10・聖剣クロスカリバー⑤
「……」
「痛ッ!? いだだだだだッ! いひゃいっへ!」
ユニは優兎の頬に両手を伸ばすと、無言で頬を引っ張り、粘土をこねるみたいにぐにぐにとこねくり回した。突然の行動に優兎は驚き、痛がった。容赦なさ過ぎるだの、指圧がえげつないだの、爪が刺さってるだのと抗議。強引にユニの手を剥がした頃には、頬が赤く腫れ上がり、じんじんしていた。
「貴様の謝辞なんぞ、一欠片の価値もないわ。貴様の願望を叶えたというのも、単に見栄えを考慮しただけのこと。見当違いも甚だしい」
激昂するでもなく、意地を張るわけでもなく、淡々とした高圧的な口振り。刺すような青の目に、優兎は狼狽えた。
「ゆ、ユニが僕の為にしたわけじゃない事ぐらい、僕だって分かって――うぎゃっ!」
「黙れ。つべこべ言わずに、その下品面のコピーの喉笛をかっ切って来い」
ユニは優兎の肩をドンと突き飛ばすと、顔を背けた。
「えええ……そんなキツい言い方しなくても……。僕にしては珍しく褒めちぎってたのに、どこに不快に思われるようなところがあったんだか……」
「――ついでに」
「?」
「ボクの指導は体のいい暇つぶしだ。併せて肝に銘じておけ」
「ん? それだって今更分かり切ってるけど。本当にどうしちゃったの」
「フン」
ユニは反転すると、優兎から離れていって見学スペースを作り始めた。麦畑が映えるような秋の夕暮れというチョイス然り、寂れた風景と見事に調和した空気感を作り出しているのに、やはり自身が座るのは風景に一切溶け込まない高級感のあるイスと日除けと絨毯だ。
理解不能だらけな行動に、一瞬ガラにもなく照れたのかと過りはしたが、人を見下した目付きも口の悪さも変わらず――いや、いつもに増して苛烈だ。人間そっくりに変身出来るせいで感覚がおかしくなっていたけれど、改めて聖守護獣と意思疎通するのは難しいのだと思い知らされる。
感謝の気持ちがすっかり冷めてしまった優兎は、やれやれと頬を摩りながら自己治療。木の棒に魔力を注いでクロスカリバーを作る。すると同時に、対戦相手のリュートも腰の鞘から剣を抜いた。
(成長具合と有り合わせの身なりから考えて、このリュートは五年後の姿だ。剣を練習して、スカイと旅するようになった時期と重なるな)
物語のスタート時は、優兎が小説を書き始めた当時と同じく九歳であった。それが行方不明になった父親とお姫様の両名をきっかけに、剣とスカイとの飛行訓練を独学で経て、二人で村を旅立つ事になるのだ。キリのいい五年くらいが適当だろうと踏んでの年齢設定であったが、まさか自分が同年齢まで成長した今、こうして対面する事になろうとは……!
「いいね、熱い展開じゃないか!」
優兎が切り込もうとして地を蹴り上げると、リュートも合わせるように立ち向かって来た。鉄の剣と銀の剣が交差し合い、打撃音と金属音が空気中に響いた。あっちゃ! 金属音を再現するのを忘れてた! と、早速自作した剣の穴を見つけつつ、優兎はそのまま剣を降り続ける。
優兎はオリジナルの剣を作っただけに過ぎない知識オタクなので、武道は完全なる素人だ。片手で斬りつけたと思えば、両手で握り締めたりと定まっていないし、剣をやたらめったら振り回している姿は酷く締まりがない。しかしリュートもリュートで個人練習が殆どの状態であり、初戦の野良モンスターにさえビビって手間取る有り様なので、優兎に毛が生えた程度の実力であった。クロスカリバーを夢中で振るっていると、何度も木の棒の姿が見え隠れするのだが、未熟なリュートが相手なため、彼がよろけた瞬間などに魔力を注ぐ余裕を挟む事が出来た。剣の試し切り相手に、モチベーションとなるのに、これほどピッタリな人材はいないだろう。
「ユニ、凄く楽しいよ! ユニは偉大な創造主様だね! 見直した!」
「日頃からどれだけ過小評価しているんだ。生意気な奴め」
「うわっと! このっ! あはははは!」
剣同士がぶつかって、時に棒に剣が食い込んでもたついたり、お互いに腕が痺れてダレたりする。バチバチとした戦いというよりはチャンバラごっこのような光景だったが、優兎は沈まぬ夕焼け空の下、時間も忘れて剣の磨き上げに明け暮れたのだった。
——10・聖剣クロスカリバー 終——




