ」席に座った状態で、ミントは初見二人に説明する。「太陽や月が完全に隠れてしまっているにも関わらず、明るいの。超常現象の部類だから、古代人の文明と同じようにあまり解明には力を入れていないけど、魔法界では度々起こるものよ」
「はあー、それを聞いて安心したわ。ベッドから起きたら、世界が突然こんなふうになっちゃってるんだもの。雷の食らいすぎで、とうとう頭がおかしくなっちゃったんじゃないかって肝が冷えたわよ~……」
シフォンは力が抜けたように机の上に突っ伏した。優兎はイスの背もたれに腕を掛けてはははと苦笑している。今は悠長に笑っているが、実は彼自身も思い当たる節が多すぎて、アッシュとジールに会うなり「僕、病院行った方がいいかな!?」と叫んで困らせた口である。
シフォンは頬杖を突いて、様変わりした外の世界を飛行する鳥の群れを眺めた。
「ん~、何だか調子狂うわね。綺麗と言えば綺麗だけど、あたしはやっぱりわたあめみたいな雲がプカプカ浮かんでる青い空の方がいいわ。この現象って、明日には元に戻るの?」
ミントに宛てたつもりで疑問を投げかける。だが、返答したのはミントではなくカルラの方だった。カルラは控え目にトントンと肩を叩くと、シフォンの耳元へ寄って唇を動かす。
「ほうほう。数分間だったり、一時間程度だったり、かと思えば夜の間中だったりで、定まってないのね? そんでもって近年は比較的頻度が高くなってると」
「ひょっとしたら僕も見た事あったかもしれない。キャロルの具合を診てもらおうと、外出した時だったかな。夕方だったから気付かなかったけど、あの時もこんなふうに色づいていて、どこからか鐘の音が聞こえてた」
「このぼや~っとうなってる音、優兎君は鐘の音に聞こえるの?」
「うん。鐘の余韻みたいなのが間を置いて聞こえて来て……シフォンは違うの?」
「普通に風だと思ってたわ。言われてみればそうとも聞こえるわね」
「一般的には、知られざる『第七の聖守護獣』の仕業じゃないかって言われているわ。太陽も月も影響していないし、その他の聖守護獣との関連性も薄いとされているから。世界中で聞こえるこの音の正体も、その聖守護獣の鳴き声と考えるのが自然だって」
「へえ、第七の聖守護獣か。興味がそそられるなあ」
優兎は謎めいた部分や「七不思議」、「七つまでは神のうち」といった語に用いられる「七」の甘美な響きに胸をときめかせた。ミントの情報を鵜呑みにするなら、第七の聖守護獣とやらの魔法カラーは黄金だろうか。王冠やコインなどの黄金に対するイメージのせいか、そこはかとなく強そうである。
ともすればユニよりも格上の存在だったりして、なんて優兎は考えるのだが、それは瞬時に否定的な考えへと変わった。自らを最高神と謳うユニの前でそんな事を漏らせば、直ちに口出しや目の覚めるような攻撃が優兎の身に降り掛かって来るはずなわけで。周りがロマンを感じている中、気落ちするような事にうっかり触れてしまいそうになった優兎は、ブンブンと首を振って誤摩化した。
金昏が金耀日の語源にもなっている事をミントが話していると、教室のドアが開く音が響き、その場にいた四人は一斉に振り向いた。リブラ――ではなく、一時教室を出ていたアッシュとジールが戻って来たのだった。
「あんた達、お手洗いにしてはえらく長くないかしら? どうせ売店に立ち寄ってたんでしょう。仮にも授業中なんだってこと、何度注意すれば分かるのかしら」
ミントはアッシュの顔を見るなり非難する。アッシュはムッと眉をひそめた。背後のジールは「ほら、やっぱり怒られたし」と小声でぼやく。
「何だよ見透かしたような事言いやがって。お前はオレが教室を出てから戻ってくるまでの時間をいちいちチェックしてるのか? 腹の調子が悪い時にもうだうだ垂れるつもりかよ」
「うみゃっ!? そんなわけないでしょ!」
長く席を開けていた理由をミントへの指摘に置き換える事で誤摩化すアッシュ。特に深い考えがあったわけではないだろうが、その反撃は成功し、ミントは下手に口出し出来なくなってしまった。彼女の放った「そんなわけないでしょ!」は具合が悪い時云々に向けてではなく、監視しているのかについての釈明と思われる。
「というか優兎、お前ここ最近みょーにミントと仲良さげにしゃべってねえか?」
アッシュの指摘の矛先が、ミントと会話をしていたと思しき姿勢の優兎にも向けられる。油断していた優兎は自分に流れ弾が来た事に「え?」と驚いた。
「そうかな。クラスのみんなと仲良くなりたいと思ってるだけで、普通だよ」
「なら別にいいんだが。オレの不利になるような情報とか、そいつにべらべらしゃべんなよ」
「どんな事が不利になるのかピンと来ないけど、陰口は言ってないから安心していいよ」
口振りは平静を装っているものの、優兎は内心ドキドキしていた。アッシュの勘は正しい。彼には内緒で、ミントの恋を応援している立場なのだから。
当事者だけでなく、ジールにもちょくちょく思わせ振りな目を向けられているのだが、特に突っついて来る様子は見られなかった。優兎より年下でありながらも、達観したところが見られる彼が黙している辺り、アッシュよりもこちらの事情を察している可能性がある。なので、優兎はジールになら明かしても問題ない気がしていた。直接干渉はしないまでも、アッシュの気を逸らすような運びをしてくれるんじゃないだろうか。




