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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【3・優兎の日常 編(後編)】
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9・予想外の展開①

 

「無用だ。首が吹っ飛んでなけりゃあ戦える」


 霧夜は処置を断ると、言葉通り、手振りも何も使わずに魔法を発動。どす黒く光る魔法陣が現れた場所は、優兎(ゆうと)が差し出した右手の真下。ザクッ! と鳥肌の立つ嫌な肉切り音と、攻撃が右腕を貫通した事による震動が体を駆け巡った。


 切断――スローモーションのように、腕がズレ落ちていく感覚を覚えた。


「うわあああああッ!」 足をもつらせ、優兎は転倒した。「腕が! 痛い、痛い痛い……ッ!」


 壮絶な痛みを発信する()()()()()()()()を抱えて、優兎はのたうつ。その間に霧夜は悠々と立ち上がった。右腕を真横に振り上げると、空間に黒い穴が出現し、そこから包帯が伸びて、自力でテーピングを行う。つい先ほどまで優兎が見下ろし、霧夜が仰ぐという構図だったはずだが、一瞬で立場が逆転していた。


「ったく、不用意に近付きやがって!」


「優兎! 腕は何ともなってないよ! 闇属性は精神に影響を及ぼす魔法だから、気を付けて!」


 食い入るように観戦していたアッシュとジールが声を張る。それは息を吐き散らかす優兎には一切届かなかったものの、その頃には彼自身も何かおかしいと気付き始めていた。片腕の半分を失ったという喪失感や激痛がもの凄い割に、右腕を抱えている左手にしっかりとした手触りが伝わって来るし、血が流れていく感覚もない。レイピアに貫かれた時よりも、確実に酷い事になっているはずなのに。

 きつく閉じていた(まぶた)をこじ開けると、切断されたと思っていた腕は傷一つなくくっついていた。


「ハァ、ハァ、そうか、思い出した。『外面的な痛みよりも、精神への負荷』――これが闇の魔法なのか……!」


 優兎はかつて読んだ基礎本の一文を口にした。無傷であろうとも、痛覚もイメージもしっかり残るせいで、下手するとトラウマとして擦り込まれてしまう。なんて恐ろしい魔法なのだろう。魔法のせいであると気付いた後も、無傷だと頭では分かっているのに、手放した途端に落ちてしまうんじゃないかという恐怖や、本当にそうなりかねないという想像が付きまとってしまって、中々右腕を自由に出来ない。


 治っていないという意識を引きずる優兎。そこに霧夜は容赦なく魔法を放った。左手の甲の内側からブクブクと泡立っていく感覚と、はち切れた箇所から白い(うみ)のあぶくがドロドロ溢れて来る光景が瞳に映った。


 優兎はくっと目を(つむ)って回復魔法を発動する。瞼を開けると今度は爪が腐食していて、肌に毒々しい緑色の斑点が浮き出ていたので、これにも回復魔法を施して対向した。「回復しているんだから治ってる!」と強引に自分を納得させる為であったのだが、実際、麻痺や毒化といった状態異常と同じような扱いらしく、回復を使う事で、それ以上の闇の魔法の進行を抑える事は出来た。


 それでも精神ダメージは着々と重なっていく。カンカンに熱されたヤカン口から直に湯を浴びさせられたように、あちこちの皮膚がずる剥け、骨が覗く、といったイメージを払拭した後、頬まで滴ってくる汗を拭い、吐きそうになる気持ちを沈めるべく、深呼吸を試みた。その疲弊っぷりを見た霧夜はある疑問を抱いた。


「引っ掛かるな」


「ハァ、ハァー、ハァー……え?」


「お前から聖守護獣(フォルスト)の力が感じられない。力の差は歴然だ。だから面白がって少しは介入して来ると思ったんだが」


 どういうつもりなんだ、あの駄馬。霧夜は忌々しく呟いた。優兎はピクリと反応する。


「どういうつもりって……はは、ユニが? 僕に力を貸す? そんな事するわけないじゃないか。自分にメリットがあるかどうかが絶対条件なんだから、僕は最初から期待してない、よ」


 ゲホッ! 喉元をこみ上げてくるものがあったので、一度(せき)をして整える。


「君とユニの間に何があったのか、知らないけど……、悪口言う気持ちも否定しないし、ゼー、ハァー、何なら僕だって、散々な事を言いまくってるけどさ――」


 唾を飲み込んだ後、気合いで顔を上げた。


「あんなんでも、僕の魔法をここまで育ててくれた師匠だから……、いろいろと助けてくれたから……、恩義が、あるんだ。そんなふうに心の底から嫌ってるのを見ると……苦しくなってくるよ!」


