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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【3・優兎の日常 編(後編)】
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7・優兎vsアッシュ④

 

 ラストの五ラウンド目。今度は頭上や視界の数センチといった場所に魔法陣が現れた。魔法では間に合わないと直感したアッシュは、腕力でもって蛇歩(ジャブ―)を殴り飛ばす。肩に痛みが走った。引っ捕まえて、顔面に蹴りを食らわせてやった。


「表情に余裕がなくなって来た。魔法を使う暇もないみたいだ」


 目の前に広がる光景を真剣な面持ちで見守る優兎(ゆうと)。いつの間にか失せている目の痛みなど忘れて、心置きなく観戦出来ていた。因みに肉弾戦も優兎にとっては見物(みもの)である。


「狭い空間の中で戦ってる上に、アニキにはロクな防御策がないからね。そりゃあクるよ」


「そうか! 火属性のデメリット!」


 防衛が火力を弱める要因となり、(かえ)って不利益を産んでしまう事を思い出した優兎。だから身一つでも戦わねばならない。ジールは頷き、再び正面を向く。


(けど、あれは苦戦を強いられているように見えて、本当はただ機会を(うかが)っているだけなんだろうなあ。楽しそうで何より)


 制限時間をチラチラ気にし始めた優兎を尻目に、ジールは背もたれに体重を預けた。


 肉弾戦にシフトして一分が経過。着実にダメージは蓄積しているが、甲殻を持つ蛇歩(ジャブ―)を仕留めるまでには至らない。それでも制限時間など目もくれずに煩わしく動く蛇歩(ジャブ―)を殴る蹴る、腕っぷしでガードといった体捌きでその場その場を切り抜ける。


(くそ、体の動きがにぶくなってきやがったな。また壁を出して焼き尽くすか?)


 アッシュは腕を前に突き出す。しかし、足元に殺気を感じてその場を退いた。首のスレスレを蛇歩(ジャブ―)がかすめていった。


(魔法を練り上げる暇がマジでねえな。オレも成長したと思ったが、この密室じゃどーもなあ)


 蛇歩(ジャブ―)を正面に向かって蹴り上げた際に、奥一面の防護壁を睨みつける。すると疎かになったその隙を狙って、足元にいた蛇歩(ジャブ―)が足掛けを行って来た。バランスを崩したアッシュは「うおっ!」と転倒してしまうが、周辺に火を放って牽制(けんせい)し、どうにか立ち上がる。


 そして。


「だあーーーッ! もう止めだ止めだ! ごちゃごちゃ考えるのは性に合わねえや!」


 突然声を荒げたかと思うと、アッシュは髪をガシガシ掻き揚げて戦闘態勢を解いてしまった。見物人二人は驚く。


「来いよオラァッ! 全員まとめて相手してやるッ!」


 胸元を拳で叩いて挑発するアッシュ。言われなくとも、五匹の蛇歩(ジャブ―)達は標的に向かっていった。だらんと垂れた左腕に一匹が巻き付き、正面から肩に向かってドンッ! 背中にもズドンッ! ズドンッ! とどでかい体当たりの衝撃が来て体が傾く。


 攻撃に耐え忍ぶ中で「アッシュ!」と叫ぶ声が聞こえたような気がした。


「心配すんなよ。ヤケにはなってるが、勝負を放棄したわけじゃねえ」


 頭を垂れ、影を落とした顔からゆらりと笑みを覗かせる。するとアッシュを中心に巨大な魔法陣が広がり、導火線を敷いたように炎が陣を囲い、ゴオオッ! と防護壁の天井まで火の手が上がって、己ごと蛇歩(ジャブ―)を燃やした。


 防護壁の形に添ったそれは、まるで燃え盛る(ひつぎ)のよう。炎が引いた後に立っていたのは、上着を手で払うアッシュと、偶然にも術中から脱出出来た一匹を残すのみ。

 しかし、単体となった蛇歩(ジャブ―)の有余は数秒程度にすぎない。


「コラ、逃げんなよ」


 最後の一匹を気怠そうに燃やして、フィニッシュ。時間は三分五十秒と刻まれていた。その隣りに全ラウンドの総合タイムが算出される。五分ジャストだ。


「かっこいい……!」


 コートから下りて来たアッシュに、優兎は座席から立ち上がって拍手を送っていた。星屑が(またた)いているんじゃないかと思うくらい目がキラッキラ輝いている。隣りのジールも状況を飲み込めていないといった様子だ。


「……いや、凄い。凄いけど。防護壁を逃げ場のない牢として逆手に取ったのも見事だったけど。捨て身はいくらなんでも思考がぶっ飛びすぎでしょ。命賭けてるわけでもないのに」


「バカ言え、術者が自分の魔法で死んでたまるかよ」


「いや、普通に死ねると思うけど。どんな構造してんの……」


「耐火性に決まってんだろ?」アッシュは自身が着ているベストをひらひらと見せつける。


「体の事に決まってるだろ」


 ジールは頭が痛いといったふうに額を抑えた。一方で優兎はとても素晴らしいものを見てしまったと、語彙力なんぼのもんじゃいでかっこいいかっこいい言いまくっている。


 だが、夢心地はそう長くは続かず、優兎は現実に戻される事となる。アッシュは優兎の背中を景気付けするように叩いた。


「ほら、次はお前の番だぜ」


「あ……」


 優兎のテンションがパンクしたようにがた落ちしたのは、言うまでもない。


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