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ムーヴ・べイン  作者: オリハナ
【3・優兎の日常 編(後編)】
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6・インチクリン虫で焼きイモ大会③

 

 ーー〈ハルモニア大陸〉北東部ーー


 魔法台で次なる目的地へと瞬間移動した四人。降り立って早々、優兎(ゆうと)は面食らう事になった。というのも、その場所は昼過ぎの自然地帯から飛んで来た者からすれば、瞬間移動と共に時間までもがぶっ飛んでしまったのかと疑う程に薄暗かった為である。視界の情報、風の流れが悪いという体感の情報と来て、土やホコリの籠った匂い……嗅覚からの情報が頭に送られて来る。自分達はどこか閉じた空間に送り込まれたらしい。


「ここは洞窟――いや、古代遺跡の中か」


 優兎は光球を打ち上げ、操作する。光球は半分が砕けて地面に落っこちた魔法台の屋根、ざらりとした土埃が付着した内壁の他、等間隔に設置された照明のようなものを次々と露わにしていく。魔法台の長い階段を下り切る頃には、二階建て程の高さのある魔法台をすっぽり納められるだけの広さがあるとも知れた。


「魔法台専用の部屋って感じのところだな」


「エジプトのピラミッドとか、ローマのコロッセオとか、歴史ある遺跡を巡るのは好きよあたし。――ここはそういう()()()前提の場所じゃないみたいだけど……」


 シフォンは屋根の下敷きになっている薄汚れた衣服を視線の端に捉えた後、ゆっくり目線を戻していった。


「こんなとこにずっといたら、耳の中や気孔(きこう)にまで土が詰まりそうよ! ねえゆーと、早く出口を探して出ましょーよ!」


 そう言って、キャロルは優兎のショルダーベルトをくいくい引っ張った。


「出口か。左右に通路と、目の前に扉があるけど、どれが当たりだろう?」


「あ、優兎君あれじゃない? 隙間から明りが漏れてるわ」


 シフォンは魔法台の階段から見て、真ん前に当たる扉を指差し、一番にすっ飛んでいった。


「! シフォンちゃん、そっちじゃないわ!」


 ミントが叫んだ時には、シフォンは扉を押していた。力をロクにかけずに開いた扉からは雲の浮いた青い空と一面森の緑が広がっていて、爽快な景色だと感嘆を漏らす――前に、足がかりとなるはずの地面がなく、片足を外したシフォンの体が大きく傾いた。


「うぎゃあっ! っこの!」


 間一髪、シフォンは即座に左右の壁に両手を広げて体を固定し、


「オラァッ!」


 宙ぶらりんになっていない方の足に力を込めて、後方へ体を倒した。背中や尻に響いた痛みに呻いていると、遅れて他の三人が駆け付けて来て、脱力したシフォンを安全な場所へと引っ張っていった。


「なんっじゃこりゃああああっ!! 何で外出てすぐが崖になってるわけ!? こんなの初見殺しじゃない!! ちくしょうこのくそったれーーーっ!!」


 シフォンは胸に溜まった恐怖や高揚感諸々を解き放つかのように、大声で(わめ)いた。


「怖い思いさせちゃったわね。室内にちゃんと外に出られる道があるから、落ち着いたらそっちへ向かいましょう」


 ミントは汚れてしまったシフォンの服を叩いて言った。


 少し経ち、四人は二つあった通路の一方へと入った。年期がありながらも繰り返し使用する場として整えられていた魔法台の部屋と比べると、突貫で掘ったものであると分かるくらいの、形が均一でない通路であった。


「この通路は比較的新しい年代に作られたものよ。元々さっきの扉が出口だったそうだけど、地盤が脆くなっていて危ないからって、外にはバリケードや立て札が立ててあったはずなのよね。それがすっかりなくなっていたところを見ると、とうとう崩れちゃったのかしら」


 ミントはへっぴり腰でカルラにしがみつくシフォンと、先頭を歩く優兎に向けて説明した。シフォンは苦々しい顔つきになる。


「根性で何とかなったけど、あと一歩でも踏み出していたら地の底へ真っ逆さまだったわ……」


「本当に無事で良かったわ。滅多に人なんか来ないでしょうけど、投書はしておく必要がありそうね」


「えっと……明り担当だから仕方ないんだけど、僕が先頭で大丈夫なのかな……? 僕鈍臭(どんくさ)いから、仮に同じような目に遭った場合、シフォンみたいにリカバリー出来る気がしないんだけど……」


 女子二人の話を耳にしながら、優兎は情けない声を出して言う。するとカルラはミントを指差した。ミントは風の魔法が使えるから大丈夫であると言いたいのだろう。カルラの思考を読み取ったミントは、「ええそうね。落下速度の低下が精一杯だけど、万が一の時は飛び込んででも助けてあげるわ」と安心させた。


 通路を出て明るい外へと出ると、そこは(なら)された砂利道へと繋がっていた。柵やチェーンといったバリケードのない、崖沿いの一本道。幅は三人までなら並んで歩けそうだが、崖自体の高さは中間地点に当たるこの場でもおよそ三~四十メートルはあり、到底楽観は出来そうになかった。


 ギィギィ(きし)む耳障りな音がすると思えば、一騒ぎあった出口と思しき場所で、開けっ放しの扉が揺れていた。外に出た今なら、出口周辺がどのようになっていたかがよく分かる。一部どころか、扉から下がごっそり削げ落ちていて、完全に道が分断されてしまっていたのだった。


