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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【4・金昏の遺産 編(前編)】
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1・哀れな羊が一匹②

 

「リミッター解除! 魔法に切り替えて迎え撃つ。ここからは消耗戦だ!」


 優兎(ゆうと)はアリエスドラゴンに向けて言い放つと、装着していた重りを外すかのように、術を解いた木の棒を放る。そしてあたかもその意志に答えたかのように吠えた相手へ、単体用攻撃魔法〈テレ〉を撃ち込んだ。出現した魔法陣が胸元で弾ける。しかしここまで強化された相手には、大して効いていないように思えた。

 段階を一つ上げる必要があるな。察した優兎は拳に魔力を集めた。


「〈テレ Lv2〉!」


 新たに最大Lv5まで基準を設けたそれを発射させる。光の量を増した陣が弾けると、三十一匹目のそいつは爆発音と共に散っていった。続く三十二匹目も現れたと同時に消滅させる。やたらめたら動き回る前に仕留める! 次なる出現場所に鋭く目を光らせながら、休む事なく魔法を撃ち込んでいった。


「レベルがどうだのと口にするのは軽卒だったな。自らの力量をわざわざ(さら)け出すようなものよ」


「うっ! くう……っ!」


 四十匹目に達すると、ユニは優兎のいう〈テレ Lv3〉クラスに、五十匹目に達すると、〈テレ Lv5〉クラスにまで強化して来た。剣という足枷(あしかせ)がなくなった事で、存分に攻撃に割り当てられるようになったものの、流石にLv5の連発は厳しい。一発で仕留め切れず、自由に動く事を許してしまった。


「ハァ、ハァ、ま、まだだ……! ユニが僕の小説を再現しているとするなら、体力の概念があるはずだ……!」


 フーと勢いよく息を吐くと、優兎はLv1の〈テレ〉を五発打ち出した。軌道を描きながら、目標に向かって飛んで行く五つの光。霧夜との一戦で試みた追尾機能を上乗せしたのだ。それらは転がり回る羊毛の後からぐんぐん迫っていくと、横に並んだものから次々に爆発して致命傷を与えた。


「ユニッ! このまま一匹ずつ相手にするのはもう限界だ! 最後まで一気に出していいよ!」優兎は力いっぱい叫んだ。


「指図するな! 端からその予定であったわッ!」


 ユニはイラつきながら手を振り、ホール全域にアリエスドラゴンを配置した。その数五十体。優兎を包囲したそいつらが一斉に鳴いて騒音を響かせると、一点に向かって雪崩れ込んでいった。


「〈テレス〉ッ!!」


 渾身の力を引き出し、地面に手の平を当てると、対複数用の攻撃魔法を発動。優兎を中心に魔法陣とドームの幕が広がっていく。ドームはアリエスドラゴン達を包み込むと、一斉射撃を始めた。幾重にも閃光が飛び交って、体力を削られた者から一匹、また一匹と消え去っていく。


「い"っ! ――ハァ、まだ、いけるはずだッ!」


 体をかすめていった閃光に負けじと踏ん張る。閉じ込めて射撃する事に残りの魔力を割いているので、術者本人にも閃光は向かって来るのだ。命令の追加で軌道を変えられるなら食らわずに済むのだが、すべてを回避するのは厳しい。屈強な五十匹を相手取るのに防御手段もままならない状況で、優兎は最大限の力を攻撃に当てた。


 ドームが薄らいでいくと、焦げ付いた地面の中心に優兎の姿が現れた。立っているのがやっとの状態であったが、離れた場所で「メ"エエッ!」という鳴き声があった後に、膝から崩れて倒れてしまった。


 力尽きた友達の姿に、上階の手すりで観戦していたベリィが慌てて飛び降りる。だが心配はいらないらしい。呼吸音が聞こえるぐらいの位置まで近付くと、優兎はベリィに顔を向けて微笑んだ。


「ハァ、全部仕留められなかったみたい。――ベリィ、あと何匹残ってる?」


 優兎が尋ねると、ベリィは二手に分裂し、「24」の形に変化した。優兎はごろんと仰向けになると、「あーー悔しいっ!」と星座の見える天上に向かって胸の内をぶつけた。


「全力の〈テレス〉で二十六匹か、ハァ。というか、剣の修行のつもりだったのに、昨日も一昨日も途中から魔法攻撃に切り替えちゃってたな。現状、剣で戦うのは足枷(あしかせ)でしかないって事かあ……」


 剣も魔法も自在に操れるようになりたい優兎は、反省しながらだらんと地面に全身を預けるのだが、視界にニュッとユニの顔が入ってくると、ギクッと筋肉を強張らせた。


「百匹、クリアならずだったな?」


 影を(まと)うその両目は、心無しか光っているように見えた。


「ひいっ! ――あの、えっと、いつもよりかは健闘したので、ど、どうかお慈悲を……」


「このボクが貴様の成長に一喜一憂すると思ってか? ボクがつまみにしているのは、貴様が無様な姿を晒すところだ」


「そんな殺生な! ちょっと待って! 今度は一体どんな罰を――うひゃあっ!」


 言葉の途中で、優兎はフードをふん捕まれてしまう。片腕で持ち上げられると、ドドドドドッ! と毛の塊が迫ってくるのが見えた。アリエスドラゴンの残党である。


 羊みたいに四足歩行で向かって来るアリエスドラゴン達の背に、ポイッと放り込まれる優兎。激しく動くモコモコの上で、不安を抱えたまま起き上がると、彼らが向かう先にはいつの間にか木柵――ではなく、横並びになった針山と、針山を挟んだ向こう側でアリエスドラゴンの群れが待ち受けていた。


 まさかまさかまさか!? 顔面蒼白になった優兎は次の瞬間、ドンッ! と一斉に押し出す力を経て、ポーンと宙へ投げ出された。


「ひえええええっ!」


 銀色に光る鋭利な針山を越えて落っこちた先には、アリエスドラゴンの第二群。彼らに運ばれて行くと、また針山を飛び越えさせられた。そうして第一群の中に落ちて、また飛ばされ……の繰り返し。おそらくこれを百回やらされる。


「満身創痍の奴にやる事じゃなーーーいっ!!」


「『天晴(あっぱ)れよ 泣きっ面に 虹の橋』」


「なに一句詠んでるんだ!? これのどこに風情を感じるんだよ! うぎゃあああああっ!!」


「『未来予想 昇って墜ちての繰り返し 貴様の人生 ()るかのよう』」


「その調子で百景やるつもりか!? いや、百回は冗談抜きで勘弁して! ひぎゃあああああっ!!」


「『飽きた』」


 わめき散らす声が続く(かたわ)ら、ユニは手にしていたノートとは別の、小ぎれいなノートを眼前に出現させた。ページを中間辺りまでめくると、自身の隣りにモコモコの毛を身に纏ったドラゴンを作成・配置する。


「貴様の体力がいくらか回復した際には、この雑魚と戦わせる。種子を飛ばして個体数を増やすという設定は、剣の鍛錬にはおあつらえ向きであろう」


「それ、最新巻の方にうわああああっ! 出て来る、『ダンデライオンドラゴン』じゃないか! ぐへっ! それなのにアリエスドラゴンと見た目がまったく一緒って、どーいう事だよ!」


「メ"ェエエエエッ!!」とダンデライオンドラゴン。


「鳴き声!」


「冊数を重ねても尚、貴様の表現力は大して成長しておらんかったという証明だ。恥を知れ」


「くっそおおおおおッ!!」



―ー1・哀れな羊が一匹 終――


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