 優兎は声を荒げながら、自身をバリアで覆った。霧夜はそんなものを張っても無意味だとばかりに魔法を放つ。


 しかし、そのバリアは単に優兎を守る為に作られたものではなかった。食道を伝って喉奥からハエが湧くイメージで放たれた魔法は、シャボン玉のごとく破裂したバリアと共に、打ち砕かれてしまった。

 解毒作用のある回復をバリアのように廻らせる事により、一度だけ未然に防いだのだろう。そう分析した霧夜。純粋な攻撃魔法を仕向けようとする頃には、優兎の体の奥底から大きな魔力が練り上げられていた。


「〈テレス〉ッ!!」


 力強い叫び声と同時に放たれた魔力の渦。霧夜の頭上高くから形を成し始め、地面へ向かって湾曲に広がっていく。これを目にした霧夜は、これまでのように鎖での脱出を図ろうとした。白壁の外へ鎖を伸ばそうとする。が、魔力量が上回っていたのか、並みの魔法では壁を破れず、触れた部分から消えていってしまった。


「火力と範囲の合わせ技! 食らえッ! 〈新・テレス・シャルロゥ〉ッ!!」


 閉じ込める事に成功した優兎は、壁の中で攻撃魔法を発射させた。照射音が鳴り響く中、不意に力が抜けて片膝を付きそうになる。渾身の力を注ぎ込んだ影響から、今にも倒れてしまいそうだったが、歯を食いしばって持ち堪えた。今倒れては、魔法が中断して破られてしまう。精神攻撃のえぐさから、ここで決着をつけてしまいたかった。最低限の回復を施せる量だけ残した上で、徹底的に……! 優兎は目に力を宿して、〈テレス・シャルロゥ〉が展開されている場を睨んだ。


 魔力をほぼ使い果たし、壁が消え去ると、優兎はヒビの走った地面に膝を落として項垂れた。


(やった……! やり切った! ……はは、〈テレ〉より上位の技があるなんて、思ってもみなかったろうな)


 〈テレ〉を初めて披露した時、相手がにわかに驚いた反応を見せていたのを優兎は見逃さなかった。同郷であろうと、霧夜にとっても名有りの技なんて聞いた事ないはず。〈テレ〉の繰り返しによって、それ以上の事は出来ないと侮らせておいて、上位互換の技で一気に仕留める。これが戦闘中に考えた優兎の策だった。〈テレ〉と〈テレス〉用の囲いを合体させたのは、その場のアドリブだ。


「なんか、初めて使った技がいくつかあったような……。追撃と、あと何だっけ? あはは、これがバトルの中でスキルを『(ひらめ)く』ってやつなのかな――」


 回らない頭で呑気にぼやいていると、途端に喉元に何かが絡み付いた。ぐるっと独りでに巻き付いて強く締め付けられ、「あぐっ!」という声が漏れ出す。

 正面から真っ直ぐ伸びる、黒光りした金属の連なり――その先から現れた人影に、優兎は目を見張った。


「き……、どう、し……て……」


 霧夜の様子に、優兎は信じられない思いでいっぱいになった。決着を付けるつもりで魔力を注いだのに、体のどこにも、服にすら傷ついた形跡がなく、まるで何事もなかったように堂々と歩いて来るではないか!


「奇怪な技を使う以上、二手三手の可能性を視野に入れておくのは当然だろ」


「ううっ、ぐぐ……」


 呆れた様子で言ってくる相手に、負けじと魔法を数発打つ。けれどもガスみたいに薄っぺらな魔法では及ばない。霧夜は鞭打つように鎖をしならせて優兎を地面へ叩き付けた後に、釣り竿のごとく吊り上げた。

 膝がギリギリつくぐらいの中途半端な高さで吊られているせいで、呼吸が極めて困難な状態。霧夜が見下ろす先の青い瞳は、ピクピクと痙攣(けいれん)していた。


「新しいオラクルと聞いて少し興味があったんだが、この程度とはな。クズは別として、ただの弱者を甚振(いたぶ)るのは趣味じゃねえんだが」


「ハァ、ハァ、これ、ダメだよ……、あっ、早く、解いて……! 苦しい……っ!」


「俺に頼まず自力で解け。聖守護獣の力を引き出しゃあ余裕だろ」


「出来ない! そんなの知らない! ほんとに、しんじゃう……!」


「……」


 先細りになっていく声の主。霧夜がクンッと更にもう一段階高く吊り上げると、体重で首が一層締め付けられて、みるみる血の気が引いて行き、鎖から逃れようと抵抗する動きもぎこちなくなっていく。


「……」


 チャラ、と、互いを引っ張り上げていた金属の輪が、そよ風を受けたようにわずかに揺れ動いた。


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