「うわあ、酷い事になってるな。魔法台が今も使われてるって事は、上へ向かう人だっているわけだよね? あんなふうになってるんじゃあ、みんな騙されて落っこちちゃうよ。――ミント、こっちの方向で合ってる?」


 一度近場まで見に行こうかと思った優兎だったが、地盤が脆くなっているとの発言を思い出して、大人しく下へ下り始める。ミントは「ええ」と言って優兎の後ろに続いた。


「上へ行く人は反対側にあった通路を使うのよ。あの道の向こうをどんどん上っていくと、『有翼族(ゆうよくぞく)』って種族の住処があるの」


「有翼族?」


「そのまんま受け取ると、翼の生えた人達って事よね?」シフォンが口を挟んできた。「キャロルちゃんみたいに、ちいさくて可愛い妖精なのかしら。それとも、〈ルーウェン〉の魔法台の行列で見かけた鳥の人がそうなのかしら?」


「いや、あの人はドードーの獣人(ジュール)だと思う。それっぽい落ち着いた配色とふくよかなフォルムだったよ。どうかなミント?」


「合ってるわよ優ちゃん。今時珍しいものね。ワシとかフクロウみたいな猛禽類(もうきんるい)はその辺にもいるけど、飛ぶのが苦手で足もそれほど早くないような鳥の獣人(ジュール)は結構希少なのよ。成人する前に、肉食の獣や獣人(ジュール)に食べられてしまうでしょうから」


「ん? え?」


「有翼族は、人間に翼が生えた種族と言えば大体想像がつくかしら。自分達の力でやりくり出来る人達だから、あんまり人里には下りてこないけど」


「うーん、人間に翼ねえ。凄いっちゃ凄いんだけど……他に目立った特徴はないかしら?」


「えー……そうねえ……? ごめんなさいね。風の魔法が開花したって分かった時、ご利益を得るつもりでお父さんと一度〈有翼族の村〉へ足を運んだんだけど、見た目くらいの記憶しかないのよね」


「ご利益?」


「有翼族は風の聖守護獣(フォルスト)エアリースの創造した種族で、全員がオラクルなのよ。村にはエアリースの住まう聖地があるわ」


「二人共普通に会話してるけど、僕はミントがさらっと流した情報の方が気になって仕方ないんだけど……」


 若干取り残された優兎は、重要参考人から直に話を聞いてみる事にした。


(ユニはエアリース()について何か知ってる? 教科書には見る者によって姿形が変わるって言い伝えが載っているし、紅一点の兄弟って括りにされてるけど、実際はどうなの?)


『今ナチュラルに差別化したな。ボクに付けず奴に「様」付けとは、それがものを尋ねるに相応しい態度か』


(友好の表れなんじゃないかな? つい)


『ツケとして徴収してやるからな。ーーハァ。あんなもの、誰が兄弟と認めてやるものか』


 嫌悪感を露わにした表情がハッキリと脳裏に浮かんでくるくらいに分かりやすく、ユニは溜息を吐いた。


『血を分けたという点では、貴様らの定義では兄弟に族するのだろう。不愉快極まりないがな。だがその繋がりには何の意味もない。あるのは、ひとえに奴がボクより遥かに劣るという事実のみ』


(つれないなあ。聖守護獣(フォルスト)は実力主義なの? 僕なんかよりもまともに取り合った事がなかったりして)


『貴様は所謂(しょせん)目障りな小バエやらの部類だ。論外がしゃしゃるな』


 ユニがエアリースを下に見ているという、対して新鮮みのない情報を得たところで、強めの風がブワッと過ぎ去っていった。(そで)や上着の隙間から風が入り込んで、一気に体が冷えた。高低差や季節の関係もあって、元々涼しい気候であったものの、これがあの〈ハルモニア密林〉のある大陸内なのかと、にわかに信じ難い。


「〈有翼族の村〉以外にも、さっき魔法台があったように、この断崖はかつて広大な土地が広がっていたという形跡があるの。崖の下を覗いてみて。少し下ったこの辺りからでも、当時の面影は見えるはず」


 ミントのガイドに従って、優兎とシフォンは道から慎重に体を乗り出してみた。崖からたくさんの岩が雪崩(なだ)れ込んでいる様子が視界に飛び込んで来て、遥か下の方に、木の葉の緑と崩れ落ちた大地に紛れて、石積みの壁や屋根の残骸などが見えた。風化してツタや花、コケに飲み込まれそうになっている。森の上に落ちたというよりは、時を経て崩落した残骸に木が生え、植物が絡み付いたのだと思われる。


 恐らく、今優兎達が立っている崖はかろうじて残った一部分なのだろう。石積みの壁があったという情報を得てから顔を上げてみると、似たような事になっている崖が遠くまで連なっていて、何となく当時の面影が見えてくるような気がした。改めて森の中にじっと目を凝らすと、柱が剥き出しになった、大きな円形っぽい一帯にもぶつかる。闘技場や劇場辺りの施設だろうか。

 結果論でしかないが、〈ガルセリオン王国〉にも負けず劣らずの大都市があったのかもしれないと思うと、人類史における栄華の儚さというか、自然の脅威への無力さというか、そういったものがしみじみと感じられたのであった。


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