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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【4・金昏の遺産 編(前編)】
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2・自分の知らない女の子②

 

 優兎(ゆうと)とシフォンは、情報交換の為に一階の売店スペースへ向かった。夕食時なので、近場の食堂からは声が聞こえて来るが、こちらは空席だらけで少し物寂しい雰囲気。売店もシフォンがコップ一杯のジュースを購入したのを最後に閉店して、販売終了の札が掛けられようとしていた。


 ぐいっと良い飲みっぷりを見せた後、シフォンは座席に着いて話してくれた。今から七年前の夏、日本の別荘へと短期滞在期間中、冒険感覚でちょっと離れたところまで歩いていた時に、下を向いて歩く下校中の霧夜と出会ったこと。迷子になりかけていたので、近くにバス停がないか訪ねようとして、逃げられたこと。公園の男子トイレに逃げ込まれて、そこで捕まえたこと。


「口を挟むようで悪いけど、誰も使ってる人はいなかった……よね?」口元を抑えて苦笑する優兎。


「随分うるさくしちゃったからねえ。いつの間にかあたし達だけになってたわね」シフォンはカラッと笑って答えた。


 それから粘り強く話しかけるうちに、少しずつこちらに付き合ってくれるようになったという。シフォンが話をするばかりで、霧夜自身の事は殆ど教えてくれなかったものの、シフォンが自身のパパに友達として紹介したのを撤回しなかった辺り、手応えは感じたそうだ。


 そんなうまくいっていた矢先、彼はこつ然と姿を消してしまった。


「警察は動いてなかったみたいだから、霧夜君のお母さんは何があったか知ってるんでしょうけど……優兎君達を痛めつけるだなんて、まったく、知らないうちにとんだ不良少年に成長したものだわ!」


「母親……だけ? もしかして片親(かたおや)とか?」


「らしいわね。お父さんは顔も覚えてないぐらいに亡くなってるって」 (うなず)くシフォン。「お母さんの方は直接会った事はないけど、多分外食帰りに何度か見かけてるわ。夜だったけど、よく確かめようとして車の窓にへばりついてたから覚えてるわね」


「どんな人だった?」優兎は先ほど目にした名前プレートを思い浮かべる。


「女性バージョンって感じね。始めて見た時は一瞬、いつの間にあんなにおっきくなっちゃったの!? ってびっくりしたわ。雰囲気もね、似てるのよ。ぽつぽつと外灯がある暗い歩道を、コンビニのビニール袋を下げて寂しそうに歩いてるの」


「そうなんだ。僕のイメージでは、もっと怖そうな人を思い浮かべてたけど……」


「?」


「ああ、何でもないよ!」


 殺すとかそういう言葉が飛び交うような場所の生まれというわけではないと。優兎は立てていた予想を一つ消した。


「シフォンの言う通りなら、本当に今と昔で印象が違うんだね。話を聞いてると、今ほどの気迫は感じられなさそうっていうか。少なくとも、中身に関しては年相応に思えるよ」


「逃げ足は速かったけどね。あたし、鬼ごっこでは負け知らずだったのよ? 『まずい! シフォンが鬼になった! 逃げろーっ!』ってね。みんな地面ばっかり走るから、木の上とか池の中からの不意打ちに弱いのよ。だから自信はあったのに、五回以上は見失っちゃったんだから、霧夜君はとんでもないポテンシャルを持っていたのよ!」


「はは、そうなんだね……」


 前のめり気味になって語るシフォン。優兎はぎこちなく返した。ハツラツとして語っている彼女に、モヤモヤを感じてしまったからだ。


 モヤモヤの正体は、男としての劣等感とあやふやな勘。自らも、オラクルに相応しい強さと才能溢れる霧夜には一目置(いちもくお)くところがあると認めているだけに、胸がざわつく。アッシュやジールと会話している時には、友達として親しくしていると見ている為か、別段普通であったのに。


(僕、何を余計な事考えちゃってるんだろうな。真面目に話を聞いてなくちゃいけないのに……)


「それでね、泥だんご爆撃でむかっ腹が立ったあたしはホースを引っ張って来て、水をバシャーッ! ってかけてびっくりさせてやろうと思ったんだけどね? 彼ったらちゃっかり体操着に着替えてて――」


(……)


 目前の知らない顔した彼女に、友達以上の想いはないのかと振ってみたい。だけど、それを聞いてしまったら、自分の中の何かがガラガラと音を立てて崩れ去ってしまうような気がする。優兎は自分を押し殺すしかなかった。


「あらま、そろそろ本格的に暗くなってきたわね」 話に一区切りつくと、シフォンは席を立った。「あたしはこれから食堂へ向かおうと思ってるけど、優兎君も一緒にどう?」


「誘ってくれるのは嬉しいけど、ごめん、実はもう済ませた後なんだ」


 返却場にコップを置きに向かうシフォンの姿を見て、焦げと真っ黄色が目立つその格好で向かうのかと口が出そうになるも、彼女なら人目を気にしないだろうと判断して留まった。


「あら早いわね! 修行が控えてるからかしら?」


「うん。一人で食べてると、急き立てられたり気分を損ねようとしてくるから、あんまり楽しんでる余裕はなかったよ」


「ああ、噂の神様ね! 一度お会いしてみたいものだわ。今日のメインディッシュは何だった?」


「甘辛ダレのチキン料理。もろこしパンとラクタックチーズをたっぷり使ったグラタンもあったよ」


「いいわねー! お腹ペコペコだし、もりもり食べられそう!」


 パチンと指を鳴らすと、シフォンはルンルン気分でテーブル席から離れていった。食堂へ向かっていくその背中に、不意に優兎は立ち上がって疑問を投げかける。


「シフォンから見て、霧夜は人を平気で殺せるような人だと思う?」


 一対一で戦った時、シフォンはあの場にはいなかったが、優兎が病室送りになったあらましは聞かされている。無論、優兎に刃を向けた事も。


 シフォンは歩を止めると、おもむろに髪を解いて振向いた。


「そんな子じゃないわよ。そんなに長く一緒にいたわけじゃないけど、善悪の区別はついてる。口だけよ」


 微笑みかけながら放ったその言葉には、優兎を安心させる目的以外の意味も込められているように感じられた。


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